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第9話 樹霊

 ヒュン! ドドドッドドドドドオォォォォッォォォン!!


 久我の放った火焔弾が樹霊の背に次々と当たった。

 樹霊が一瞬で炎に包まれる。 


「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおんんん!!」


 すかさず樹霊の身体が回復の光に包まれる。

 しかも、回復スピードが外にいたシャドウどもより圧倒的に早い。

 つまり何か? この回復スピードを上回る速度でダメージを与え続けないとこいつは倒せないってことか? おいおい、何の罰ゲームだよ、そりゃ!!


「きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああ!!」


 怒った樹霊が、オレに向かって猛スピードで駆け寄ってきた。

 駆け寄って、だと? 


 見ると、いつの間にか樹霊の根が地面から抜かれていた。

 こいつ、自分で地面から抜け出て動いてやがるんだ!!

 しかも、移動スピードが速い!!


 樹霊はその巨体でジャンプすると、丸太状の枝を遥か高みからオレ目がけて思いっきり振り下ろした。

 連続攻撃だ。


 ドゴォォン! ドゴォォォン! ドゴォォォォォンン!!

「くっ! でぇぇぇぇえいい!!」


 間一髪。

 転がって避けたオレが背後を振り返ると、丸太の当たった地面にいくつもへこみができていた。

 思わずゾっとする。

 これ、シャレにならない威力だぞ。


 考えてみれば当然だ。直径五十センチもの丸太が力任せに振り下ろされるとなりゃ、その威力は推して知るべし。万が一頭にでも当たろうもんなら、スイカみたいに頭が弾け飛んじまう。


 とそのとき、なぜかオレは逆さまに釣り上げられた。

 慌てて足の方を見る。

 女の手の爪が半端なく伸びて、オレの足をつかんでいる。

 いつの間に!!

 次の瞬間、横殴りの丸太がオレの腹にクリーンヒットし、思いっきり吹っ飛ばされた。


「がぁぁぁぁっぁぁああああああ!!!!」

「藤ヶ谷ぁぁぁぁぁああああ!!」

「がはっ!!」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 口から大量の血が噴き出す。


 落ち着け、オレ!

 痛みをシャットアウトしろ。感覚を研ぎ澄ませ。ダメージチェックだ。魔王討伐の旅の間じゅう、何度もやったことだろ?


 両腕、両足、問題なし。

 多少朦朧もうろうとしているが、意識を失うほどではない。

 ダメージを負ったのは身体だけだ。

 アバラがかなりの数、粉々になっている。

 内臓の損傷もひどい。かろうじて生きているが、いつ死んでもおかしくないダメージだ。


 ぶっ倒れたオレの身体が、光に包まれた。

 久我の回復魔法だ。

 痛みが多少薄らいでいくのを感じる。

 多分、これで血は止まった。だが、オレの感覚ではアバラは粉々のままだ。

 弱体化が激しいようで、聖杖を使ってもまだこんなものらしい。

 だが、今はそれで充分だ。おかげで立ち上がることはできる。


「火焔弾!!」

 ヒュゥゥゥゥゥウ……ドドドドドォォォォォンン!!!!

「くおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉん!」


 樹霊は次のターゲットを久我に定めたらしく、久我に向かって駆け出した。

 久我が連射炎弾でその場に縫い留めているが、それだって無限に連射し続けられるわけじゃない。


 見ろ、じりじりと樹霊が久我の方に近づいていってる。

 魔力が切れたときが、久我が殺されるときだ。

 させるかよ!


「まだオレは生きているぞぉぉぉぉぉぉおおお!!」

「くきゃあぁぁぁぁあぁぁあああああ!!」


 樹霊は歓喜の叫びを上げると、久我を放って一直線にオレに向かってきた。

 オレはというと、聖剣を杖にして立つもダメージが抜け切れていないようで、足がガクガクと震える。

 気合入れろ、オレ!


 樹霊の背中に久我の連射炎弾が当たって、その背中が燃える。

 だが止まらない。オレを確実に仕留めると決めたからだろう。


「きぁぁぁぁぁっぁあぁあぁぁあああああああああああああ!!」


 精神集中、精神集中。……行くぞ!!!!

 振り下ろされた丸太を紙一重で避けつつその上に飛び乗ったオレは、そのまま木の表面を駆け上った。てっぺんを越えて、宙高くジャンプする。

 剣が一瞬、蒼く光る。


「でりゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!」

 ジャカァァァァァァアアアアンン!!


 必殺の念を込めて振り下ろした一撃は、狙いをあやまたず、樹霊を唐竹割りにした。

 直径一メートルもある幹があえなく真っ二つに裂ける。


 それで死んだのか、あれだけ激しく動いていた樹霊がピクリとも動かなくなる。

 だが同時に、地面に降り立ったオレは、立ち続けることができず、その場で崩れ落ちた。

 駄目だ。もう動けねぇ。


「藤ヶ谷! 大丈夫か!!」


 久我が慌てて駆け寄ってくる。

 息を荒くしながら、やっとのことで答える。 


「この剣、念を込めながら斬ると切れ味が爆上がりするんだが、その分、体力だか精神力だかをゴッソリ持っていくようだ。うぅ、気持ちわりぃ……」

「そうか。ってことはこの杖もだな。気をつけよう。とりあえず藤ヶ谷はそのまま休んでいていいぞ。敵は動かなくなったようだし」

「そ、そうか」


 息を整えながら樹霊を見ると、ちょうどオレの斬った女性像の辺りの木が虫食いによってか空洞化していた。

 内部が光って、中から緑色の光の玉がフヨフヨ浮いて出てくる。


木の精霊ドリアードだ……」

「ドリアード?」


 オレは剣を杖に立ち上がった。

 まだ多少フラフラするが、何が起こっているかしっかり見届けないといけない。


 緑色の光は、並んで立つオレと久我の前までくると、二つに分かれた。

 なぜだろう。光がまたたいて、オレたちにお礼を言っているような気がする。


 呆然ぼうぜんとしながら見守る中、光は聖剣と聖杖の水晶部分――宝珠に吸い込まれた。

 宝珠が緑色に薄っすら輝く。

 その途端、オレを光が包み込んだ。例の蓄光ちっこうのような光だ。


「な、何だこれ。くぁ! 気持ち悪ぃ。うぁぁああ!!」

「藤ヶ谷!!」


 久我がオレを支える。

 オレは思わず久我の腕をつかんだ。


「多分、ドリアードのいやしの力だ。オレの身体の中を折れた骨片こっぺんが動き回っている。痛みは消えているんだが、果てしなく気持ち悪い。うはぁぁぁ!!」

「そうか、回復の力か。ならとりあえずは心配いらないか。良かった。にしてもこいつは……」

「あん?」


 久我が意味ありげな言葉を放つ。

 いぶかしげなオレの視線に気づいた久我が、考え考えなのか、眉根を寄せながら口を開いた。


「おそらくだが、魔王ゼクス=ハーケンはここにボスを置くにあたって、自分のコピー精神シャドウとこの地の精霊とを無理矢理融合させたんだ。それが、さっきの藤ヶ谷の斬撃で魔王のシャドウが消滅し、ドリアードが解放されたってことなんだろう」

「で、解放されたドリアードはオレたちに力を貸してくれようってんだな。なるほどな。この回復能力はかなりありがたいぜ。おかげさまで、ほぼ完治だ」

「そうか。それは良かった」


 オレと久我はどちらともなく右手を上げると、互いの手のひらを叩いた。

 そうしてオレたちは、勝利を祝い合ったのであった。

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