目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話 芽生えはじめた小さな自我




 あの日から、ルロウはシャノンのことを必要以上に構わなくなった。


 無視をするわけでも、ぞんざいに扱われるというわけでもない。

 ティータイムはいまでも隣同士で、それなりに会話もある。



 ただ、シャノンをその赤い瞳に映すとき、いままでのような興味や気まぐれであった接触は一切なくなった。


 そして、夜中によく成長の早いクロバナの毒素の吸収と、毒素によって暴走する魔物の討伐へ出向くようになった。頻繁ではないが、女性の影もちらほらと。


 これまでは『婚約者』の手前、ルロウなりに考えて行動していたのだろう。

 だが、興が醒めてからは配慮する必要もなくなり、すっかりシャノンが来るより前の状態に戻ってしまったという。



「変だと思った。だってフェイロウ、柄にもないことたくさんしてたから」

「いつも通り、暇つぶしだったんだね〜」

「……二人は、わたしのところに来ていいの?」


 なんとなく気まずくて、今日は三階の談話室に行くのを控えていたシャノンのもとに双子が訪れたのはつい先ほど。

 マリーとサーラが用意した紅茶と菓子を手に、二人は思い思いに話している。


「え、どうして? 来たらダメだった?」

「でもヨキたち、シャノンに会いたかったし〜」

「わたしは嬉しいけど。ルロウがあまりいい顔しないんじゃ」

「あは、フェイロウはそんなことで気にしないよ」


 双子はルロウにとって側近のような立ち位置だが、意思は彼らにある。シャノンのところに来たければ勝手に来るし、それをルロウがどうこう口出すつもりもない。

 つまり、ルロウからしてみればそれさえ「どうでもいい」ことだった。


(聖女として、わたしがどんな反応をするのか見たかったから。いままで婚約者として付き合ってくれたのも、興味があったから)


 改めて思い返してみても、ルロウの思考を理解することはできない。どうしてそんな考えになるのかもわからなかった。


「でもでも、フェイロウが構った期間はシャノンが一番ながいよ!」

「いつもなら、一日とか二日で飽きちゃうもんね〜」

「早いと一言二言、それだけ交わして"消えろ"って言うときもあったし」


 ぼんやりと考えるシャノンを励ましているのか、それとも単に思ったことを言っているだけなのか。双子はぺらぺらと話してくる。

 呆れ混じりのため息をつくと、それを見たハオはなにか気づいた様子で言及した。


「思ったんだけど、シャノンってフェイロウといるときは、いっつも力が入ってる感じだったよね。そんなに怖かった?」


「怖い? ルロウが?」


「あ〜、蛇に睨まれた蛙みたいにね〜。フェイロウは気にしないで面白がってたけど」


「怖いだなんて、思ったことないんだけどな」


「え、そうなの? でも、中庭のときとか」


「あのときは、あんなに生々しいことが目の前で起こるとは思わなくて。飛んできた腕にびっくりして固まっちゃったけど、ルロウのことはべつに……」


 強がりでもなければ、嘘をついている様子もないシャノンに、双子は顔を見合わせて「???」と意味不明な表情を浮かべた。


「なんかシャノン、ちょっと変。ね、ヨキ」

「え、変?」

「……う〜ん、というか、なんかズレてね〜?」

「ズレ……」


 どういうことか聞こうにも、双子には「自分たちもよく分からない」と曖昧に流されてしまった。


 シャノンは苦笑を浮かべながら、ドレッサーに置かれた装飾入れに目を向けた。

 蓋を開けて、そっと赤いリボンを取り出す。

 細やかな金の刺繍が端々に施されたリボンは、暗く灰みのある茶色をしたシャノンの髪に映えるだろう。杖にも飾れるものだが、できるなら髪飾りとしてつけたい。

 しかし、結局使うのが躊躇われて、一度も使用していなかった。


「――入るぞ、シャノン」


 蓋を閉じたところで、シャノンの部屋に来客がやってきた。


「当主様」

「当主サマ」

「当主サマだ〜」

「またお前たちは入り浸っているのか」


 シャノンのベッドに寝転がるヨキと、ベッドの端に座って紅茶を啜っているハオの姿に、ダリアンが呆れた様子で言った。

 双子は「シャノンがいいって言ってるもん」「そうだそうだ〜」と言い返していたが、ダリアンは半分無視してシャノンに目を向ける。


「どうやら、ルロウが飽きたらしいな」

「そう、みたいですね」

「当主命令とはいえ、それなりにうまくやれていると思っていたんだが。やはりあいつの悪いが出たか……」

「……あの、やっぱりまずかったでしょうか」

「その話の前に、お前は問題ないのか?」


 ダリアンはシャノンの顔を窺い見た。

 心配そうな顔をしている。先日の件を少し申し訳なく思っているようだ。


「それは、大丈夫です」

「本当か。人の腕が、飛んできたんだぞ?」

「もちろん、とても、びっくりしました。あまり思い出したくはないですし……」


 遠い目をしたシャノンに、当主の威厳を一度置いたダリアンが「すまない」と口にする。


「当主様。どうか謝らないでください」

「いや、やはり先に言うべきか考えてはいたんだが。ルロウのことで、お前にまだ話していなかったことがある」

「……?」

「実を言うと、あいつは元から毒素の浄化を望んではいなかったんだ」


 嘆息をこぼしたダリアンに、どういう意味かを考える。

 毒素の浄化。

 それは、大陸中の誰もが喉から手が出るほどに欲している奇跡だ。

 毒素の吸収が責務となっている闇使いならなおさらシャノンの力は必要だと断言するだろう。


「なにか、浄化を拒む理由が……?」

「詳しくは聞けなかった。はぐらかすばかりだからな。だが、あいつが言うに――生の実感を得たい、ということらしい」

「生の、実感……?」


 思わず双子の反応を確認すると、二人とも訳知り顔で目を泳がせていた。


「ハオとヨキは、なにか知っているの?」

「知っているといえば、知ってるけど」

「全部じゃないよ。それに、フェイロウのことだから教えられない〜」

「良い部下をもったものだな」


 皮肉を言うダリアンに揃って「そうでもあるけど」と返す双子。嫌味は二人にまったく通じていない。


「そのお話を聞くと、ルロウはわたしが目障りだったのかもしれませんね」


 シャノンが控えめに肩を落とした。


 ルロウ本人は、浄化を望んでいない。それなのに当主の目論見で浄化をおこなえるシャノンがそばにいたのだ。鬱陶しく思われていたのかもしれない。感情の起伏がほとんど感じられないので、実際にどう感じていたのかは知らないが。


「それはないよ、シャノン。当主サマが用意した婚約者でも、フェイロウは本当に気に入らない人間をそばに置いたりしない」

「女ならなおさらね〜」

「ぼく、シャノンと一緒にいるときのフェイロウをらしくないって言ったけど。嫌いじゃなかったんだ。ちょっと、本気で楽しんでるように見えたから」


 双子の中心には常にルロウがいる。

 ルロウの存在、命令が絶対的な軸になっており、ルロウのためならばなんでもそつなく喜んで遂行する二人である。

 ゆえに、ルロウ贔屓の双子からそんなことを言われてしまうと、シャノンもつい気になってしまうのだ。


 ――つまらん。

 あの日、言い放たれた言葉を反芻すれば、胸の辺りが詰まる感覚がする。

 どう言い返すのが正解だったのかを考えてしまう。

 なにが正しい答えなのかを、その点ばかりに気がとられている。


(腕が飛んできて、びっくりしたわたしを見て……期待はずれな声してた。表情はあんまり、普段と変わらなかったけれど)


 体を震わせたシャノンの反応は、ルロウからしてみると予想内の反応だったのだろう。


(だけど、切られた腕が目の前に落ちてきたら、誰だって驚くよね。それを、つまらないって言われても)


 …………ムカッ。

 ふと、シャノンはこれまで感じたことがない気持ちが自分の中で芽生えていることに気がついた。


(あれ、なんだろう。胸のあたりが)



 クア教国に生まれ、教会で育てられ、幼少から聖女のすべてを説かれ、自己超越の宗教観の中にいたシャノンには、欠けているものがあった。

 ――それは、周りに左右されずに自分の感情や考えをさらけ出せる、という当たり前のような自我のある行動意思。


(よくわからないけれど、ムカムカする)


 個性を遠ざけ、無個性を重んじる。

 弱きを助け、愚者を赦す。


 聖女と成るために必要な過程を、シャノンは教会で受けていた。


 そのタガが少しずつ外れようとしている。

 本人も自覚はなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?