ライムントの部屋で飲んで小屋に帰った数日後、家庭菜園には植えた種から芽が出ていた。そのことに喜びつつ、ダミアンは今日も水をやって雑草を抜き、家庭菜園を整える。
このそこそこ広い家庭菜園全体にジャガイモの種イモを植えたらどれくらい育つだろう。収穫はどれくらいになるだろうと計算するだけでわくわくしてくる。
今回植えた中でも蕪は保存しておいて冬中食べられるかもしれないし、レタスやブロッコリーも余ったら近くの酪農農家にお裾分けに行けばいい。
楽しい冬の過ごし方を考えるダミアンはまだ辺境の冬の厳しさを知らなかった。
非番のライムントと待ち合わせをして町に行くと、馬を軍の厩舎に預けて昼食を一緒に食べる。昼食はバゲットサンドを買ったのだが、広場のベンチに腰かけて二人並んで食べる。
ダミアンのはサーモンを揚げたものにタルタルソースがかかっていて、ライムントはソーセージと酢漬けのキャベツのサンドイッチだった。
大口を開けて食べるダミアンに比べて、ライムントはバゲットサンドでも上品に食べていく。
「ダミアン、ついていますよ」
「お、悪いな」
タルタルソースが口の端についていたようで、指先で拭ってくれるライムントにダミアンは礼を言う。指先で拭った後にその指を舐めていたような気がしたが、きっと見間違いだろう。
例えそうしたとしても、ライムントは三人兄弟の末っ子で小さいころにそういうことをされていて、慣れていたのだろう。
「ライムントは侯爵家の末っ子なんだよな?」
「ダミアンは長男ですよね。長男と末っ子は相性がいいらしいですよ?」
「だからおれたちは仲がいいのか」
納得していると、ライムントが苦笑しているような気がする。ライムントは最近妙なことを言うことが多くなったが、辺境伯の後継者になるかもしれないということで、結婚を考え始めたのだろうか。
結婚の話をしたり、ダミアンと結婚したいと冗談を言ってきたりするようになった。
「ライムント、辺境伯の後継者になるのはそんなに大変なのか?」
「面倒くさいこともあるでしょうね。叔父たちはわたしの意思を尊重してくれるけれど、周囲がそれに従ってくれるかは分かりませんからね」
辺境伯の後継者ともなれば結婚の話も大量に持って来られるだろう。
独身同士で気軽に遊べている今の状況がダミアンは気に入っていたので、ライムントが結婚してしまうとなると少し寂しいような気がする。
「受ける気なのか?」
「もう少し考えたいと思っています」
即答で断らないということは、ライムントにも辺境伯の後継者となる意思があると考えていいのだろう。騎士学校から一緒だったライムントが遠い存在になってしまう。
元から平民と侯爵家の三男という遠い存在ではあったが、ライムントはダミアンと同室になって、親しく話すことを許してくれた。今でも親友だと思っているし、思ってくれている。
「ダミアン、銃の研修があったんですよ」
話題を変えたライムントは、それ以上追及されたくなかったのだろう。ダミアンもそれに従って変わった話題に乗る。
「銃って、軍にしか使用を許されてないやつか」
「それです」
この世界にも銃はあるのだが、破壊力が高いことから、対人戦では基本的に使うことを許されていない。銃を使うことを許されているのは辺境にある軍だけで、騎士団でも銃ではなく剣で戦うように命じられていた。
銃を扱ったことがないので、ダミアンは興味津々である。
「基本的に対魔獣にしか使ってはいけないことになっているのですが、使い方を覚えれば腕力があるなしに関係なく、魔獣の急所を的確に狙えるようなものでしたね」
「弾が特殊だと聞いたんだが、どうだった?」
「散弾といって、当たると体内で弾けるようになっていて、傷を広げるような作りになっていましたね」
銃に対する知識はないので興味津々で話を聞くダミアンに、ライムントが悪戯っぽく笑う。
「ダミアンも軍に入れば銃が使えますよ」
「銃に興味はあるんだが、軍は嫌かなぁ」
銃を使ってみたいという気持ちはあるが、軍に入りたいとは思わなかった。
「散弾銃の他に、小銃もありました。これは対人でも使うもので、服の下に隠せる程度の大きさで、使い方も難しくはありませんでした」
「これからライムントは銃の訓練もするのか」
「そうなりますね」
食べ終わってベンチから立ち上がると、ライムントに導かれてダミアンは服飾店に行った。
軍人ご用達の服飾店ではライムントが言ったとおり、ダミアンのサイズの服も売っていた。仕立てるよりもずっと安かったのでダミアンは安心して何着か手に取る。
「わたしの部屋に置いておく分も買ってくださいね?」
「そんなに服を持ってても仕方ないんだけどな。おれは貴族様みたいに着飾らないし、同じ服を三日は着るし」
「それなら、なおさら風呂に入ったら着替えたいのではないですか? 三日着た服を風呂上がりにまた着たくはないでしょう?」
正論で責められて、ダミアンは口を噤む。
ここはライムントの言う通りにライムントの部屋に置いておく分も買っておいた方がよさそうだ。
「いいのか? おれの服があったら、誤解されるんじゃないのか?」
「誤解って、誰に?」
「恋人とか……できたら」
「できないからいいですよ」
そうは言われてもライムントは辺境伯の後継者になるかもしれない人間である。
結婚したいという相手は大量に出て来るだろう。
今ですら二十四歳の若さで軍の少尉なのである。
「これからライムントはモテると思うんだけどなぁ」
「好きなひと以外にモテても仕方がありません」
「好きなひとがいるのか?」
「います……ん」
「どっちなんだよ!」
相変わらずどっちか分からない返事をするライムントに、ダミアンは笑ってしまった。
買った服は包んでもらって、ライムントの部屋に置いておくものと、自分の小屋に持ち帰るものに分けてもらった。
買い物が終わるとライムントの部屋に誘われる。
数日ぶりに風呂に入りたかったので、ダミアンは喜んで後をついて行った。
ライムントの部屋で風呂を借りて、新しい服に袖を通すと、これまでの服が洗いすぎてごわごわで擦り切れていることに気付いてしまう。これからは季節ごとにあの店に通って、服を強いれなければいけないような気がしていた。
「この部屋着もよかったらダミアンが使ってくださいね。サイズを間違えちゃったので、わたしには大きいんですよ」
この前ライムントが貸してくれた肌触りのいい部屋着もダミアンのものになってしまった。
ぽたぽたと水の垂れる髪を拭きながらソファに座っていると、ライムントがグラスにレモン水を注いでくれる。湯上りに水分はありがたいので、感謝しつつ飲んでいると、ライムントがダミアンに提案してきた。
「わたしが辺境伯の後継者になったら、ダミアンは護衛になってくれませんか?」
「え? 嫌だよ。もうそういう煩わしい生活からは離れるって決めたんだ」
「ダミアンほどの手練れを野放しにしておくのはもったいなすぎます。何より、わたしの護衛に入ると、軍の所属になりますから、銃が使えますよ?」
「銃が……」
ダミアンにとっては銃は未知の武器だった。
引き金を引くだけでものすごい威力を発揮するという武器。
剣技を極めたが、それすらも意味をなくすような破壊力のある武器に触ってみたいという欲はある。
「いや、でも、おれはジャガイモを育てるんだ」
「よく考えてくださいね」
「ジャガイモを……」
心が揺れ始めている自分がいることをダミアンは隠せなかった。