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第8話 湖の底には

 オレは、右手のひらでひさしを作りながら、久我に指示された方向を見た。

 湖のほぼ中央に、何か小さな建物が建っている。


「なんだありゃ。東屋あずまやか?」

「ガゼボ……だろうな」

「ガゼボ?」

「イングリッシュガーデンとかにある西洋風の東屋だ」

「東屋じゃねぇか! いい歳したオッサンがおしゃれな呼び方すんな。で、そうであったとしてだ。どうやってあそこまで行くよ。まさかまた泳げってか? 嫌だよ、オレは」

「勇者が面倒くさがるな、藤ヶ谷。とはいえまた濡れるのは俺も嫌だ。そこでだ」


 久我が背中から長さ三十センチほどの黒い棒を取り出した。

 何かの持ち手だ。あえて言うなら、ゴルフクラブのグリップに似ている。

 久我が黙って一回振った。


 ジャキィィン!!

「うぉお!?」


 長さがいきなり倍になった。

 先端に水晶玉がついているが、その姿はどう見ても特殊警棒――もしくはメイスだ。


 感触を確かめようというのか、久我が無造作に警棒を振る。

 風を切るいい音がしている。


「おい久我、そんなものどこで入手した?」

「まぁちょっとな。格闘はおおむねこのモードでいけるだろう。そして……」


 久我がもう一度棒を振ると、今度はグリップから下が伸びた。

 長い。これで全長百五十センチくらいにまでなった。だがこれではまるで……。


「これが長杖ロッド形態だな。持った感触は悪くない。必要ないときは短くしてベルトにでも差しておけばいいしな。オレ自身は弱体化しているからまだ数は撃てないが、魔力の練りが早いから速射はできそうだ」 

「久我、それは……聖杖せいじょうだな?」

「藤ヶ谷のそれも、聖剣だろう?」


 少なくともオレの入手したコレは、凄まじい浄化能力を持っていた。こんなもの、誰がどう見たって神器だろう。そして、久我の杖も見るからに同じ類のモノだ。そんなものを与えられる者といえば……。


「味方してくれると考えていいのかな……ここの神さま」

「多分な。じゃなきゃ武器なんて与えないだろうさ」


 オレと久我の視線が交錯する。


「ま、今分からないことは後で考えようや。で? 久我、オレはどうすればいい?」 

「それこそ例の靴の出番さ。ベントゥス(風よ)!」


 久我の魔法によって、オレたちの背に猛烈に風が当たる。

 すかさず靴をボードモードにしたオレたちは、背中に強烈な追い風を受けて、勢いよく湖上を滑り出した。


 背中に扇風機を背負って推進力を得るモーターパラグライダーに似ている気がしないでもない。


「黒ギャルちゃんは村に戻れ! 行ってくる!!」


 こうしてオレは、黒ギャルちゃんを残し、久我と二人で湖を渡ることになったのであった。


 ◇◆◇◆◇


 湖の中央には、岸から見たままの東屋があった。

 よく公園に設置してある小さな東屋、あのサイズだ。


 形はそのまんま、鳥カゴ。

 ギリシャにパルテノン神殿ってあるだろ? あんな感じに白い石の柱が八本立っていて、その上に鋳物製いものせいの屋根が乗っている。

 備えつけのベンチが濡れているのは、さっきまで湖の中にあったからかね。


「何だこれ。鏡……かな? どう思う? 久我」


 床の中央に、直径一メートルほどの円形の水晶板が埋め込まれていた。

 実に意味深。だが、乗ってみても覗いてみても変化なし。


 久我も分からないようで、黙って首を横に振る。

 とそこで、久我が声を上げた。


「藤ヶ谷、見ろ。こんなところに階段があるぞ」


 見ると、石製のベンチの陰に、下に向かって伸びる螺旋階段らせんかいだんがある。


 幅は一メートルもないので一人ずつ降りるしかない。万が一降りている最中に襲われたら個々で戦うしかない。


 とはいえ、この状況で下に向かう以外の選択肢はないだろう?


 久我に向かって無言でうなずいたオレは、いつ何が襲ってきても対処できるよう剣を右手に握った状態で階段を降り始めた。

 すぐ後ろから、杖を握ったままの久我が続く。


 どうやら東屋は、螺旋階段つきの柱のてっぺんに設置されていたようだ。

 シャドウを全滅させることで湖の上に浮かぶ仕かけだったのかね。


 左手で円形の柱にさわりつつ、警戒しながら下降を続けたオレたちは、五十メートルほど下ってやっと底に着いた。


 そこは、足首くらいまで水が溜まった、広い空間だった。


 空間の広さはせいぜい三百メートル四方くらい。

 巨大洞窟といった感じで、周囲は土の壁で覆われている。


 水の下は普通に土のようだが、しっかりと固められていて歩くのに不自由はない。

 ただ、当然のことではあるが、歩くとバシャバシャ水音がする。敵に気づかれる可能性がある。

 真上が湖になったことで徐々に水が染み出し、現在のような状況になったのだろうか。


 油断なく周囲を見回すも敵の気配はない。

 ただ一本、五メートルくらいの高さの木が一本立っているだけだ。


 恐る恐る木に近づいてみて驚いた。

 それは、まるで黒檀こくたんを思わすような、真っ黒な樹木だった。 


 幹の直径は一メートルほど。

 木のてっぺんから半裸の女性の上半身が伸び、下腹部あたりから下は完全に樹木となっている。


 そういう風に彫刻したのか、あるいは変な形に成長したのかしたのだろうが、まるで生きて動き出しそうなくらいリアルな形をしている。


 触ってみようと手を伸ばした瞬間、それが動き出した。

 慌てて後ずさる。


「こいつ、やっぱり樹霊か!!」

「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおん!!」


 木製の女性の口が開き、そこから怨嗟えんさのこもったような雄叫びが出た。

 目がギョロっとこちらをにらんだ。表面に年輪も入っていて、どう見ても木なのに!


 上半身が半裸の女性で下半身が木の幹というシュールなデザインなだけに、動き出すと気持ち悪さが倍増する。


「ワレハゼクスコピー『ジュ』。ユウシャカクニン。センメツスル」


 樹霊がカタコトでしゃべった内容に、オレと久我は思わず顔を見合わせ、同時に叫んだ。


「「ゼクスコピーだと!?」」


 次の瞬間、樹霊がいきなりオレ目がけて手を振った。

 女性型上半身の手首から先が一瞬で丸太に変化し、うなりを上げてオレを襲う。


「うおっとぉぉぉぉおお!!!!」


 とっさに剣で受けるも、何せ大質量攻撃だ。まんま破城槌はじょうついみたいなもんだ。そんなの受け止められるわけもなく、オレはあえなく吹っ飛んだ。


 吹っ飛びながらも空中で後方宙返りしたオレは地面に剣を突き立て、必死に止まる。


「藤ヶ谷!! 食らえ、火焔弾フランマビュレット!!」

 ヒュゥゥゥゥゥウ……ドドドドドォォォォォンン!!


 久我が樹霊を中心に円を描くように走りながら、炎弾を連続発射した。


 炎弾は弧を描いて飛び、樹霊に当たると同時に連鎖爆発を起こす。

 聖杖の性能か、結構派手に燃え上がる。


 人間だったら転がって足下に満ちた水で火を消すところだが、さすがにそういった知能はないようで、あちこち燃えながら樹霊が悲鳴を上げた。


「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉおんんん!!」


 だが――。


 オレたちの見ている前で、漆黒の樹霊は緑色の光に包まれた。

 蓄光のような淡い光を帯びつつ、破壊痕がみるみる塞がっていく。

 回復の光だ。しかも、シャドウの比じゃないとんでもない回復速度だ。


「マジかよ!!」


 丸太腕を避けつつ本体まで辿り着いたオレは、樹霊を思いっきり袈裟斬りにした。

 表皮が派手に弾け飛ぶ。


「くぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおんん!!」


 樹霊が叫ぶ。

 途端にその身体が緑色の光を帯びて、あれだけ深かった破壊痕が消えていく。


 回復が早すぎる。これじゃキリがない。どうすればこいつを倒せる!?

 オレは樹霊を前に、歯噛みしたのだった。

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