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第二章

第11話 ウェスターンな世界へようこそ

 ジャングルのゲートをくぐったオレたちは、虹色の空間を落下していた。

 虹色。

 ほら、よくあるじゃん。宇宙船が長距離ジャンプするワープ空間とか、あるいは時間遡行じかんそこうする猫型ロ……。


「不用意な発言はやめろ、藤ヶ谷!」


 げふんげふん。

 ま、要はあんな上下左右も分からん空間をひたすら落ちているわけさ。


 周囲に目印となるようなものが何もないから落下スピードがまるでつかめないんだが、なんとなく落ちている感覚だけはある。気のせいかもしれないけれど。


「これ、どこに出るんだろうな。さっきはジャングルの世界だったろ? 次は……」

『ウェスターンな世界ですわね』

「かしこまりました」

「あっはっは! ウェスターンだって。聞いたか? ウェス……今しゃべったの誰だぁ!!!!」


 オレは慌てて周りを見回したが、この虹色の空間にいるのは、オレの他は久我だけだ。

 眼鏡をハンカチで拭いていた久我が、キョトンとした顔でオレを見る。


「どうした? 藤ヶ谷」

「いや、さっき耳元で女性の声が……って、お前も返事したじゃねーか!」

「何を言っているんだ、藤ヶ谷。疲れているのか?」

「いや、疲れてはいるけど……あっれぇ?」


 自分の疲労度を本気で心配しかけたそのとき、いきなり世界が開けた。


 バサバサバサバサバサバサ!!


 途端にスーツが激しく風にあおられる。

 ジャングルのときと同じく、いきなり空中に投げ出されたのだ。

 彼方に赤い夕陽が見える。


 眼下を見ると、そこはぺんぺん草の生える土の地面がどこまでも続く、果てしなく広い大地だった。


 乾燥地帯のようで、全体的に森の緑色よりも土の薄茶色の方が目立つ。

 遠くに、あまり大きくはないが町らしきものも見える。


「おい久我、あそこに見えるの、町だよな」

「そのようだな。おい藤ヶ谷、下を見てみろ。舗装ほそうされていないけれど、長い一本道が見えるぞ。街道ってやつかな」


 言われてみると確かに、土の土地を分断するかのように、道らしきものが遠くまで走っている。

 久我が不意に眉をひそめた。

 気になったオレは、素直に尋ねてみることにする。


「どうした、久我。何か気になることでもあったか?」

「いや、ここでも閉塞感へいそくかんを感じるなと思って。多分、ジャングルのとき同様、ここも周囲から隔離かくりされているんだと思う」

「あぁ、言っていたな。どういうことだ?」

「要は結界を張って、この地を外の世界から切り離しているんだ。なぜそんなことをするのかは推測するしかないんだが……おそらく魔王に何らかの――精霊の力なりを注ぎ込んでいるんだと思う。それくらい重要な土地でなけりゃ、わざわざ魔王は自分のコピーなんて置かないさ」

「それもそうだ。で? そうであったとして、オレたちはどうすればいい?」

「おそらくここにも魔王のコピーがいる。そんなところにピンポイントで俺たちを送り込む理由は一つ。この世界の神さまは、俺たちが魔王のコピーを倒し、この地を解放することを望んでいるんだ。そしてそれが、魔王の力を削ぐことに繋がるんだと思う」

「どっちみち行きがけの駄賃だしな。いいんじゃねぇの? さ、そろそろ地面だ。風船玉タイムといこうぜ」


 オレは久我にウィンクをすると、スーツを風船状に変化させ、ふわふわと落下したのであった。


 ◇◆◇◆◇


 降りてみると、そこはまさにウェスターン――西部開拓時代ウェスタンによく似た世界だった。

 強い風が吹き、砂が舞い、ダンブルウィードがそこらじゅうに転がっている、ペンペン草と砂が特徴の世界だ。

 気温は若干高めだが、空気がカラっと乾燥しているせいで思ったほど暑さは苦にならない。


 そんな中、スーツの胸ポケットに違和感を感じたオレは、中に入っていたものを取り出した。


「財布だ……。だが、ジャングルのときはこんなものポケットに入っていなかったぞ?」

「俺もだ。いつの間にこんなものが……」


 久我も自分の胸ポケットに入っている長財布を取り出す。二人そろって革製の黒色の長財布だ。こんなの持つのなんか、教師生活以来だぜ。


 開けて見ると、中には札とコインが入っていた。しかも札なんか何十枚も入っている。デザインからすると、現地ここの金のようだ。


「待て。藤ヶ谷、札と一緒に何か紙が入っているぞ?」

「あ、ほんとだ。どれどれ……。読めねぇ。何て書いてあるんだ?」

「さぁ。でも多分、給与明細だと思う。サインも入っているが、さすがに読めないな」

「給与明細? 何でだ?」 

「ジャングルで敵を倒したことによる報酬じゃないかな。まぁ何にせよ、この地で使える金でもらえたのなら、ありがたく使わせてもらおう」

「だな。んじゃま早速、飲み物でも買うとしようぜ。喉がカラカラだよ」

「賛成」


 砂漠の暑さに水が欲しくなってきたオレたちは水分がれる場所を求めて街道に沿って歩き出したのだった。


 ◇◆◇◆◇


 そうして歩くこと三十分。

 ダイナー『ファンキーベイビー』を見つけたオレたちは、店前に五頭も繋がれていた馬を横目に見つつ店の入り口の扉に手をかけた――。


「ごめんください。飲み物をいただきたいんですけど……」

「うるせぇ!! こっちは取り込んでんだ! とっとと失せねぇとぶっ殺すぞ!!!!」


 そっと店の扉を開けた瞬間、暴言が飛んできた。

 カッチーーーン!


「んだとごるぁ! 今なんて言ったぁ!!」


 ドアを思いっきり開け放ったオレは、誰が暴言を吐いたか突き止めるべく、店内にいる人間を満遍まんべんなくにらみつけた。


「た、助けて!!」

「やぁだぁ!! お願い、離してったらぁぁ!!」


 ウェイトレスらしき女の子たちが二人、二人の若者によってソファに無理やり押さえつけられていた。

 キッチンの中では、コック服を着た太った男性が三人の若者たちにゲシゲシと蹴られている。

 オーケー、オーケー。だいたい分かった。お前らにきっついおきゅうをすえてやんよ。


「オレは女の子たちの方に行く。久我はキッチンを頼む」

「殺すなよ?」


 ニヤっと笑い合ったオレたちは、それぞれの獲物を狩るべく、ニコニコしながら戦場へとおもむいた。


「おい、くそじじい! 聞こえなかったのか!? 出て行けって言ってんだよ!!」

「とっととケツまくって出て行きやがれ!!」


 金髪ウェイトレスを押さえつけているのがアッシュのロン毛に白地のTシャツ、青いジーンズの若造で、赤髪ウェイトレスを押さえつけているのが坊主頭に灰色のタンクトップ、黒の皮パンツを履いた筋肉男だ。


 二人そろって、腰に提げたホルスターから銃を取り出した。

 西部劇の映画でよく見る古い銃に似ている。

 ロン毛が持っていた銃を無造作に天井に向けた。


 ズダアァァァァァァァァンンン!!


 轟音とともに天井に穴が開く。

 ……わぉ、本物だ。ウェスターンな町だけあって、ここには銃があるんだな。なるほどなるほど。


 オレは得意げに銃をちらつかせる二人に向かって、右手の先をチョイチョイっと寄せ、『いいからかかってこいよ』というジェスチャーをした。


 それでキレたか、二人は女の子たちを乱暴に突き飛ばすと、再びオレに銃を向けた。

 その瞬間、目にも止まらぬ速さで銀光が走った。


 カシャン、カシャーン……。


 二人の手から、銃であったものが落ちた。バっラバラになって。

 なに、大したことはない。ロン毛の銃を袈裟斬けさぎりにした後、返す刀で筋肉男の銃を左逆袈裟斬りでバッサリやっただけだ。

 ふむ。さすが聖剣、切れ味がいいね。


 指一本斬られることなく構えた銃だけバラバラになる体験なんてそうあるもんじゃないからな。一瞬で事態を悟ったロン毛と筋肉男は、真っ青な顔になって逃走した。

 戦闘力の差ってヤツを思い知ったようだ。

 とそこで、キッチンから声がしてきた。


「ひぃぃぃっぃぃ!!」

「ちっくしょう!!」

「覚えてろぉ!!!」


 キッチンでコックに暴行をくわえていた若造が三人、けつまろびつ店を出ていった。

 何をやったのかは知らないが、久我が平然とした顔でキッチンから出てくる。


 事態の急変についていけないようで、女の子たちが呆然とした顔でオレたちを見ているが、若干の着衣の乱れはあるものの無事だったらしい。

 キッチンで荒い息を吐いている男性の方はかなり辛そうだ。若いの三人がかりじゃな。

 オレは微妙な空気の流れる中、誰にともなく言った。


「水、もらえます?」

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