行きは一人だったが、帰りはライムントと一緒だった。
ライムントの荷物はダミアンよりも多く、馬車で運ばせるようだったが、ライムント自身は馬に乗ってダミアンと一緒に辺境に向かっていた。
ライムントの荷物を乗せた馬車に速度を合わせて護衛するような形になる。
「おれを荷物の護衛に使うつもりだったのか?」
「ダミアンなら助けてくれるでしょう?」
「野盗が来てもライムントなら一人で大丈夫そうだけどな」
話しながらダミアンとライムントは馬を走らせる。馬車の速度に合わせているのでそれほど速くはない。ライムントはカサンドラ騎士団で使っていた馬を買い取って使うことにしたようだった。
「ライムントの馬はダニエルだったっけ。格好いいな。よく似合ってる」
脚が細くて体高が高いライムントの馬は葦毛でライムントが格好よく見える。そうでなくてもライムントは美形なのだから、ますます磨きがかかっている。
厩舎によく顔を出して馬の世話もしていたのでダミアンはライムントの馬のこともよく知っていた。
ライムントが騎士になったときに贈られた馬が繁殖のために引退したので、一年前に新しくライムントに与えられた若い雄の馬だった。性格はライムントに似たのか温厚だが、戦いに出ると勇敢に立ち回る。とてもいい馬だった。
ダミアンの馬は辺境で買ったものなので、足も太く体付きががっしりとしていて優雅さはない。そういうところが自分に似て気に入っているのだが、ライムントはダミアンに言ってくる。
「ダミアンも自分の馬を買い取って行った方がよかったのではないですか?」
「あんな立派な馬、農作業に使えないよ。おれにはこいつが似合ってるんだ」
馬に乗ったまま鬣を撫でて微笑むと、ライムントは緑色の目を細めている。庶民なので宝石の名前など知らないが、ライムントの目は宝石よりもきれいだとダミアンは思う。
「ダミアンは農作業に馬を使うのですか?」
「そのつもりだよ。開墾のときに鍬を引かせる」
「農民が馬や牛をそのように使っているというのは聞いていましたが、ダミアンもそうするのですね」
「馬糞は畑の肥料にもなるし、乗って移動もできるし、馬はいいよ」
牛ならば乳を搾ることもできたかもしれないが、乳を出させるためには毎年子牛を産ませなければいけない。牛の出産まで世話をできるかといえば、自信がなかったのでダミアンは馬の方を選んだ。
鞍を付ければ乗れる馬は移動手段としても優れている。
「そろそろ日が落ちますね。今日はこのくらいにして休みましょうか」
「そうだな」
馬車に合図して一番近い町に入って、馬車は御者が馬車置き場に預け、ダミアンとライムントは宿を探す。ダミアン一人ならば野宿で構わないのだが、ライムントは貴族なので野宿はできればしたくない様子だった。
馬を預かって宿の厩舎に馬を置いて宿の主人と交渉するライムントに合流すると、ライムントが困った表情でダミアンを見た。
「部屋が一つしか空いてないみたいなんですよ。二人部屋でベッドは二つあるようなのですが」
「ベッドが二つあるなら構わないよ。一人部屋二つ取るより安くなるだろ」
ライムントとは野宿するときにお互いに警戒しあって眠ったり、寒いときには身を寄せ合って眠ることもあった。今更部屋が同じくらい何の問題もないだろう。
ダミアンの返事にライムントが笑顔になる。
「それなら、ここの支払いはわたしがしましょう」
「それは悪いよ。割り勘にしよう」
「いえ、町で宿に泊まりたいと言い張ったのはわたしなのですから、わたしが支払います」
今後のことを考えるとあまり金は使いたくなかったし、ライムントは辺境伯の軍に入って給料をたっぷりもらうのだろう。それを思えばここくらい払ってもらうかとダミアンは決めた。
「それじゃ、頼むよ。その代わり、夕食はおれが支払うよ」
「豪勢な夕食にしないといけませんね」
「おう! 任せとけ!」
話し合いがまとまって、部屋に荷物を置くと、ライムントはダミアンを宿の一階の料理店になっている場所に誘った。
「ここは魚介料理が美味しいんですよ」
「海沿いでもないのに魚介料理が?」
「この町は運河が流れているでしょう? これは海から繋がっていて、海沿いの町の食材が新鮮なまま入ってくるんです」
辺境に行くときも町には寄ったが露店で食べ物を買ったくらいで店には入らなかったし、辺境から王都に戻るときもほとんど野宿して町には寄らなかった。こんな町があったこと自体ダミアンの記憶には残っていなかった。
「ムール貝の蒸し焼きがある! アクアパッツァもある!」
「頼んじゃいましょう。これとこれを。お酒はどうします?」
「これだけ美味しそうなものがあるのに飲まないのはもったいないな。おれはエールを」
「わたしもエールを」
注文して運ばれてきたエール酒のジョッキを打ち合わせて乾杯をする。
「新しい生活に!」
「辺境での生活に」
二人で声を揃えて言って、飲んだエール酒はぬるかったが美味しかった。
ムール貝の蒸し焼きは大量に深皿に盛られて出される。
一つ目のムール貝を食べた後は、その貝の殻をトングのように使って次のムール貝を食べていると、ライムントが興味深そうにダミアンの手元を見ている。
「そういう食べ方をするんですね」
「平民の食べ方だからお行儀がいいか分からないぞ?」
「わたしもやってみたいです」
ムール貝の殻で殻の中のムール貝を挟んで食べるライムントは楽しそうだ。アクアパッツァには大きな魚が入っており、魚を食べ終わったら、魚の出汁がたっぷりと出た汁をパスタにしてもらえた。
お腹いっぱい食べて宿の部屋に戻ると、ライムントがダミアンに風呂の順番を譲ってくれる。
「お先にどうぞ」
「遠慮なく」
風呂の付いている宿を探したから部屋がなかったのかもしれないと頭を過ったが、ライムントは貴族なのである。風呂のない環境など我慢できないのかもしれない。
辺境で大衆浴場に行ったときに、ライムントはシャンプーもコンディショナーもボディソープもないことを驚いていた。カサンドラ騎士団で野宿したり、何もない宿に泊まったりしたことはあったが、ライムントは根っこのところがダミアンと違うのかもしれない。
シャンプーもコンディショナーもボディソープもある風呂でしっかりと体と髪を洗って、大きなタオルで拭いて元着ていた服を着て出て来ると、ライムントが入れ違いに風呂に入る。カサンドラ騎士団の宿舎は上位の騎士の部屋は風呂がついていたが、ダミアンやライムントの部屋は風呂が付いていなくて共同浴場を使っていた。
共同浴場もきれいに整えられていたし、シャンプーもコンディショナーもボディソープも置いてあった。広い湯船に浸かるのはダミアンにとって一日の疲れを取る幸せな瞬間だった。
風呂から出るとライムントは新しい服に着替えていた。洗濯ができないので、移動中はずっと同じ服を着ていようと決めているダミアンとは違う。
多少汗臭くなってもダミアンは気にしないが、ライムントは気にするのだろう。
「ダミアン、お休みなさい」
「お休み、ライムント」
サイドテーブルが間に挟まって少し隙間ができている二つ並んだベッドの片方にライムントが寝転がって眠るようだ。寝るには少し早い気もしたが、同室なのだからライムントが寝ればダミアンも寝なければ灯りが消せない。
ベッドに入ると、柔らかな感触にダミアンは驚く。
もしかすると、ここはかなり高級な宿なのではないだろうか。
「ライムント、もう寝たか?」
「寝ました」
「寝てないじゃないか!」
平然と寝たと返事をするライムントにダミアンは突っ込みを入れる。
「宿の金……」
「わたしが払うと約束したので、この話は終わりです。お休みなさい」
「でも、高いんじゃないか?」
「この話は終わりです」
もう寝るとばかりに寝返りを打ってダミアンに背中を見せたライムントに、ダミアンはそれ以上何も言えなかったが、これから先宿に泊まるときには気を付けようと思っていた。