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第13話 その名もウェスタウン

「まんまだな、久我……」

「まんまだな、藤ヶ谷……」


 店を出て街道を西に向かって歩くこと二十分。

 そこに出現したのは、実に西部開拓時代的ウェスタンな町並みだった。

 なんと町の名前も『ウェスタウン』というらしい。なんじゃそら!


 夜にも関わらず町には人があふれ、オレたちの案内された飲み屋の立ち並ぶ辺りは特に賑わっていた。

 どの店も満員で、そこらじゅうの店から陽気な音楽が流れ出ている。


「「「「かんぱーい!!!!」」」」

「オレたちの奢りだ。ジャンジャン行ってくれ!」

「やったね!」

「ごちそうさまぁ! にゃっはは!」


 ちょっと小じゃれたアンティーク調の店に入ったオレたちは、早速乾杯した。

 出てきたのは普通に麦酒ビールだ。しっかり冷えている。労働の後だけあって美味うまい。

 久我? あぁ大丈夫。久我には食いをメインにしてチビチビ飲むよう言い含めてある。


 金については心配なかった。

 ダイナーで働きながら確認したのだが、やはり財布の中に入っていたのはここの金だった。しかも結構な額だ。

 おそらくジャングルでの戦果が給与として支払われたのだろうが、頭の中で換算する限り、女子高の教師をやっていた頃の月給より遥かに多い。


 記載されていた内容を久我と解析してみたが、ボスと下っ端シャドウを倒したぶんだけじゃなく、あの世界を解放した金額がボーナスとして上乗せされているらしい。

 ま、何にせよ、報酬が支払われるってのはいいことだ。

 おかげでこうして次の世界で不自由なく飲み食いできるからな。


 注文は女の子たちに一任したのだが、ウインナーやらチキンやらポテトやらサラダやら、ほぼほぼ外国風居酒屋で出てくる料理と変わらないモノが出てきた。

 夕食を兼ねてだったから、四人して談笑しながらよく飲み、よく食った。


 オレはギャル二人がトイレに立った隙に、店員を呼んで会計を済ませた。

 そこは男だし大人だしな。やっぱりクールにいかないと。

 そうやって久我と他愛のない話をしつつ、席で女の子たちを待っていたその時。


 ガッシャァァァァァアアアアアアアアン!!!!

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああ!!!」


 派手にガラスが砕け散る音と、若い女の子の悲鳴とが、店内に響き渡ったのであった。


 ◇◆◇◆◇


 顔を見合わせたオレたちは、即座に椅子を蹴って立ち上がった。

 いつの間に同じ店内にいたのか。

 トイレそばの席に座った男たち――なんとダイナーを襲った若者たちだ――が、またしてもドロシーとキャシーに絡んでいたのであった。


「へっへ、無視するんじゃねぇよ。おめぇのことはずっと狙っていたんだ。いい加減俺のモノになれよ、ドロシー」

「離して、バーニー! タイプじゃないって何度も言ったじゃない!!」


 アッシュのロン毛――ダイナーの天井に銃で穴を開けやがった若造だ――が、無理やりドロシーを壁に押しつけ、その両手首を押さえつけていた。

 バーニーの無理矢理のキス攻撃を避けるべく、ドロシーは首を必死に左右に振っている。


「離しなさいよ、ダリル! あんたみたいなゴリラ男、趣味じゃないんだってば!!」

「う、うるせぇ、キャシー! ずっと、ずっとお前を見ていたんだぞ! もう逃がさないからな!」


 キャシーは巨漢によって床に押し倒されていた。

 坊主頭の筋肉男――ダリルが、キャシーの両手首を押さえ、上から覆い被さっている。


 ダイナーを襲ったときは五人だったが、今はその周囲を取り巻きらしい若造どもが十人ほど囲み、はやし立てている。

 その様子を見る限り、取り巻きどもは全員若造側だ。チームかね。


 さすがに頭に血が上ったオレは、取り巻きを突き飛ばしつつ俊足で駆け寄った。

 同じ思いだったようで、久我もまた割って入る。


 バキャァァア!!


 オレが放った右のハイキックがバーニーの頬にクリティカルヒットし、一瞬でバーニーを反対側の壁まで吹っ飛ばした。

 白い小さいのが飛んだが、ありゃ奥歯か? ざまぁみろ。


 すかさずドロシーの手をとったオレは、何が起こったか分からず呆然と突っ立つ取り巻きどもの間を走り抜けて、素早く店の外に出た。


 ドカァァアアンン!!


 視界の隅で、久我がダリルの後頭部にかかと落としを放つのが見えた。


 わお、木の床にダリルの顔がめり込んでいやがる。あのヒットの仕方だと、きっと前歯が全滅だな。いやいや、普段冷静な久我が相当怒っていやがる。


 久我も、床に仰向けに倒れていたドロシーを一瞬で引っ張って起こすと、お姫さま抱っこし、風のように店の外に飛び出した。


「二人とも、大人しくここで待っているんだぜ? さて、腹ごなしも兼ねて暴れさせてもらおうか、久我」

「そうだな、藤ヶ谷」


 店の外で合流したオレたちは、笑顔で女の子たちに手を振ると、拳をポキポキ鳴らしながら店の入り口の方に振り返った。


 待つこと十秒。

 仲良く鼻血を流しつつ、怒りで真っ赤な顔をしたバーニーとダリルが、入り口のドアをぶっ壊さん勢いで飛び出てきた。

 続いて出てきた取り巻きどもが、一斉にオレたちを取り囲む。


「き、貴様ぁぁ! ダイナーで邪魔しやがったオッサンどもだなぁぁあ!? 絶対許さねえ! 今度こそぶっ殺してやる!!」

「おうよ! はらわたぶちまけてやるぜ!!」


 あのときせっかく逃がしてやったのに、馬鹿な奴らだ。

 バーニーとダリルが腰からナイフを抜いてグルグル振り回し始めた。

 ほぅ。意外と動きがいい。ナイフの扱いに慣れているようだ。

 銃はオレが壊しちゃったもんな。


「がっ!!」


 次の瞬間、俊足で近寄ったオレの右のひじ打ちが、バーニーのアバラを砕いた。

 白目をいたバーニーが、大量のよだれと血反吐ちへどを吐きながら、その場に崩れ落ちる。


 演舞じゃあるまいし、ナイフを振り回したくらいで恐れ入るかよ。こっちは魔王退治するべく魔族を相手に殺し合いをしていたんだぞ? 旅の最中、どれだけ死ぬような目に合ったと思っているんだ。


「ぐごっ!!!」


 隣では、ダリルが突き出したナイフを華麗に避けた久我が、ダリルの顎を上段前蹴りで蹴り抜いていた。


 いやぁ、黒スーツで蹴りを放つ久我のスタイリッシュなこと。

 ダリルが空中高く舞いながら後ろに吹っ飛ぶ。


 さすがにこれはダリルに同情する。

 だってこれ、絶対顎が砕けたろ。いくらチンピラとはいえ、十代で総入れ歯生活をさせるのは可哀想ってもんだ。


 それにしても久我の身体の柔らかいこと。

 百八十センチの高身長で足先が自分の頭の位置まで届くって、どれだけ身体が柔らかいんだよ。だいたい、剣士のオレが格闘をたしなむのはまだ分かるが、久我、お前は賢者だろうに。


 バーニーとダリルが瞬時に倒されたのを見た取り巻きどもが、目に見えて動揺している。 


 ダイナーを襲っていたときからそれとなく見ていたが、おそらくこの二人がチームのツートップだ。

 それを一瞬でやられたとなれば、そりゃ戦闘意欲も失せるってもんだ。

 オレは、慌てて逃走しようとする取り巻きどもに声をかけた。


「あ、おい、こいつらを置いていくんじゃないよ! ちゃんと医者に診せてやるんだぞぉぉぉ!!」


 オレに言われて、取り巻きどもが必死に二人を背負って逃げていく。

 大丈夫、追撃はしないって。


 通りに出て騒動を見ていた町の人たちがオレたちに向かって盛大に拍手をする。

 その様子からすると、あいつらのヤンチャぶりに、町の人たちも手を焼いていたのかもしれないな。


 三々五々散っていく町の人たちの後ろに、ドロシーとキャシーが立っていた。

 怪我はしていないようだが、二人の顔がほんのり赤い気がする。風邪か?


「ありがとう、テッペーさん、ミッチーさん。すっごくカッコ良かった!」

「惚れちゃいそう!」

「まぁ無事で良かったよ。なぁ久我? ……久我!?」


 次の瞬間、久我が綺麗に仰向けにぶっ倒れた。

 慌てて駆け寄ったオレだったが、倒れた原因がすぐ分かって、思わず安堵あんどのため息が出た。


「ミッチーさん、どうしたの? 大丈夫?」

「ナイフで刺された? お医者さん呼ぶ?」


 心配そうに久我の顔を覗き込むドロシーとキャシーに振り返って、オレは言った。


「ただの飲みすぎ。こいつ極端に酒に弱いんだ。どっか休めるところ知っていたら教えてくれるかい?」


 そう言って、オレはぐっすり寝入っている久我を肩で支えたのであった。 

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