軍には階級が大きく士官と下士官と兵の三つに分けられる。
士官は、大将、中将、少将などの将官と、大佐、中佐、少佐などの佐官と、大尉、中尉、少尉などの尉官に分けられる。下士官は兵曹長、上等兵、一等兵曹、二等兵曹などに分けられる。兵は二等兵、一等兵、上等兵、兵長、伍長などに分けられる。
下士官はそれぞれに兵員を統率する階級で、士官はその下士官を更に統率する階級である。
ライムントはカサンドラ騎士団での活躍を認められて、少尉の階級をもらった。これから活躍していけば出世もあり得る士官での一番下からのスタートである。
最初から士官の地位をもらっているのは、叔父と義叔父である、イグナーツとジークハルトの七光りだと思われて仕方がなかったが、それでもそこそこの地位のある役職に就けていることはライムントを満足させた。
ライムントが割り当てられた部屋が最初からいい部屋で士官しか使えない場所だったから予測はしていたが、無事少尉になれて安心していた部分もある。
少尉の階級をいただいた後で、ライムントは辺境伯の屋敷に向かっていた。
辺境伯の屋敷はイグナーツとジークハルトの許可を得て、ライムントは事由に出入りしていいことになっていたし、イグナーツとジークハルトの部屋以外の共用の場所は使ってもいいと言われていた。
ダミアンと会うことがなければ辺境伯家の料理を食べて帰ることもある。
その日はダミアンが料理を習いに来ていたようだった。
作った料理は持って帰れるものは持って帰っているようだったが、今日は持って帰れないようでダミアンは使用人たちが食事に浸かっている部屋でそれを食べようとしていた。
辺境伯家の食堂に誘うと遠慮はしていたが、ライムントが押し切って、一緒に夕食を食べることになった。
ダミアンの作ったパエリアを取り分けて、鶏肉の香草焼きとサラダと一緒に食べていると、イグナーツとジークハルトも帰ってきて、一緒に食事を摂り始めた。
「ダミアンは料理上手だな」
「ダミアンと結婚する相手は幸せだな」
そんなことをイグナーツとジークハルトが言っているが、ダミアンは笑って答える。
「おれと結婚したい相手なんていませんよ。おれは一生独りでいいかな」
「わたしがいます! わたしがダミアンと結婚したいです!」
「ライムント、お前……」
すかさず主張したライムントに、ダミアンの日が当たると金色に輝く目が向けられる。
今度こそ本気に取ってもらえたかと胸が高鳴るライムントにダミアンは苦笑して言った。
「そんなにパエリアが気に入ったのか。結婚したいなんて言葉、気軽に使うんじゃないよ。パエリアが美味しかったなら、『美味しかった』でいいんだよ。おれじゃなきゃ、誤解してたからな?」
お前は顔がいいのを自覚していないから困る。
そんなことを言われてライムントはがっくりと肩を落とす。
これだけストレートに結婚したいとまで言ってもダミアンには全く通じていない。
確かにパエリアは美味しかったが、それとこれとは別だ。ライムントは本気でダミアンと結婚したいと思っているのだ。
全く通じていないライムントの様子に、イグナーツもジークハルトも苦笑している。
ジークハルトにもイグナーツにも分かるのに、どうしてダミアンにだけ通じないのだろう。
「一生独身と、おれも若いころは思っていたな。でも結婚してみたら案外悪くないものだよ」
「ジークハルト様も一生独身と思っていたんですか? 辺境の英雄ですし、モテたんじゃないですか?」
「モテてもなぁ、おれは恋愛よりも剣技を磨くことにしか興味がなかったからなぁ」
懐かしく思い出すように黒い目を細めているジークハルト。イグナーツが口を挟む。
「わたしがどれだけ好きだと言っても全然聞いてくれなかったんだよ」
「イグナーツ様のような格好いい方に口説かれて、心が動かなかったんですか?」
「イグナーツは辺境伯で、おれは平民だ。釣り合うとは思わなかったよ」
イグナーツも自分の恋を実らせるまでにかなりの苦労をした様子だった。
ライムントはダミアンにもう一度聞いてみたいことがあった。
「ダミアンはわたしが辺境伯家の養子になって、後継者になったらどうしますか?」
「それは……今みたいに、気楽に部屋に遊びに行ったり、食事をしたりできなくなるだろうな」
「どうしてですか? わたしはわたし。何も変わりませんよ」
「今ですら貴族様と平民なんだ。こういう風に同じ食卓を囲める方がおかしいんだよ」
辺境伯の後継者になったらダミアンは離れていくかもしれない。
これはもう少し慎重に返事を考えなければいけないとライムントは思い始めていた。
食事を終えて、ライムントとダミアンは辺境伯家を辞して、軍の宿舎に帰っていた。
まだ仕事がはっきりと割り振られていないので、明日は他の士官について仕事を習うくらいで終わるだろう。軍での鍛錬はあるだろうが、それもカサンドラ騎士団の厳しい鍛錬に慣れているのでライムントはそれほど重荷でもない。
ダミアンが風呂に入っている間に、ライムントは脱衣所に入ってダミアンの服を手に取った。何度も洗ってごわごわになっているシャツとズボン。非常に地味で簡素な作りのもので、ライムントが着ているものとは全く違う。
ダミアンの脱ぎ捨てている服の上にそっと肌触りのいいシルクの部屋着を乗せて、何事もなかったかのように脱所から出ると、風呂から出たダミアンが脱衣所から声をかけてくる。
「ライムント、なんかすごい高級そうな服が置いてあるんだけどー!」
「わたし用の部屋着に買ったら、サイズが大きかったんですよ。よかったら着てください」
「借りていいのか?」
「どうぞどうぞ」
本当はダミアンのために買っておいたのだが、それを言えば遠慮されるので自分用に買ったもののサイズを間違えたということにしておく。肌触りのいいシルクの部屋着を着てきたダミアンにライムントはソファを勧めながら、提案してみる。
「この部屋にダミアンの服を置いておくのはどうですか? 風呂上がりには着替えたいでしょう?」
「ライムント、貴族みたいに平民は何着も服を持っていないんだよ。おれは着替えと予備で合計三着分しか服を持ってない。それを洗って使ってるんだ」
「買いに行けばいいじゃないですか。ここで脱いだものはわたしが洗っておきますから」
正確には使用人に洗わせるのだが、それを口に出すとダミアンが遠慮しそうなので自分で洗うことにしておく。
「おれのサイズは既製品がほとんどないんだ。買いに行くとなると仕立てないといけない」
「それが、あるんですよ、既製品で」
「あるのか!?」
「この町は軍人が多いでしょう? 体の大きなひとも多いので、専門の服飾店があるんです。今度行ってみませんか?」
新しく仕立てるのは値段が張るが、既製品ならばある程度値段を抑えられる。ライムントの言葉にダミアンは興味を持った様子だった。
「これから寒くなるし、冬物の服は必要だと思ってたんだよな」
「今度案内しますから、一緒に行きましょう」
話がまとまると、ライムントはグラスを二つ出して、とっておきのブランデーを取り出し、そこに注ぐ。濃い琥珀色の液体がグラスの中に注がれて、ダミアンが金色の目を輝かせるのが分かる。
カサンドラ騎士団でもときどき部屋にダミアンを呼んで飲んでいたが、ダミアンはライムントの買ってくる酒に興味津々だった。普段は飲み慣れていない高級な酒を飲めるので、ライムントが誘うと喜んで部屋に来てくれていた。
ナッツとドライフルーツを出してダミアンに進めると、ナッツを食べながらブランデーを舐めるように少しずつ飲んでいる。
「この酒、香りがよくて美味しいな」
「ナッツも美味しいでしょう? チーズにも合うんですよ。チーズも出しましょうか?」
「あー、欲しいかもしれない」
遠慮せずに欲しいと言ってくれるダミアンに、チーズを切って出すと、濃いオレンジの燻製チーズを一つ摘まんでダミアンが目を細める。
「ライムントといると、おれはダメになりそうだ」
「ダメになってもいいんですよ。たまにはいいじゃないですか?」
わたしと結婚したら毎日でもこんな時間がもてるんですけど。
そんな言葉を飲み込んで、ライムントはダミアンを餌付けするべく、新しいチーズを切り、グラスにブランデーのお代わりを注いだ。