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28.カサンドラ騎士団、辺境へ来る

 辺境の魔物対策は一年中行わなければいけないのだが、冬場は特に気を付けなければいけない。森の動物が冬眠したり、隠れたりする中で、獲物が少なくなった魔物が人里まで降りてくることがあるのだ。

 そういう可能性も考えてライムントはダミアンに辺境伯家に滞在するように勧めたのだが、それは正解だったようだ。

 毎日仕事が終わって辺境伯家に向かうとダミアンがいてくれる。

 ライムントが辺境伯家の養子になって、ダミアンと結婚すればこの状態がずっと続くのではないかと考えてしまうと、ライムントは冬の間になんとかダミアンを口説き落としたかった。


「ダミアン、わたしと結婚してくれませんか?」


 何度断られても直球で申し込むライムントに、ダミアンはなにか色々と勘違いしている。


「ライムント、お前がこれまで迫ってくる子息令嬢に嫌な思いをしていたのは知っているけれど、おれとの友情結婚で済ませてしまおうだなんて考えるのはよくないよ。ライムントのことは親友として大事だからこそ、好きな相手と結婚してほしいとおれは思っている」

「ダミアンが好きなんです」

「おれも好きだよ、ライムント。おれたちは唯一無二の親友だもんな」


 本気で言っているのに全く通じていない。

 虚しさすら感じてくるライムントだが、諦めてはいなかった。


「カサンドラ騎士団が辺境に来るそうですよ」

「本当か?」


 これまでは夕食後にライムントは軍の自分の宿舎にダミアンを呼んでいたが、冬に入ってからダミアンが辺境伯家に滞在するようになって、ダミアンが割り当てられた客間に夕食後はお邪魔するようになっていた。客間は暖かく、広く、寝室の他にソファセットがある部屋がある。

 ソファに座ってライムントがもってきた酒をグラスに注ぐと、ダミアンはグラスを持ってちびちびと舐めるように味わっている。

 酒を飲むのが好きだが自分では買わないし、煽るように飲むのではなく、大事に少しずつ味わって飲むタイプのダミアン。「わたしがいないときには一人で飲んでもいいですよ」と伝えて酒の瓶をいくつか置かせてもらっているが、ダミアンは一人のときに飲んでいる気配はなかった。


「今年は魔物の被害が大きくなりそうな気配がしているのですよ。それで、辺境の軍からカサンドラ騎士団に救援をお願いしたようなのです」

「魔物が増えているのか?」

「去年までよりも魔物の目撃件数が増えています」


 ちびちびと酒を飲みながら話していると、ダミアンが真剣な表情になる。カサンドラ騎士団の話が出ると、騎士だったころを思い出すのだろう。


「カサンドラ殿下に危険がないといいのだけれど」

「カサンドラ殿下はダミアンに会いたがるかもしれませんね」

「あ、おれ、手紙を書いてない!」


 ダミアンが急にカサンドラ騎士団を辞めてから、ライムントがダミアンを追いかけて辺境まで来たときに、ライムントはカサンドラから伝言をダミアンに届けた。


――急にカサンドラ騎士団を辞めて、みんな心配していますよ。カサンドラ殿下から、あなたを連れ戻すように言われています。

――残念だけど、おれは戻る気はないんだ。もうここに住処も買ってしまった。

――戻る気がないのならば、定期的に王都に顔を出して、手紙でも近況を知らせるように言われています。


 その約束をダミアンは忘れていたようだ。


「カサンドラ殿下に叱責されるかもしれないな」

「カサンドラ殿下ですからね」


 手紙で近況を伝えろと言ったのであれば、カサンドラに限って貴族的な含みなどないに決まっている。そのまま、本当に近況を伝えることだけを求められていたはずだ。それを怠っていたのならば、カサンドラは叱責はしないかもしれないが、寂しがってはいたかもしれない。

 カサンドラ騎士団の全員がダミアンのことが大好きだったし、ダミアンを癒し枠として大事にしていたのだ。


「今からじゃ間に合わないかな?」

「直接会う方が早いんじゃないですか」

「やっぱりそうなるか」


 ため息をつくダミアンに、「そんなに怖がらなくてもいいと思いますよ」とライムントは笑って言った。


 数日後、カサンドラ騎士団が辺境の地に到着した。

 カサンドラ騎士団の滞在する場所は、軍が確保している。辺境でも最高の宿を用意してそこに滞在してもらう予定なのだ。

 冬の雪に閉ざされた時期は、宿も客がいないので安く借りられる。


「ベルツ少尉はカサンドラ騎士団出身でしたね。カサンドラ騎士団との繋ぎ役を命じます」

「心得ました」


 上官に命じられてライムントはそれを引き受ける。

 雪かきをされた石畳を馬車を走らせてカサンドラ騎士団の滞在している宿まで向かった。

 宿には懐かしい赤を基調とした黒と金の縁取りの騎士服を着たカサンドラ騎士団の騎士たちがいる。


「辺境軍より、ライムント・ベルツ少尉、参りました」

「ライムントではないか」

「元気にしていたか?」

「ダミアンはどうしている?」


 宿の一階の食堂部分に集まっていた騎士たちに囲まれたライムントは懐かしい顔ぶれに笑顔になる。騎士たちの中にルッツの姿はなかった。

 話を聞けばルッツは御前試合での無茶な戦い方を叱責されて、カサンドラ騎士団に相応しくないとして辞めさせられたという。

 ルッツがいないことに安堵しつつ、ライムントは過去の仲間たちに挨拶をしてから、カサンドラとラルスのもとに向かった。

 ラルスはカサンドラの部屋に一緒にいた。


「カサンドラ殿下、お久しぶりでございます。今は少尉になっております、ライムント・ベルツです」

「少尉からスタートか。久しぶりだな、ライムント」

「わたしがカサンドラ騎士団との繋ぎ役に選ばれました。どうぞ、よろしくお願いします」


 挨拶をすると、ソファに座ってお茶を飲んでいたカサンドラが、カップをソーサーに置いて立ち上がった。


「ダミアンはどうしている?」

「冬の間はダミアンの住居は森に近くて危険なので、辺境伯家に滞在しています」

「辺境伯家にか。それで、首尾は?」

「それは……」


 カサンドラにはカサンドラ騎士団に入ったころからダミアンへの気持ちを知られているし、隠すことはないのだが、全く通じていないとは自分の口からはあまり言いたくなかった。口ごもったライムントにカサンドラがにっこりと美しい笑顔を見せる。


「辺境伯家に囲い込めたのに、それ以上進展なしか? ヘタレめ!」

「いたっ! お尻が割れます!」

「尻は元から割れていると前も言っただろう!」


 美しく磨かれた先の尖ったブーツで尻を蹴られて、ライムントは飛び上がる。カサンドラも騎士なので力が強いのだ。


「わたしはこの冬にエーミールが成人するので、春に結婚することになった。ダミアンにはぜひ結婚式に来てもらわないとな」

「わたしは……?」

「ダミアンのついでに呼んでやろう」


 王太子であるエーミールが成人するまでは結婚しないと決めていたカサンドラも、やっとラルスと結婚できるようになったようだ。春には王都では盛大な結婚式が開かれるだろう。

 その結婚式にカサンドラは当然のようにダミアンを呼ぶと言っている。


 カサンドラが執務に疲れているときに、疲れの取れるお茶を入れ、甘いものをそっと差し入れしてきたダミアン。そういう細やかな心遣いが、カサンドラがダミアンをかわいがる理由なのだろう。


「カサンドラ殿下、魔物退治についてですが」

「ライムントのヘタレ具合に呆れている場合ではなかったな。今年は特に多いのだと聞いているが」

「はい。今の時点で魔物の目撃数が去年の倍程度になっております」


 報告するライムントにカサンドラが褐色の形のいい顎を撫でる。


「ライムントとダミアンがカサンドラ騎士団を辞めてから、人員が補充できていないのだ。ライムント、ダミアンに頼むことができるか?」

「ダミアンに魔物退治を頼むのですか?」

「カサンドラ騎士団の臨時の騎士として雇いたい」


 確かにダミアンは毎年御前試合で優勝するくらいの実力の持ち主だった。ダミアンが騎士団の一員として戦ってくれれば心強いに違いないだろう。

 できればダミアンには危ないことをしてほしくなかったが、カサンドラ騎士団の一員としてダミアンも戦っていたので、そのころのことを思えばそれほど危険ともいえないのかもしれない。


「ダミアンに聞いてみます」

「いや、わたしから直々に頼みたい。ダミアンをわたしのところに連れてきてくれ」


 カサンドラから直々に頼まれればダミアンも断ることはできないだろう。

 カサンドラの申し出に、ライムントは深く頭を下げて「心得ました」と言うしかなかった。

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