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9.ダミアンは王都に一度戻った

 冬を越して春に種芋を買うくらいの金は残っていた。

 節約しつつダミアンは辺境でくらしていくつもりだった。


 それはともかくとして、カサンドラがダミアンをそんなに気にしてくれていたならば、顔を出さなければいけないだろう。

 もうカサンドラ騎士団には戻らないという決意は強かったが、挨拶だけでもしなければいけない。


 騎士学校を出てから九年間いたカサンドラ騎士団。

 最初の二年は従騎士として他の騎士について学んで、残り七年間を正式な騎士として過ごした。


「ダミアン・アーレ。そなたをカサンドラ騎士団の正式な騎士として認める。前へ出よ」


 王宮の大広間で名前を呼ばれて、赤を基調とした黒と金で縁どられた騎士服を着てカサンドラの前に出たとき、ダミアンはまだ十八歳だった。

 カサンドラの前に跪くと、肩に剣を置かれる。


「これより、カサンドラ騎士団の一員として恥じぬ行いをし、国民を助け、共に戦うことを誓うか?」

「誓います」

「ダミアン・アーレ。カサンドラ騎士団の騎士として末永くこの国に仕えろ」

「はい!」


 騎士として忠誠を誓ったのはカサンドラにだった。カサンドラ騎士団の団長であり、この国の王女でもあるカサンドラ。騎士になったのも、弟のエーミールが成人するまで結婚をしないのも、国王の第一子であるカサンドラを次の国王へと担ぎ上げる貴族たちを黙らせるためだったと聞く。

 弟のエーミールのために騎士団を作り騎士となった崇高な理想を持つカサンドラ。剣の腕もかなりのもので、男性の騎士にも負けていなかった。


 カサンドラの姿に憧れて、カサンドラ騎士団には女性の騎士も二割ほどいた。その女性の騎士は宿舎の部屋が分かれているし、男性の騎士と違って部屋に風呂がついているらしかったが、男性の騎士から文句が出たことはない。

 カサンドラ自身が女性で女性の宿舎にいるので、当然だろう。


 王宮で暮らしてもおかしくないカサンドラは、女性の騎士と共に女性の宿舎で暮らしていた。自分自身の身を守れるし、女性の騎士たちも腕が立って護衛になるので、護衛には困っていない様子だった。


 恋愛として好きな相手はいなかったが、ダミアンはずっとカサンドラに憧れ続けていたのかもしれない。


 遠征では騎士たちが作った料理を一緒に食べ、寝るときはさすがに天幕だったがそれでも他の騎士たちと共にあろうとしたカサンドラ。

 緩やかに波打つ真っ赤な髪を長く伸ばし、背に流している姿はとても美しかった。


「カサンドラ殿下に謝らないとな……」


 カサンドラに引き留められてもダミアンの気持ちは変わらなかっただろうが、少しは後ろ髪引かれたかもしれない。

 カサンドラ騎士団を辞めると決めたときのダミアンの解放感はものすごくて、とても自分でも止めることはできなかったが、あそこにカサンドラがいたら、「申し訳ありません! でもどうしても辞めたいんです!」と土下座くらいはしていたかもしれない。


 ヒステリックゴブリン令嬢の奇声とナルシストオーク令息の臭さを思い出すと、とてもじゃないが騎士を続けていくという選択肢はなかった。


 小屋に鍵をかけて、食糧を用意して、ダミアンは王都への道を逆戻りする形になった。

 今から辺境を出れば恐らく御前試合のころには王都に着くだろう。

 御前試合の準備で慌ただしくしているときなら、カサンドラもそんなに時間が取れず、ダミアンとの会話は一瞬で終わるはずだ。


 がっしりとした骨太の馬に乗ってダミアンは王都を目指す。

 途中の町には食料調達のためにしか寄らず、寝るときは全部野宿にした。

 焚火を作って獣除けをして地面の上に寝転んで毛布にくるまっていると、近くにいた馬がダミアンに顔をこすり付けてくる。紐で木に繋いでいるが、遠くに置いていると獣に襲われたときに困るので近くに寄せていたら、ダミアンにすり寄ってくるようになった。


「そういえば、お前の名前も考えてなかったな。何にしようか」


 馬の顔を撫でながら話しかけると、ぶるるるるっと鼻息をかけられる。


「短い名前がいいな。呼びやすいように。そうだな、ヤン。お前はヤンだ」


 名前を付けると雄の馬は嬉しそうにひひんと鳴く。気が荒いと買ったときには言われていたが、そんなことは全然なくて甘えっこなヤンがかわいくて、撫でているとダミアンはそのうち眠っていた。


 馬で移動していると、途中で馬車が野盗に襲われているのに遭遇するときがある。

 腰に下げた剣を引き抜き、馬から降りてダミアンは剣を構えた。


「出たな! 臨時収入!」

「何だお前!」

「でかい男が来たぞ!」

「構うな! 殺せ!」


 野盗を捕らえると警備兵から報奨金が出る。

 喜んで戦って、十人以上いた野盗を全員倒して警備兵の詰め所に着き出すと、臨時収入がもらえた。

 辺境でもこういう仕事もしていけば、豊かに暮らせるかもしれないなんて思っていると、馬車の御者からお願いされた。


「この馬車は護衛を雇っていたんですが、野盗を見ると逃げてしまいました。お兄さん、相当の手練れだとお見受けします。一人で野盗を全員倒したんだから。この馬車の護衛についてくれませんか?」

「馬車はどこまで行くんだ?」

「王都までです」


 ちょうどいい。

 これも臨時収入になる。

 馬車に合わせた歩みになるので少し遅くはなるが、御前試合には十分間に合うだろう。


「いいよ。報酬ははずんでくれ」

「もちろんです」


 馬車の護衛として雇われて、ダミアンは王都までの道を馬車を守りながら進んだ。

 途中の町で休むときには、宿代も払ってもらえたので、ダミアンは馬を宿の厩舎に預けて、ゆっくり休むことができた。


 王都に入る前にもう一度王都の大衆浴場で体を清めておかなければいけないと思っていたが、宿には簡単なシャワーが設置してあったのでありがたく使わせてもらうことにした。


 辺境を出て数日、ダミアンは王都に戻っていた。

 馬車を停留所まで送り、ここまでの護衛の代価を受け取って、臨時収入にホクホクしながらダミアンは王都の宿を取ろうとした。

 御前試合の時期なので見物に来る客が王都に溢れていて、宿は満員に近かった。一人部屋が空いていなくて困るダミアンの頭に浮かんだのは両親の住んでいる実家だった。

 十二歳のときに家を出てからほとんど帰っていなかったが、今は弟のカスパルも妹のディアナも家を出ているので眠る場所くらいはあるだろう。

 馬は馬車の停留所で預かってもらって、ダミアンは久しぶりに実家に帰った。


 両親はダミアンを見て泣きそうな顔で迎えてくれた。


「カサンドラ騎士団を辞めたんだって? カサンドラ騎士団の方がうちまで探しに来たよ」

「今はどこに暮らしているの?」

「辺境に移住したんだ。カスパルも貴族の屋敷で文官として雇ってもらっているし、ディアナも結婚したし、もう騎士として頑張らなくてもいいだろう」


 説明をすると両親はダミアンを温かく迎えてくれる。


「王都に帰って来たときにはいつでもうちにくるといい」

「今までありがとう、ダミアン」

「カスパルとディアナが幸せならおれも嬉しいんだ。父さんと母さんにも心配ばかりかけて悪かったな」

「お前は自慢の息子だよ」

「辺境でもダミアンならみんなに愛されて暮らせるわ」


 広い家ではないので眠る場所は狭かったが、野宿よりはマシだった。母の作った懐かしいシチューも美味しかった。

 ダミアンは久しぶりの実家で寛いでいた。


「いつまでいるの、ダミアン?」


 母に聞かれて、ダミアンは答える。


「最後にカサンドラ騎士団の御前試合を見に来たんだ。それが終わるまではいるつもりだよ」

「狭い家だけどゆっくりしていくといい」

「ありがとう、父さん、母さん」


 下町で鍛冶屋をしている両親は、ダミアンが騎士学校に行くときに長く立派な剣を作ってくれた。

 その剣は今もダミアンの腰に下がって、大事に使われている。

 カサンドラ騎士団で煌びやかな剣を支給されたが、それよりもダミアンは両親が作ってくれた剣を愛用していた。


 ベッドがなかったので毛布にくるまって眠ったが、ダミアンは心地よく眠ることができた。

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