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第12話 ダイナー

「あん! もう駄目、もう無理、あたしもう限界ぃぃぃ」

「まぁそう言わんと。オレまだできるもん。頼むよドロシーちゃあん。もう一回、ね? もう一回!」


 バタン!


 壁に向かって立ったブロンドのギャルウェイトレスを背後から抱きしめつつ、布一枚覆うことなくむき出しになったぷりんぷりんの尻を優しく撫でていたところで、いきなりドアが開いた。 


「おい……。事務所で何やってるんだ、藤ヶ谷。まったく、油断も隙もないな」

「あらあら、ドロシーったら。にゅっふふふ」

「おわっ!」


 不意に聞こえた声に、オレは慌ててドロシーから離れた。


 そこに立っていたのは、サックスブルーのワイシャツに黒のズボンを履き、腰に白エプロンを巻いた久我と、ピンクの縦縞の入った、胸と尻が必要以上に強調されたミニスカウェイトレスの衣装を着た赤毛のギャル――キャシーだった。


 いやいや、一戦こなしてまったりモードに入っていて良かったぜ。

 これで、まさにやっている最中だったら止めるに止められねぇもんな。


 上半身は黒のスーツを着てスタイリッシュに決めつつも、下半身が丸出しだったオレは、二人の視線を浴びながら急いで足首まで降りていたパンツとズボンを履いた。

 カチャカチャ音を立ててベルトを締めるオレを、久我が呆れた顔で見ている。


 久我の隣に立つキャシーちゃんはというと、こちらはニマニマしながらオレたちの着替えを見ている。

 二人とも、目をそらすっていう選択肢はないんかい!


 オレのお相手をしてくれていたドロシーも、足首で丸まっていたアニマル柄のTバックパンツを急いで履くと、めくれたミニスカとずり落ちた白のニーハイソックスをいそいそと直した。

 服を整え振り返ると、テヘっと笑う。


 ドロシーは美人系ギャルだ。

 髪はウェーブがふんだんにかかった肩までのブロンドで、まつ毛はクルックルにカールし、瞳は青。肌は白く、モデル事務所に所属していそうなくらいの美人だ。


 対してキャシーは、笑顔のまぶしい可愛い系ギャル。

 髪は赤毛のボブ。瞳はライトブラウンで、多少ソバカスが浮いているもののそれも魅力の一つと考えているのか、まったく苦にしている様子はない。

 ドロシーより若干背が低いが、そのぶん身体のメリハリがいい。うん、こっちもそのうちお相手をお願いしてみよっと。 


 さて、ここで改めて、状況の説明をしておくとしよう。


 昨夜のことだ。

 ゲートを通ってこの世界に現れたオレと久我は、水を求めてこの店――ダイナー『ファンキーベイビー』に入ったところ、中では何やらゴタゴタの真っ最中だった。


 この店には、太った五十代の店長とバイトの可愛いギャルウェイトレスが二人いたのだが、ちょっとヤンチャな若者たちがウェイトレスたちにしつこく絡んでいたので、見かねたオレと久我はそいつらを叩き出してやった。秒で。


 だが問題が一つ。


 彼らに乱暴を受けたこの店の店長が腰を痛めちまった。

 ところがこの店は、店長が自らコックをしている店で、ウェイトレスは給仕しかできない。

 そこでオレたちに白羽の矢が立った。


 オレと久我は一人暮らしが長かったせいでひと通り料理は作れるし、ボディーガードを務められるほど強い。こういうのを渡りに船って言うんだろう。店長から腰痛回復に必要な二日間だけこの店を頼むと懇願こんがんされちまった。


 腰痛で身動きの取れない店長を放っておくのもなんだし、ギャル二人しかいないところに若造どもがまた襲撃してきたらと思うと無下むげにもできない。

 結果、逗留とうりゅうもやむなしという結論に至った。ま、二日間だけだし、そのくらいならよかろ。


 それに、何はともあれオレたちに必要なのは情報だ。

 こういう街道沿いの店なら、訪れる客から魔王の情報が得られるかもしれないし。

 オレとしては、飯と寝床と、ついでに美味しそうなギャルも確保できたってのがありがたい。久我には内緒だぜ?


「ねぇねぇ、ドロシー、どうだったぁ?」

「うふふ。もぅすっごく上手うまかったわよぉ、彼。戻ってこれなくなるかと思ったもん。キャシーも遊んでもらったらぁ?」

「えー、そんなにぃ!? にゃっはは! どうしよどうしよ。あ、お客さんだ。いらっしゃいませぇぇ!」


 ギャルウェイトレスが笑いながら接客しているのに聞き耳を立てながら、オレはキッチンに入った。


「バーガーセット、二つでぇす!」

「はいよぉ!」

「こっちはサンドイッチセットが三つでぇーす!」

「分かった」


 意外と人気がある店のようで、客がひっきりなしに訪れている。

 立地がいいのかね。


 冷蔵庫からバンズとパティを取り出したオレは、ポテトを揚げていた久我の横で、早速鉄板を温め始めた。


「やれるのか? 藤ヶ谷」

「舐めんな。オレを誰だと思っている」


 両親を事故で亡くし、五歳で施設に入ったオレは、奨学金しょうがくきんを使って大学まで進んだ。

 苦学生だったから飲食も含めてバイトはひと通りやったし、教員になってからも一人暮らしが続いたから、料理はお手のものだ。


 同じく五歳で施設に入った久我は、六歳で里親に引き取られたものの、オレと同じく学費は極力自分で稼いでいたらしく、フライパンや包丁を操るその手に一切遅滞ちたいは感じられない。 


「バーガーセット上がったぞ! 頼む!」

「はぁい!」

「サンドイッチセットもできたぞ。持っていってくれ」

「りょうかーい」


 デコデコのマニキュアで彩られた手をしたドロシーとキャシーが、できあがったばかりの料理をさっさか運んでいく。

 チャラそうな見た目をしたギャルたちではあったが、意外や意外、彼女たちは結構マメマメと働いた。

 マニキュアがげるのも気にせず食器も洗うその姿に、思わず感動してしまう。

 そうして一日働き、やがて夜になった――。


「藤ヶ谷、八時だ。そろそろ閉店時間だぞ」

「おぅ」


 翌日ぶん用の食材の下ごしらえを終えたところで、久我が事務所から出てきた。

 キャシーと一緒だ。

 久我はキャシーに補助してもらいつつ、締め作業をしていたのだ。


「よし、こっちも終わりだ。これで明朝の準備はバッチリだぜ。久我のほう、帳簿は大丈夫だったか?」

「まったく問題ない。どうやら店の清掃も終わったっぽいな」


 そこへ、濡れた手をエプロンで拭きつつ、ドロシーが合流する。


「二人ともご苦労さん。オレと久我は、休憩室の簡易ベッドと事務所のソファを借りて寝ることにするよ。二人の家はここから近いのか?」

「送ろうか? 星明りだけじゃ暗いだろう?」


 一日の仕事を無事終えてホっとしたのか、久我が微笑みつつ二人に提案した。

 久我は眼鏡のせいもあって気難しく神経質そうに見えるが、こうして笑うと実にいい表情をする。

 普段からそうやって笑っていればいいのにな。


 ドロシーとキャシーはしばらくこそこそと耳打ちをし合っていたが、話がまとまったのか、二人してニマっと笑うと同時に口を開いた。


「「テッペーさん、ミッチーさん、良かったら町でお酒でも飲みませんか?」」


 オレたちは思わず顔を見合わせた。


「酒? 別に構わないけど……」

「仕事も終わったし、ま、いいんじゃないか?」


 せっかくのギャルたちの誘いだ。

 この世界がどうなっているのか知りたかったところだし、オレたちはギャルたちと一緒に夜の町に繰り出すことにしたのだった。 

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