カサンドラ騎士団の御前試合で優勝したライムントは、真っすぐにダミアンのもとにやってきた。
両親を紹介し、両親にはライムントを紹介すると、ライムントは真っ赤な薔薇の花を差し出して真剣な眼差しで告げた。
「ダミアン、あなたが好きです。この花を捧げる意味が分かるでしょう?」
ライムントがダミアンに好きだと言っている。
従騎士から騎士になって七年間、これまで御前試合で優勝したときに、ダミアンは準優勝だったライムントに花を譲っていた。きれいな顔立ちで物腰も柔らかく優しいライムントは思う相手もいるだろうと思ったのだ。恋愛に縁のないモブ顔で地味なダミアンは、花を捧げる相手なんていなかった。
花を譲り受けたライムントがその花をどうしていたかはよく知らないが、今回ライムントは言っていた。
――そ、れは……最後の御前試合になりますし、ずっとダミアンはわたしに花を譲ってくれていたのでお礼です。
お礼にしてはやけに真剣な表情で花を渡してくるのだが、整った顔立ちのライムントが真面目な顔をするとますます顔がよくてダミアンはこれはモテるだろうなぁと考える。こんな風に言われて花を捧げられたら、ダミアンでなければ勘違いしていたかもしれない。
そんな大袈裟に言わなくても、ライムントがダミアンの親友だということは分かっている。笑って言えばライムントの白い頬が紅潮して薔薇色に染まる。ダミアンは肌の色が濃いのでこんな風に頬が紅潮することはなかったが、ライムントを見ていると白い肌の彼は美しいのだとよく分かる。
告白のようなことをしているので、両親に誤解されないようにライムントは親友であり恋愛感情はないのだときっぱりと言っておくと、両親は驚いた目でダミアンとライムントを見ていたが、ほっと胸を撫で下ろす。
ライムントを恋愛対象に考えたことはないし、何より、恋愛自体、自分には縁のないものだと思っているダミアンは驚いている両親に明るく笑って否定した。
薔薇色だったライムントの頬が色あせて、どことなくしょんぼりとしているのは気のせいだろうか。よく分からないが、ダミアンがライムントに声をかけようとすると、他の騎士がライムントを呼んだ。
「ライムント、カサンドラ殿下が最後の挨拶に来るようにと仰っていたぞ」
「分かりました。ダミアン、少し待っていてくれますか? カサンドラ殿下にご挨拶をしてきます。それが終わったら、ダミアンのご両親の家に行かせてください」
鍛冶屋であるダミアンの両親のために、ライムントは仕事を斡旋してくれようと考えているのだろう。カサンドラ騎士団は離れるかもしれないが、カサンドラに話を通してカサンドラ騎士団の武器や防具の整備を任せられるようになれば、ダミアンの両親も栄誉あるカサンドラ騎士団の仕事を受けられて収入も増えるに違いない。
年齢も五十歳前の両親は、まだまだ現役の鍛冶屋として働ける。父が鍛冶を主にやっていて、母は刃物の研ぎをやっている。
戦えば剣は歪むことがあるし、切れ味も落ちることがある。防具は傷付くことがあるし、壊れることもある。
騎士団と鍛冶屋は切っても切れない仲だった。
「ライムントが来てくれるなら嬉しいよ。あまり広い場所じゃないんだけど」
「ライムント様が今日使った剣も調整しますよ」
「ダミアンの剣と一緒に研ぎましょうね」
やる気の両親に微笑みかけて、ライムントはカサンドラに挨拶をしに行ってしまった。
御前試合は終わったので、先に下町の店兼家に帰って準備をしておくという両親を見送って、ダミアンはライムントを待っていた。
闘技場は御前試合が終わったのでひとが帰り始めており、会場は人気がなくなってくる。
「ライムントに詰め所の方で待ってた方がいいか聞いた方がよかったな」
一人残されてダミアンが呟いていると、褐色の肌に黒髪の黒い目というこの国ではありふれた色彩の騎士がダミアンに近付いてきた。
長身のダミアンと同じくらいの背丈の騎士の名前は、確かルッツだったと思う。年齢はダミアンよりも一つ年上だったが、カサンドラ騎士団での地位は同じだった。
「ダミアン、おれの試合、見ててくれたか?」
「決勝戦でライムントに負けたんだっけ」
「そこを強調しないでくれよ。退団するライムントに花を持たせてやったんだって」
そんなことを言っているが、決勝戦でルッツは危険なくらいにライムントに切り込んで、怪我をさせんばかりだったことはダミアンも気付いていた。元からあまり仲のいい騎士ではなかったが、年下なのに子爵位をもらうほど手柄を立てているライムントを敵視していた相手だという認識はある。
「わざと負けるなんて、それこそ、カサンドラ殿下に顔向けできないぞ」
「ダミアンは、わざと負けなかったんだよな」
数年前の御前試合の話をされてダミアンは苦笑する。
ずっと平民のダミアンが御前試合で優勝していたので、それを目障りに思った貴族がダミアンに交渉してきたことがあった。
「平民が勝ち続けるだなんて身の程を弁えていないのではないか? 今回は負けて優勝を譲るように」
「申し訳ありませんが、八百長はできません」
「平民が何を言う! 報酬をやるから、大人しく負けるのだ!」
騒ぎ出した貴族の体を肩に担いで、ダミアンはそのままカサンドラとラルスの執務室に駆け込んだ。そこで、貴族が渡そうとしていた金貨の入った革袋をぶちまけて、カサンドラに言ったのだ。
「カサンドラ殿下、この男はおれに八百長を持ちかけて来ました。どこの貴族の差し金か知りませんが、おれに御前試合で負けろと言ったのです」
「そんなことは言っておりません。この平民の被害妄想です!」
「黙れ! ダミアンは平民だがカサンドラ騎士団の一員! 侮辱することは許さぬ!」
カサンドラに一喝されて貴族の男は震えあがった。
その貴族の男を調べ上げて、一人の貴族の騎士が毎年御前試合でいい線行くものの、ダミアンに倒されてきたと分かったラルスは、カサンドラと共にその貴族の騎士を呼び出して、カサンドラ騎士団から追い出してしまった。
八百長の誘いになどダミアンは乗る気もなかったし、カサンドラとラルスに八百長を持ちかけた貴族とその貴族を雇っていた貴族の騎士は裁かれたし、満足していた。その一件以来、ダミアンが平民であることを理由に御前試合の勝ち負けについて絡んでくる貴族はいなくなった。
「そういうこともあったかな」
「ダミアンのそういうところが気に入っていた。おれはダミアンが好きなんだ」
告白されて、背中にぞわっと怖気が走る。ライムントが友情の意味で好きといったときには全く感じなかったのに、ルッツが好きというと気持ち悪いとしか思わない。
「悪いけどおれは……」
「カサンドラ騎士団を辞めたんだろう? おれのところでならいい暮らしをさせてやれるよ?」
腰を抱こうとしてくるルッツは貴族の子息で、カサンドラ騎士団の騎士としてもそれなりの給料はもらっていることは確かだった。
「誰かに養われたいと思わないんだ。おれは自由に生きたい」
「辺境の暮らしはつらいんじゃないか? おれと一緒に暮らそう?」
辺境へはダミアン自身が行きたくて行ったのだし、その意思を尊重しない相手と付き合うつもりなど全くなかった。
「ダミアン、お待たせしました。行きましょう」
戻ってきたライムントの姿にダミアンはルッツの腕から抜け出して、ライムントのもとに歩み寄っていた。
ライムントの姿を見たら妙に安心してしまった自分にダミアンは戸惑う。ルッツの腕に引き寄せられているときはあんなに不快だったのに、ライムントがそばにいると、こんなにも心が落ち着く。
この気持ちが何なのか、ダミアンは全く分かっていなかった。