ダミアンと辺境に行く旅は楽しかった。
途中で寄った町で、ライムントは人気の宿に行った。値段の割には部屋がきれいでベッドの寝心地もよく風呂も付いているという宿は非常にひとが多くて、二人部屋が一室空いているだけだった。
ダミアンと二人きりの部屋で眠れる。
なんというラッキー!
こうなることを考えてこの宿にしたのだが、ダミアンは別の宿でもいいと言いそうな感じだったので、ライムントが宿代を払うと押し切ってその宿に泊まることにした。
最終的にはダミアンは納得してくれて、その代わりに夕食をご馳走してくれるとのことだった。
この町には運河が通っていて、海沿いの町から新鮮な魚介類が入ってくる。
ダミアンにムール貝の食べ方を教えてもらったり、アクアパッツァの残りの汁をパスタにしてもらったり、楽しく食事をした後で部屋に戻ると、ライムントは緊張してしまった。
間にサイドテーブルが入って隙間が空いているとはいえ、ベッドは二つ並んで置いてある。
ダミアンが眠るベッドに入り込もうとすればできないことはない。
ダミアンの方が力が強いのだし、無理やりダミアンを抱くことはしないと決めているので、ライムントは欲望を抑えて、ダミアンに先に風呂に入ってもらって、入れ違いに自分も風呂に入った。
湯上りのダミアンを見ているとおかしな気分になりかねない。
風呂から出るとさっさと布団に入ったライムントに、ダミアンも布団に入った。
灯りを消してから、宿のことを聞かれたが、誤魔化して眠ったふりをしていると、ダミアンは眠ったようだった。
暗がりの中でも薄らぼんやりとダミアンの形に盛り上がった布団が見える。
「ダミアン……」
真正面から好きだと伝えても伝わらなかった。
これ以上どうすればいいのか。
ライムントがダミアンに強さで追い付いていないからダミアンはライムントに興味を持ってくれないのだろうか。
ダミアンに手を伸ばす勇気もないライムントの耳に、カサンドラの「ヘタレ!」という声が響いていた。
それから数日の時間をかけてライムントとダミアンは辺境に行った。
途中で野盗に出くわしたが、ライムントだけでも倒せるような相手である。ダミアンがいれば楽に倒せて、近くの警備兵の詰め所に突き出して、ダミアンは報奨金をもらってほくほくとしていた。
「辺境で護衛の仕事をしたらいいんじゃないですか?」
「護衛もいいけど、おれはゆっくり自分の生活を楽しみたいんだよ」
これだけ剣を使えるのだからそれを捨ててしまうのはもったいないとライムントは思うのだが、ダミアンの気持ちは変わらなかった。
辺境に着くとダミアンは買い物をして馬に大量に荷物を乗せて、辺境の外れの小屋に帰って行った。
ライムントはこれから叔父に会わなければいけない。
馬車の御者に荷物は運ばせて、辺境伯イグナーツ・ヘルマンの屋敷に顔を出すと、今日ぐらいに着くと手紙で伝えていたのでイグナーツは執務室で待っていてくれた。
「叔父上、お久しぶりです」
「よく来てくれたな、ライムント。心は決まったのか?」
「心、といいますと?」
歓迎してくれる様子のイグナーツにライムントは問い返す。
「わたしの後継者となってくれる件だ」
その話を持ち出されるとは思わずにライムントは内心慌てた。
カサンドラ騎士団を辞めてライムントは辺境伯の軍に所属するつもりだった。その旨を書いた手紙を送っていたのだが、イグナーツはそれをライムントがイグナーツの後継者として養子に入ると勘違いしたようなのだ。
「わたしでなくてもいいでしょう」
「ずっとわたしはライムントがいいと姉上に言っていたのだ。姉上はライムントの了承が取れれば構わないと言ってくださっている」
四十歳を少し超えたイグナーツはまだまだ若々しく見えるが、夫であるジークハルト・ブレヒャーはイグナーツより少し年上である。男性同士でも子どもができるとはいえ、もう年齢的に難しいのかもしれない。
「ジークハルト義叔父上はどうお考えなのですか?」
「元々、わたしとジークハルトは子どもを作らないつもりで結婚したんだ。男同士だとどちらが産むかで面倒くさくなるからな。ジークハルトは軍の司令官補佐として仕事を休みたくなかったし、わたしも軍の総司令官として子どもを産む選択肢はなかった」
叔父であるイグナーツの話を聞いていると、ライムントはついついダミアンとのことを考えてしまう。ダミアンと両想いになれる日が来て、ダミアンと結婚したら、どちらが子どもを産むかで揉めたりするのだろうか。
それくらいならば、最初から子どもは持たない選択をするイグナーツとジークハルトの気持ちも分からなくはない。
「この養子縁組はジークハルトも望んでいるものなんだ。受けてもらえるとありがたい」
「少し考えさせてください」
急な話だし、すぐには返事はできない。
辺境伯の後継者となったライムントをダミアンがどう思うかも確認しておかなければいけないだろう。
「軍の宿舎に住ませてもらっていいですか?」
「わたしの甥なのだ。この屋敷に住んでもらって構わないよ」
「いえ、わたしは軍の一員として働くのですから、軍の宿舎に住ませてもらいます」
イグナーツの屋敷に住んでいると、なし崩しに養子の話が決まってしまうかもしれない。辺境伯の後継者となると、結婚相手も自分で決められなくなる可能性が出て来る。
貴族として生まれたのだから政略結婚というものの意味は理解しているが、騎士学校でもカサンドラ騎士団でもずっとダミアンを想い続けてきたライムントはすぐには納得できなかった。
養子になるとしても、結婚相手は自分で決めるという確約が欲しい。
辺境伯の後継者となることに関して、ライムントはダミアンに相談したかった。
軍の宿舎の中でも風呂も付いているいい部屋に配置されて、ライムントは風呂を理由にダミアンをこの部屋に招けないかと考える。
ダミアンの小屋には風呂がなかった。
大衆浴場で体を清めるダミアンは、あの立派な体躯を周囲に見せつけるのかと考えるだけでライムントは嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。
ダミアンは自分のことを地味な顔だと思っているかもしれないが、カサンドラ騎士団にいたころにダミアンを想っている相手はかなりいた。その全てをライムントが握り潰していただけで。
軍に入隊するのは数日後になるので、ライムントは馬を連れ出してダミアンの小屋に向かった。
ダミアンは小屋の前で鹿を捌いていた。
「ダミアン、あなたが獲ったのですか?」
「弓の手慣らしに森に入ったら、偶然出くわして。仕留められたのは幸運だったよ」
血抜きは終えているようで、手際よく解体していくダミアンにライムントはその手元を覗き込んで観察した。
内臓は食べられる部位以外は捨ててしまうようで、皮は丁寧にはがして売るつもりのようだ。
肉は干し肉にしたり、燻製肉にしたりするとダミアンは説明した。
「これから冬になるから、狩りが主流になるかな。春になったら、種芋を植えるつもりだよ」
「そんなにジャガイモ好きでしたか?」
「ジャガイモはパンが買えないときによく食べてた。痩せた土地でもよく育つし、栄養価も高いし、おれは好きだな」
ジャガイモに拘っているダミアンに理由を聞けば、かなりのジャガイモ推しのようである。
「ジャガイモが取れたら、わたしにも食べさせてくれますか?」
「いいよ。一緒に食べよう」
未来の約束をするとライムントは気持ちが明るくなる。
そのままライムントはダミアンに聞いてみた。
「わたしが辺境伯の後継者になったらどうします?」
「どうするもなにも……ライムントはライムントだろう? まぁ、遠い存在になったなとは思うけど……」
遠い存在。
辺境でダミアンが軍に所属してくれればそれほど遠い存在でもないのだが、その気がないダミアンにとっては辺境伯の後継者とは遠い存在になってしまうのか。
カサンドラ騎士団の実力派騎士であったダミアンは辺境の軍に所属すればそれなりの地位を得られるに違いないのだが、それに付随する貴族とのやり取りのわずらわしさにダミアンは疲れきってしまったのだろう。
「そういえば、ライムントは辺境伯の甥だったよな。侯爵家の三男だし、おれには元から遠い存在だったか」
「何を言うんですか。わたしたちは親友じゃなかったんですか?」
「親友だよ」
親友という言葉に胸がちくりと痛むが、自分で口にするとダミアンが金色の目を細めて笑ってくれる。
「ダミアン、好きですよ」
「おれも好きだよ。親友じゃないか」
とどめを刺すようなことを言われて、ライムントは胸中でため息をついた。