ゴゴゴゴゴゴ……。
「ところでなぁ久我……」
「なんだ、藤ヶ谷」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「なんか変な音が聞こえないか?」
「確かに聞こえるな。四方八方から聞こえてくるようだ。でも何の音だか……おい、あれを見ろ、藤ヶ谷!」
「あ? おい、なんだありゃ!!」
ゴガッ!! ザヴァァァァァアアアアアアア!!!!
あちこちの壁面にヒビが入ったと思ったら、次の瞬間壁面の一部が崩壊し、そこから勢いよく水が噴き出した。
まるで滝だ。
水の噴き出る高さも勢いもさまざま。ただ、周り中の壁面から一斉に水が噴出している。
ドドドドッドドドドッドドドドドドドド!!
「ヤバい、ヤバい、ヤバい! このままじゃ水責めだ! 逃げるぞ、久我! って早ぇ!!」
「何やってるんだ、早くしろ、藤ヶ谷!!」
振り返ると、なんと久我は、オレが叫ぶ前に
全力疾走。いや、早い早い。あんにゃろ、こっちは脱力感でヘロヘロだってのに、見捨てて逃げやがった。
「待ちやがれぇ、久我ぁぁ!!」
バシャバシャ、バシャバシャ。
この地下の世界に訪れたときは足首くらいしかなかった水が、オレがやっとのことで螺旋階段に辿り着いたときは、すでにふくらはぎの位置だ。
周囲の壁のあちこちから噴き出しているからか、水の溜まりが想像以上に早い。
「藤ヶ谷、遅いぞ! 何やっているんだ!」
「はぁ、ひぃ。こんにゃろ……、置いて……、逃げやがって!」
螺旋階段の根本でオレを待っていた久我が大笑いしていやがる。
「さ、早く上がれ」
「上がれったって、足がプルプル
「おじいちゃんか!! 次からはもうちょっと加減しながら戦うんだな、藤ヶ谷」
「うっせえやい!」
水がみるみる地下空間に溜まっていくのを横目で見ながら、階段を上がり切ったオレは、東屋のベンチにドカっと腰を下ろした。
もう動けねぇ! いっそ殺してくれい!!
そんな中、久我が眉をしかめつつ、空を見ている。
「どした?」
「いや、鈍感な藤ヶ谷には感じ取れないかもしれないが、何か……この世界を薄っすらと覆っていた膜のようなものが解けた感覚があるんだ。解放されたというか……。何だろう、分からない」
「鈍感だけ余計だ。まぁでも言われてみるとそんな気もするな。……どうでもいいんだが久我、ひょっとして湖の水位、落ちていないか?」
ベンチに座りながらボーっと外を眺めていたオレであったが、さすがに気がついた。
対岸に刻まれた水の跡がかなり下がっている。あからさまに水が減っている。下の巨大空間に水が流れ込んだせいか?
「おい、藤ヶ谷! 見ろ!」
「あ? いやほら久我、外の水がさ。……なんじゃこりゃ」
東屋の床に埋め込まれていた水晶板が光を放っている。
オレはおっかなびっくり、つま先でそっと水晶板を
当たらない。ここに来たときは普通に触れられるただの床板だったのに、今は中に吸い込まれていくような感覚がある。
「ゲート……か? 久我、魔法探知できるか?」
「探知するまでもない。ここから新たな息吹を感じる。これは次元の扉だ。どうやらカラクリが分かってきたぞ、藤ヶ谷。おそらく魔王ゼクス=ハーケンによってこの異世界の幾つかの場所が奪われたんだろう。ゼクスコピーを倒したことでそれが解放された」
「ってことは、オレたちはゼクスコピーを倒しつつ魔王本体を追わなきゃいけないってことか。やれやれ。どれだけの場所が魔王に奪われているんだろうな」
「分からん。ただ、このスーツや武器を見る限り、この世界の神は俺たちに味方をしてくれているようだぞ?」
その時だ。
どこかから太鼓の音と、叫び声が聞こえてきた。
「アッララァァァァァァアアアア! アイヤァァァァァアアアアアア!!」
ドンドコドンドコ、ドンドコドンドコ!
音のする方――岸の方を見ると、原住民の方々が並んで踊っている。
「ずいぶんと楽しそうだが、ありゃ歓喜の踊りか? シャドウがいなくなって平和になったからかな。あ、ほら、黒ギャルちゃんもいるぞ? なんか赤ちゃんを抱っこしているが、近所の子供かね。おーーーい! おーーーーい!!」
「あれなぁ……。ちょっと言いにくいんだが……」
「なんだよ、久我。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
久我がオレを見てため息をつく。
なんだよ、意味深にため息なんかつきやがって。
「宴席で俺も口説かれたんだよ、あの子に。『うちの子の新しいパパになってくれないいか』って。もちろん断ったけどな」
「パパ……だって?」
「あの抱っこしている赤ちゃんがあの子の子供なんだろう」
「子持ち……だと!?」
別にいいけど、別にいいけど! ちょっと待て、ってことはオレは人妻に手を出しちまったのか!? さすがにそれは、オレの倫理観的にヤバいな。
そんなオレの困惑が通じたか、久我が複雑な表情をしながら教えてくれる。
「一応、別れてはいるみたいだぞ? 円満離婚とはいかなかったし、いまだ元旦那は同じ集落にいるみたいだけどな。そういえばあの子な、長老の孫で現族長の娘なんだそうだ。手、出したんだろ?」
「……出した」
「そっか……。どうしたい? 戻ったら問答無用であの子との結婚が待っているが。まぁあの子を気に入っているってんならこの地に残るのもありだとは思うが、アストラーゼの奥さんたちはどうする? ちなみにあの子の後ろでこっちを睨みつけているのが元旦那だ。宴席のとき俺のことを殺しそうな目つきで見ていたから覚えている。結婚するのなら月夜の晩に気をつけるんだな」
オレは頬を引きつらせながら、そっと黒ギャルちゃんを見た。
黒ギャルちゃんが抱っこした赤ちゃんの手をつまんで、こちらに向かって振っている。
まるで、出勤する旦那さんを、赤ちゃんを抱っこしつつ見送る新ママさんみたいだ。
続けて黒ギャルちゃんの周囲を確認する。
あぁ確かに、殺意のこもった目でこちらを見ている若いのがいるな。アレが元旦那か。くわばらくわばら。
「どうする?」
久我がジっとオレを見ている。が、口の端が若干上がっているような気がする。こいつ、ちょっと面白がっていないか?
「念のため聞くけど、このゲート、一般人は通れないよな?」
「多分だけど、俺たちみたいにこの地の神の承認を得た者しか無理だろうな。無制限に通れたら大混乱になるだろうから」
よし、安心した。
なら結論は一つだ。
「久我クン。オレたちは魔王を追う身だ。世界平和のために働くボクらがこんなところで立ち止まっていてどうする。この地に残るかだって? 馬鹿言ってるんじゃないよ、キミぃ」
「はいはい。んじゃ行こうか、相棒」
オレはゲートの上に乗った。
途端に床に吸い込まれる。
黒ギャルちゃんとの色っぽいひと時を思い出しつつ、オレは次の世界に跳んだのであった。