最近ライムントの様子がおかしい。
ダミアンが好きだとか、結婚したいとか、笑えない冗談をよく言うようになったし、ダミアンに対して非常に甘い気がするのだ。
とっておきのウイスキーを出してくれたり、並ばなければ買えないような人気で高級なチョコレートを用意しておいてくれたり。
「次はワインにしますか?」
そんなことを言われて、飲むのが嫌いではないダミアンの心は揺れてしまう。
ダミアンが自分で酒を買って飲まないのは、単純に節約のためだった。自分で買ってしまうと限度なく飲んでしまう。カサンドラ騎士団に入ったすぐのころに初任給に浮かれて酒を買ったことがあったが、一度に全部飲んでしまって二日酔いと、無駄遣いをしたことに関して非常に後悔した。
それ以後は自分では酒を買っていないが、ダミアンは酒が好きである。
ライムントにばかり買わせて悪いとは思うのだが、ライムントの選んでくる酒がどれもものすごく美味しいのでついつい一緒に飲んでしまう。
「飲みすぎたかも……」
ウイスキーもチョコレートもチーズも美味しすぎて飲みすぎたダミアンがとろんとした目でライムントを見ると、ライムントはいそいそと買い間違えたというサイズの大きな部屋着を持ってくる。
「今日は泊って行ったらどうですか?」
「宿舎にひとを泊めてもいいのか?」
「恋人を連れ込んでいるひとや、娼婦を連れ込んでいるひとはたくさんいますよ」
軍としてそれを許すのはどうなのだろうと思いつつ、眠くなってきていたのでのそのそと着替えてライムントがソファをベッドにしてくれたので、そこを眠る場所とする。手渡された毛布は柔らかくいい匂いがした。
カサンドラ騎士団で遠征のときに野営では、ライムントと身を寄せ合って眠ったり、交代で眠ったりしていた。王都から辺境に帰るときにも、最初は部屋が足りなかったからだったが、最終的には宿代の節約に二人部屋を選んで同じ部屋で別々のベッドで眠っていた。今更同じ部屋で眠ることに抵抗はない。
「ほら、歯を磨いてきてください。歯は大事ですよ」
「そうだな」
洗面所で歯を磨かせてもらって、ダミアンは当然のように自分用の歯ブラシがここに置いてあることに気付く。ライムントは何を考えているのだろう。いや、もしかするとダミアンが来たから新しく歯ブラシを出しただけで、他の相手が泊っても出してやっているのではないだろうか。
歯磨きを終えるとダミアンはソファベッドに倒れ込んだ。アルコールの酩酊と今日の疲れがどっと体にのしかかってきて、目を開けていられない。
「お休みなさい、ダミアン」
「お休み、ライムント」
目を閉じてダミアンは眠りに落ちて行った。
夢の中でダミアンは見たことしかない銃を構えていた。
隣りにはライムントがいる。
ライムントは軍の一個中隊を指揮していて、兵士たちは魔物に立ち向かっている。
「構え! 撃て!」
銃撃の音が聞こえるが、ダミアンは銃を使うことができなかった。ダミアンは銃の使い方など知らないのだ。
「ダミアン、あなたも撃ってください」
「あ、あぁ。でも、撃ち方が分からないんだ」
「わたしの護衛になるときに習ったではないですか」
どうやらダミアンはライムントの護衛になっているようだ。傷を受けた魔物が怒り狂って飛び掛かってこようとする。
ダミアンは銃を捨てて腰の剣を抜いた。武骨でがっしりとした長年の相棒だ。
襲い掛かってくる魔物の前に立って剣でその胸を突き刺す。
どばっと噴き出してきた生暖かく生臭い血に、顔をしかめつつ剣を引き抜くと、ライムントがダミアンを冷たい目で見ていた。
「銃を使えと言ったのですよ」
「使えなかったんだ」
「あなたには再教育が必要なようですね」
これまで見たこともないくらい冷たい表情をしているライムント。
いや、ダミアンはこの表情を見たことがある。
ライムントが自分の興味のない相手に見せる顔だ。ライムントを口説いてくる子息令嬢に見せていたのはこんな顔だった。
目が覚めて夢だったと確認してから、ダミアンはライムントに申し訳ないような気分になっていた。ライムントは辺境伯の後継者となった暁にはダミアンを護衛にと望んでくれていたが、ダミアンは銃よりも剣の方が得意なのではないだろうか。
引き受ける気はなかったが、ライムントの頼みならば考えはする程度にはダミアンは自分が気にしていたのだということに気付いた。
もう一度命を懸けて戦いたいかといえば、それは遠慮したかったが、騎士学校からずっと一緒だったダミアンを守る相手がいないのならばライムントの隣りに立ちたいような気持はわいてくる。
「ダミアン、もう起きていたんですか。わたしは宿舎の食堂で朝食を食べますが、ダミアンは入れないので、町で朝食を食べられるいい店を教えますよ」
「いや、いいよ。家庭菜園の植物が心配だし、今日はこのまま帰る」
家庭菜園の植物には毎日水をやって、雑草を取り除かなければいけない。面倒かもしれないが、手をかけただけ食べるときの喜びも大きいだろう。
ライムントの護衛の件で心は揺れたが、やはり自分はこういう暮らしがあっているのだと再確認して、ダミアンは早朝の町で買い物をして、酪農農家の一家のところに寄った。
「ダミアンさんじゃないか。今日の牛乳は搾りたてだよ」
「ヨーグルトもできたてのがあるよ」
「ダミアンにいたん! おみやげ?」
酪農農家の一家とはすっかりと仲良くなっていた。若い夫婦と三歳になる娘が一人いて、その娘が食いしん坊でダミアンが辺境伯家で作ったものをお裾分けするととても喜ぶのだ。
「ドライフルーツを買ってきたよ。ヨーグルトに入れると美味しいよ」
「おいち! ママ、おいちい、ちて!」
ドライフルーツを受け取った娘が嬉しそうに母親の方に駆けて行く。
「いつもすみませんね」
「いいんだよ。喜ぶ顔を見てるとこっちも嬉しくなるし」
ぷにぷにもちもちのほっぺの娘はとても可愛い。食いしん坊なところがなお可愛く思える。
「わたち、おおちくなったら、ダミアンにいたんとけこんつる!」
「何を言ってるの!?」
「おいち、いっぱい! ダミアンにいたんとけこんつる!」
こんな可愛い子にプロポーズされてダミアンも表情が緩んでしまう。
「君が大きくなるころにはおれはおじさんだよ。もうおじさんか」
「おじたん、けこん、だめ?」
「年齢の合う相手と結婚した方がいいんじゃないかな?」
そこまで言って、ダミアンは最近のライムントの言動を考え始めた。
辺境伯の後継者として選ばれたライムントは、意に添わない相手との結婚を一番恐れているのではないだろうか。
それで、気の合うダミアンを結婚相手に選ぼうとしているのではないか。ダミアンとライムントならば年齢も一歳差で釣り合うだろう。
「そういうことか……」
友情結婚を迫るほどにライムントが追い詰められているとはダミアンも気付いていなかった。ライムントにはどれだけでももっと条件のいい相手はいるだろうに、これまで迫ってきた子息令嬢のことを思うと、ライムントが結婚の夢を持っていなさそうなのは感じ取れる。
友情で結婚して、ライムントが本当に好きな相手ができたときには離婚してやるのが一番いいのだろうが、ダミアンは残念ながら結婚する気が全くなかった。親友のライムントといえども結婚となってくると、面倒だという気持ちが上回る。
ライムントも困ったものだ。
ため息をつくダミアンに、下から見上げた娘が真似をしてため息をついていた。
酪農農家で買い物を終えると、ダミアンは小屋に帰って馬を厩舎に繋いで餌と水を与え、家庭菜園の世話に出た。
家庭菜園に水をやって、雑草を取り除いていくと、水がかなり冷たくなっていることに気付く。
そろそろ冬が近いのだ。
初めて経験する辺境の冬を、ダミアンは楽しみなような、怖いような、複雑な気持ちで備えていた。