御前試合では優勝者にはそれなりの賞金が出る。
ダミアンは毎年その賞金目当てに優勝していたに違いなかった。優勝者が思いびとに捧げる花などダミアンの眼中にはなかったのだ。
ダミアンがカサンドラ騎士団を退団してようやく優勝できたライムントは、ダミアンに気持ちを伝えたが親友と言われ、とどめまで刺された。
気落ちしつつカサンドラのもとへ挨拶をしに行けば、カサンドラはライムントに首尾を聞いてきた。
「ダミアンに告白したのだろう? どうだったのだ?」
「ダミアンはわたしを親友として好きだと言いました。それ以上にはなれないようです」
素直に答えると、カサンドラが豪奢な真っ赤な髪を掻き上げてため息をつく。
「両親が来ていたのではないのか?」
「ご両親にご挨拶はしましたよ」
言い返せばカサンドラが立ち上がって、美しいフォルムのよく磨かれた先の尖ったブーツでライムントの尻を蹴飛ばした。
「両親に挨拶をとかお花畑になっている暇があるなら、外堀を埋めんか! このヘタレが!」
恋に関してライムントがヘタレであることは間違いないが、ここまで言われてしまうと情けなくなってくる。蹴られた尻は痛いし。
「カサンドラ殿下、痛いです。お尻が割れます」
「尻は元から割れている! 将を射んとする者はまず馬を射よ、だぞ、ライムント!」
両親から懐柔していって、ダミアンを手中に納める。確かにカサンドラの言う通りだった。
「カサンドラ殿下、ダミアンのご両親は下町で鍛冶屋を営んでいるといいます。カサンドラ騎士団の武器や防具を任せるのはいかがでしょう?」
「鍛冶屋の腕にもよるが、一度視察に行ってもいいだろう。ダミアンとその両親に伝えよ」
「はい」
仕事の話を持って来てダミアンの両親の生活を豊かにさせることができれば、ライムントは信頼を勝ち得ることができるのではないだろうか。
外堀を埋めてダミアンを自分のものにする。
ライムントはその計画を立て始めていた。
「それにしても、ルッツは酷かったですね。試合なのに寸止めをせずに怪我をさせようとしていたように見えました。ライムントでなければ危なかったのではないでしょうか」
ラルスがカサンドラに言うのに、カサンドラは美しい眉間に皴を寄せて頷く。
「ルッツは何を考えているのか。元々カサンドラ騎士団でも態度のいい方ではないな」
「ダミアンが辞めてからルッツが荒れているという報告を聞きます」
「カサンドラ騎士団に相応しくない行いをするようなら処分も考えなければ。ダミアンにライムント、それにルッツと三人も一度に騎士を失うのか」
悩まし気なカサンドラには申し訳ないが、ライムントはもうダミアンを追いかけて辺境に行くことを決めていた。カサンドラに引き留められても気持ちが変わることはない。
「これまで大変お世話になりました」
「うまくやるのだぞ、ライムント。そうでなかったら、そなたの尻が四つに割れるまで蹴ってやろう」
「それは勘弁してください」
カサンドラ騎士団の中でもカサンドラはかなりの手練れである。蹴り続けられたら本当に尻が四つに割れそうな気がして、ライムントはやめてくれるように頼んでいた。
カサンドラとラルスのもとから離れて、闘技場に戻ると、ダミアンに妙に接近しているものがいる。それがルッツだと分かってライムントは胸中で思い切り顔をしかめた。
腰を抱かれてダミアンは嫌そうにしているし、ライムントはダミアンに声をかける。
「ダミアン、お待たせしました。行きましょう」
ライムントの姿に気付いたダミアンが、ぱっと笑顔になってライムントのもとに歩み寄ってきた。ルッツが聞こえるように舌打ちをしている。
「おれとダミアンは大事な話をしているんだ! 邪魔しないでもらおう」
「カサンドラ殿下がさっきの試合のことについて聞きたそうにしていましたよ」
「くそっ! いつも余裕ぶって敬語で嫌味な奴だな!」
殴り掛かってこようとするルッツの腕を素早くダミアンが捻り上げた。床の上に倒されてルッツが悲鳴を上げる。
「何をするんだ!」
「御前試合で負けたのに、恥の上塗りをすることはないだろう。カサンドラ殿下に呼ばれているんなら早く行った来た方がいいんじゃないか」
「ダミアン、そんな冷徹な男じゃなくておれを選んでくれ!」
「ライムントは冷徹じゃないし、そんな仲じゃないよ」
犬猫を追い払うようにしてルッツを送り出したダミアンは、ライムントに向き直った。
「ルッツの奴、寸止めをしてなかったよな」
「ダミアンにも分かりましたか。カサンドラ殿下もその件に関してルッツを咎めるでしょう」
「カサンドラ騎士団を除隊させられてもいいけど、辺境には来てくれるなよ」
ダミアンに懸想している様子のルッツは、カサンドラ騎士団を辞めさせられたらダミアンを追いかけて辺境に来るのではないだろうか。それはライムントも心配していることだった。
「ルッツには処分が下されるでしょう。外堀……いえ、ダミアンのご両親のお店に行きたいのですが」
「そうだったな。歓迎するよ」
明るい表情になってダミアンがライムントの先に立って歩き出す。闘技場から出て、王都の賑わう通りを抜けて、少し寂れてきた下町にダミアンの両親の店はあった。
鍛冶屋の看板が出ている店に入ると、ダミアンの両親が迎えてくれる。
「ライムント様、準備をして待っていました」
「ダミアンも剣を見せなさい」
ダミアンの両親に剣を預けると、調整して、研いでくれる。ダミアンも剣を調整して研いでもらっていた。
「カサンドラ殿下がカサンドラ騎士団の武器や防具を頼めるか、一度視察においでになると仰っていました」
「カサンドラ殿下がわたしたちの店に!?」
「光栄ですが、こんな狭い場所で大丈夫なのでしょうか」
「カサンドラ騎士団の武器や防具をお願いすることになったら、店の改築の費用も出してくださるでしょう」
大きな取引の話に、ダミアンの両親の目が輝く。ダミアンの金色の目は母親に似たようだった。
調整の終わった剣を確かめると、切れ味がいいように研いであるし、歪みも直っている。ダミアンも満足そうに剣を腰に下げ直していた。
「ダミアンは辺境で暮らすと聞きました。知り合いもいない地で大丈夫なのでしょうか」
「この年だし、独立したいのは分かっていますが心配で」
ダミアンを心配する両親に、ライムントは笑顔を向ける。
「わたしもカサンドラ騎士団を退団して、辺境に行くことにしたのです」
「ライムント様も?」
「はい。叔父が辺境伯なので、ずっと辺境に来るように言われていたのです。ダミアンも辺境に行くし、いい機会だと思って、辺境へ戻ろうと思います」
白い肌のライムントは辺境の出身だということは見ただけでも分かっているだろう。叔父が辺境伯で、辺境にコネがあるということもアピールしておけばダミアンの両親も安心してくれるかもしれない。
「ライムント様がご一緒なら安心ですね」
「よかったわね、ダミアン」
「ライムントとは騎士学校時代からの付き合いだから、それが続けられて嬉しいよ」
笑顔を見せるダミアンに信頼されている喜びを噛み締めて、ライムントも微笑んだ。
「ダミアンのことはわたしに任せてください」
頼りになる親友ポジションから固めていくのがいいだろう。
辺境伯の甥で、辺境域でもそれなりに権力を持っていて、ダミアンを守れる存在。
実際には剣でダミアンに勝ったことはないし、ルッツが絡んできたときにもダミアンに助けられているのだが、貴族としてはダミアンを支え、守ることができるだろう。
「ダミアンは弟妹が双子でお金がかかったから、十二歳で家を出て騎士学校に行ってしまったのです」
「これからはダミアンが自分の幸せを掴み取れるようになってほしい。わたしたちはもう大丈夫だから」
ダミアンの両親の言葉に、ライムントは微笑みながら頷く。
「ダミアンが幸せになれるようにわたしも助けていくつもりです」
あわよくば恋人になって、最終的には結婚して。
そんな下心満載のライムントに気付かずに、ダミアンの両親はライムントが息子を守ってくれると感謝してくれた。