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第151話

 ちょっとテンション上がりすぎた……つい大声で挨拶してしまったせいで、2年A組の教室にいた数人の新しいクラスメイトを驚かせてしまったようだ。


 しかし、そこはさすが美月。

 超絶美少女にして、超優秀な専属マネージャーの手腕は伊達じゃない。


 興味深げに視線を向ける友人女子などに対し、意味深な笑みを浮かべて「私たち仲良しなの」と告げ、質問を封じる空気をさらりと作り上げてしまう。


 ただでさえ注目を浴びやすいのだから、話しかける際は人目を気にしなければ。でないと、今もまだ根強く残るウワサに油を注ぎかねない。


 僕としてもむやみに騒がれるのは困る。恋を自覚してからというもの、なにかと気持ちが右往左往しているのだ。できる限り落ち着いてスクールライフと向き合いたい。

 というわけで、教室の隅に移動して小さな声で謝った。


「ごめん。うっかり大声で……」


「別に気にする必要ないでしょ? 私たちが仲良しなのは事実だし。それに、せっかく同じクラスになれたんだもの。もっと自由に楽しまないともったいないじゃない」


 美月は、周りの目なんて気にする必要ないと言う。

 もはや開き直っているのかも。涼香さんが言っていたように、きっと今年もトラブルに巻き込まれるだろう。けれど、『丸ごと楽しんでやる』といった気概を感じる。


「それとも兎和くんは、私と仲良くしたくないわけ?」


「い、いや、それだけは絶対ない……ッ!」


「じゃあ問題ないわね。それに、周囲もそのうち慣れてくるでしょ。文化祭の一件で私たちの関係も知られているし」


 言って、美月は楽しげな笑みを浮かべた。


 たしかに、1年生の終わり頃にはずいぶん沈静化していたように思う。僕と美月が同じグループで行動することに、みんな慣れていたのだろう。それと、『私たちの関係』なんて言ったら恋バナと勘違いしそうになるが、普通に専属マネージャーの話だ。


「おっすー、兎和、神園! まさかの同じクラスで最高だな!」


「やっほ、美月ちゃん、兎和くん! 一緒のクラスになれて嬉しいよー!」


 僕と美月は、周囲の目を気にしすぎないことでひとまず合意した。するとここで、慎と三浦(千紗)さんのカップルが人影の増えた教室に姿を現す。

 揃ってこちらにすぐ気づき、笑顔を浮かべ近づいてきてくれた。


「おはよう、2人とも! 卒業までよろしくねっ!」


「おい兎和、友情は卒業までか? ちげーよな? 俺たちはBFFだろーが!」


 僕の肩に腕を回しつつ、慎がツッコミを入れてくる。

 栄成高校は2年生への進級時にのみクラス替えを行うシステムのため、卒業まで同じクラスなのが確定している。無論、そのことに触れたつもりだった。


 しかし、慎の言葉が正しい。

 僕たちは、まさしく『ベストフレンドフォーエバー』な関係なのだ。嬉しさのあまり、思いっきりじゃれ合ってしまう。


「おはよー、白石兎和。また同じクラスね。よろしく」


「キング兎和、慎。おはよう」


「キング、筋トレの調子はどうだ? 慎もまたゴツくなったな」


 慎たちを加えてワイワイしていたら、今度は沼田智美さん、山本健太郎くん、岩田大輔くんの3人が声をかけに来てくれた。

 みんな1年生のときのクラスメイトだ。また同じ教室で過ごせることを心から嬉しく思う。


 ちなみに健太郎くんと大輔くんの柔道部マッチョペアは、体育祭でともに騎馬戦で死闘をくぐり抜けて以来、なぜか僕のことを『キング兎和』と呼んでいる。


 それはともかく、軽く美月たちに紹介すれば会話はますます盛り上がった。

 さらに、ここでもう1人の追加メンバーが登場する。


「おっはよう! なに話してるのー? 私もまーぜて!」


 弾むように雑談の輪へ飛び込んできたのは、木幡咲希さん。

 美月の友人で、今年もまたクラスメイトとなったキラキラ女子だ。予期せぬ発言で騒動を起こしがちなトラブルメーカーでもある。


 他にも、明るい雰囲気に引き寄せられたクラスメイトたちが集まってきて、朝のひと時はとても賑やかに過ぎていった――その後、大講堂での始業式を終えて2年A組の教室へ戻ってくると、輪をかけて賑やかな時間が訪れる。


「自己紹介は各自テキトーにやってくれ。それじゃあ、次は席替えね。数字を書いたクジを用意したから、名前順で引いていくこと。席移動を希望する場合は、自分たちで交渉するように」


 ジャージ姿の女性担任が教壇に立ち、ゆるい口調で席替えを宣言する。

 その瞬間、教室のざわめきはたちまちピークへ到達。より良いスクールライフと席の位置は密接に結びついているので、当然の反応である。


 かくいう僕だって、美月の隣の席を引き当てたくて大興奮だ。

 頼むぞ、神様……ところが、結果はまったくもって期待外れ。


「兎和くんのクジは何番?」


「7番……」


 クジを引き終わった美月に尋ねられ、自分の机に突っ伏したまま答える。

 部活の背番号と同じなのは縁を感じられて嬉しいが、席の位置としては最悪すぎる。


 近ごろ『シミュレーション仮説』なるものをネットで目にしたけど、もしこの世界のシナリオを書いている奴がいるなら、そいつは大バカ野郎に違いない……ちくしょう、ゴミみたいなクジ運を授けやがって。


「あら、最前列を引いちゃったのね。それも真ん中よりの」


「うん……美月は?」


「私は、窓際から数えて2列目のいちばん後ろの席。かなり離れちゃったわねぇ」


 残念そうに眉尻を下げる美月。

 男女交互の並びの都合で、女子のなかでは一番の特等席だ。僕とは正反対に最高のクジ運である。


 やばい、ちょっと泣きそう……同じクラスになれただけでも充分ラッキーなんだけど、どうせなら隣の席になりたかった。何より、いちばん前の席ってのがハンパなくストレスだ。授業中に寝られないじゃんか。


「あの、白石くん。前の席がいやなら、俺と変わってくれないか?」


 美月が他の女子たちに連れられて立ち去った後も、僕は己の不運を嘆き続けていた。だが、不意に背後から救いの言葉が飛んでくる。


 バッと顔を上げ、勢いよく振り返る。

 いつの間に近寄ってきたのか、眼鏡をかけた優等生っぽい男子生徒がすぐそばに立っていた。


「話すのは初めてだね。俺は『二宮浩信(にのみや・ひろのぶ)』、よろしく。盗み聞きしたわけじゃないけど、前の席が嫌みたいだったから」


「あ、白石兎和です……僕としてはめちゃ助かるけど、二宮くんはいいの?」


「うん。すごい目が悪いのに、うっかり後ろの方の席引いちゃってさ」


 続けて提示してくれた彼のクジ番号は、廊下側の後方2列目。

 なかなかの好位置ではあるが、視力が低いと授業に支障が出かねない。これなら、互いにメリットのある交換となりそうだ。


「本当にありがとう、二宮くん」


「こっちも助かったよ。ありがとう、白石くん」


 僕と二宮くんは、にこやかにクジを交換する。

 とりあえず最悪の事態を回避できたので、ルンルンで黒板の座席表に自分の名前を書きに向かう。そこで、ふと気づく。


「あ、三浦さんの隣じゃん」


 僕がそう、なんとなしに呟いた瞬間。

 背後から、ガシッと肩に手が置かれる。


「おう、兎和。ええクジ持っとるやんけ」


「慎……いや、普通に交換するから。正気に戻れ」


 バッキバキにキマった目で席の交換を求めてくる慎である。せっかく手に入れた好位置とはいえ、親友の恋人の隣に座るなどさすがに気が引ける。もちろん、無条件で交換を申し出るつもりだったさ。


 引き換えに手に入れたのは、窓際から3列目のちょうど真ん中。最初と比べたらずいぶんとマシなので、ここで我慢するとしよう。


 僕はボチボチ満足しながら、改めて座席表に自分の名前を書き込む――寸前で、ふと呟く。


「あ、今度は沼田さんの隣か」


「キング兎和、なかなかいい席ゲットしたみたいじゃのう」


 またも背後から、肩にガシッと手が置かれる。

 とんでもない圧だ……この力強さはただ者じゃない。おそらく柔道部所属の男子で、趣味は筋トレに違いない。


 咄嗟に頭でプロファイリングしながら、僕は振り返る。


「やっぱり健太郎くんか。それで、どうしたの?」


「あの、えっと……俺と席を交換しない?」


「え、別にいいけど……」


 背後にいたのは、予想通りの人物だった。実際のところは声でわかっていたけれど。

 さらに返事を返してから数秒後、ある閃きが頭を駆け抜ける。

 まさか、健太郎くんって……沼田さんが好きだったり?


「ば、バーカ! そ、そんなんじゃねえって……!」


 図星だったらしく、テレテレと顔を赤くする筋肉柔道男子。


 突っ込んで聞けば、きっかけは去年の文化祭だという。劇の演技指導を熱心にしてくれたのが縁で、それ以来テスト勉強を一緒にしたり、試合の応援に来てくれたりと親しい付き合いが続いている――そう小声で教えてくれた。


 沼田さんは、自他ともに認める筋肉フェチ(プロレスマニア)である。そのお相手であれば、健太郎くんはまさにうってつけ。よって答えは一択。


「友よ、グッドラック!」


「ばっ、ちげーし!? そんなんじゃねーし!」


 これ、絶対ホレてるやつだろ。

 僕はサムズアップを送り、小学校低学年みたいにテンパる健太郎くんとクジを交換した。

 さて、次はどこかな。後ろの方だといいんだけど……あれ、これってマジ!?


 ほどなく座席表はクラスメイトの名前で埋まり、実際に机移動が行われた。そして僕は幸運にも手に入れた『窓際のいちばん後ろの席』へと移動し、隣になった女子へ挨拶する。


「よろしく、美月」


「よろしく、兎和くん。結局お隣になるなんて、とっても素敵な偶然ね。そうだ、教科書を忘れたら見せてあげるから」


「いや、他のクラスの友だちに借りてくるからいいよ」


「なによ、また私じゃ不満なわけ? とりあえず明日、試しに教科書を忘れて来てね」


 新たな席に座り、まどろむような日差しの中で僕たちは冗談を交わす。

 そういえばさっき、この世界のシナリオを書いているやつは大バカ野郎、とか思ったけれど……訂正しよう。まあまあやるじゃないか。

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