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20.叔父と甥の会話

 ダミアンが厨房で料理を習っている間に、ライムントは庭師に声をかけて辺境でこの季節から育てられる野菜を聞いておいた。できればダミアンには町に住んでほしいし、軍に入ってほしい気持ちもあったが、ダミアン自身がそういうことを煩わしく感じているのだったら仕方がない。

 辺境での暮らしがよくなるようにダミアンにアドバイスしていくのも、ダミアンの心を動かすことに繋がるかもしれない。

 軍の宿舎の部屋に呼んでダミアンが風呂に入っている間、ライムントは落ち着かない気分で部屋をうろうろしていた。

 部屋は広く、机と椅子がある書斎スペースと、ソファとローテーブルのセットがある寛ぎのスペースがある。風呂と寝室は別なので、かなりいい部屋を宛がわれたことになる。カサンドラ騎士団での活躍を認められて、それなりにいい待遇で軍に迎えられるのかもしれない。

 軍の総司令官である辺境伯のイグナーツの甥でもあるし、いずれ後継者になるかもしれないのだ。これくらいの待遇は当然と受け止めておくのがいいだろう。


 風呂から出てきたダミアンがシャツのボタンを三つほど開けて、豊かな大胸筋と湿って艶の出た肌を見せているのには、直視できず目をそらしてしまったが、それに気付いたのかダミアンはすぐにシャツのボタンを留めてしまった。それならばしっかりと見ておくのだったと後悔する気持ちと、またダミアンが風呂を借りにくればこういう姿も見られるという気持ちが生まれる。

 ソファはベッドにもなる作りになっているので、ダミアンとゆっくりと軍の宿舎で飲んで泊って行ってもらっても構わないだろう。


 カサンドラ騎士団で遠征のときには野宿でお互いに身を寄せ合っていたし、交代で見張りもしたので、ダミアンはライムントをそんなに警戒していないはずだ。


 ダミアンがライムントと同じシャンプーとボディソープを使っていて、同じ匂いになっているのはマーキングができたようで嬉しくなる。

 シャンプーとボディソープを使うのを遠慮しようとするダミアンに、誤魔化しつつ、ライムントは話題を変えた。


「蕪やホウレンソウ、レタス、ブロッコリーなどはいいらしいですよ」

「え? 何が?」


 なにか考え事をしていたのか聞いていなかった様子のダミアンに、ライムントは庭師から聞いた情報を丁寧に説明する。


「この時期から辺境で育てられる作物といったら、蕪やホウレンソウ、レタス、ブロッコリーなどらしいですよ」

「これから種をまいて大丈夫ってことか?」

「気温が下がり始める今くらいがちょうどいいみたいです」


 ジャガイモに拘りのあるダミアンだが、他の野菜も育てられるならば育てたいだろう。提案すればダミアンの金色の目が輝く。

 ダミアン自身は地味な黄色の目だと思っているようだが、ダミアンの目をよく見ているライムントはその目が日に当たると金色に輝くことを知っていた。

 他の誰も知らないライムントだけの秘密としてそのことを誰かに話したことはない。

 履歴書などにダミアンは自分の目の色を書くときに、黄色と書いていたのも知っている。


「おれのために調べてくれたんだな。ありがとう」

「ダミアンは農業がしたいようでしたし、ジャガイモだけに囚われなくていいのではないかと思ったのです」

「そうだよな。色々植えてみるよ」


 ダミアンにお礼を言ってもらえたし、ライムントは庭師に聞いてみてよかったと思っていた。


 その後、ダミアンは園芸店で種を買いこんで、育て方を店員に聞いていた。成長が早い野菜たちは雪が積もる前には収穫できるようだった。


 夕食も一緒に食べて、エール酒で乾杯をして、ライムントはダミアンに祝ってもらった。


「軍でもライムントが出世しますように」

「カサンドラ騎士団での活躍は評価されてるみたいですよ」

「そうみたいだな。ライムントは優秀だったからな」


 褒められてライムントも悪い気はしなかった。

 騎士学校時代やカサンドラ騎士団に入ってからも辺境に里帰りするたびに行っていた店での食事はとても美味しかった。

 町はずれまでダミアンを見送って、ライムントは軍の宿舎に帰った。


 翌日はまだ軍での配属が決まっていなかったので、ライムントはイグナーツの執務室を訪ねた。イグナーツは忙しそうにしていたが、ライムントが来ると仕事の手を止めて休憩時間にしてお茶を振舞ってくれた。


「我が家の養子になる件、考えてくれたか?」

「まだ応えは出せませんが、養子になるとしたら、わたしは自分の好きな相手としか結婚しませんよ」

「それは先日連れてきたダミアンのことか?」


 率直に聞かれてライムントはじっとイグナーツの緑の目を見た。この目はイグナーツの姉であるライムントの母親とも同じ色で、ライムントもこの色を受け継いでいた。


「わたしはそのつもりです」

「ダミアンには全く意識されていないようだったが?」

「これから外堀を埋めて、結婚に持って行くのです!」


 悔しいがイグナーツの言う通り、ダミアンはライムントを全く意識してくれていない。それどころか、好きだと言っても親友だと返ってくるし、結婚の話を持ち出してもダミアンが関わることはなさそうにしている。


「わたしもジークハルトになかなか本気にしてもらえなかったが、お前はそれ以上に大変そうだな」

「なんであんなに鈍いんでしょうね……」


 沈痛な面持ちで額に手をやったライムントにイグナーツが苦笑しながらきれいなティーカップで紅茶を一口飲んだ。喉を潤してイグナーツが口を開く。


「真正面から告白したのか?」

「御前試合で優勝したときに、花を捧げて告白しましたよ。それで、言われたのが『親友』だったんです」

「聞いていると面白いが、気の毒でもあるな」

「面白がらないでください」


 くすくすと笑われてライムントはため息をつく。


「カサンドラ殿下には外堀を埋めろと尻を蹴られるし……」

「カサンドラ殿下がお前の尻を蹴ったのか?」

「そうですよ。尻が割れるかと思いました」

「尻は元々割れてるもんだろ」


 声を出して笑われてしまってライムントは理不尽な気分になりつつ、この状況もカサンドラが見たらまた尻を蹴られそうだと思う。

 カサンドラ騎士団に入団したころからカサンドラはライムントのダミアンへの気持ちに気付いていたし、応援もしてくれていた。産休も育休も十分に取らせてやるので早く告白して結婚しろと言っていた。

 ダミアンに一度も勝てないまま過ごした騎士学校とカサンドラ騎士団の十三年間。


「ダミアンは、強い奴じゃないと興味がないと言っていたのです」


 小さく呟いて、五歳のころを思い出す。

 初めてダミアンと出会った剣術の師匠の訓練場で、ダミアンは木剣でライムントと打ち合い、勝ってから言ったのだ。


「おれはつよいやつにしかきょうみないからなぁ」


 その言葉を信じて強くなろうと決めて鍛錬に励んでいたが、騎士学校で再会したダミアンはライムントのことを完全に忘れていた。ライムントは一目でダミアンだと分かったのに、ダミアンの方は輝く笑顔で「初めまして」と言ってきたのだ。

 それがライムントの恋心を更にこじらせたのかもしれない。


 ライムントが強くないから記憶にすら残れなかった。

 ダミアンに勝てるようになったら告白しよう。

 そう決めて騎士学校でもカサンドラ騎士団でも何度もダミアンに挑んだが、一度も勝てたことがない。


 その話をイグナーツに愚痴るようにしていたら、イグナーツは緑色の目を見開いて聞いていた。


「ダミアンは、お前より強いのか?」

「強いですよ。カサンドラ騎士団で毎年御前試合で優勝していました」


 ダミアンの素晴らしさはどれだけでも語れる気がするが、自分だけのものにしておきたいのでそれだけしか語らなくても、イグナーツはダミアンに強く興味を持ったようだった。


「それだけ強い相手なら、辺境の軍に欲しいな」

「ダミアンは軍には入らないと言っています」

「お前が辺境伯の養子になれば護衛の騎士が必要になる。ダミアンはどうだ?」


 ダミアンが引き受けるはずがない。

 ダミアンはやっと騎士団のわずらわしさから逃れて自由を満喫しているところなのだ。


 それが分かっていても、魅力的な誘いにライムントの心が揺れる。


「まだ養子になると決めたわけじゃないですからね」


 そうは言っていても、ライムントの心は傾きそうになっていた。


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