地下の牢を出されたシャノンは、枷に繋がれた鎖を乱暴に引かれ、小さな舞台の上に連れてこられた。
目隠しの袋を頭から被せられているので、細かい内装は把握できないものの、どうやらここは小さな劇場のようだ。
なんとか二十人が入りきるぐらいの広さの客席には、小綺麗な服装に身を固めた貴族と思われる男女が各々座っている。
ああ、とシャノンは思った。
見世物小屋の劣悪な環境とは比べ物にならないが、おそらく用途は一緒。ここは秘密裏に違法商売が成り立っている場所だ。
「お待たせいたしました。皆さまお待ちかね、クロバナの毒素を浄化できると噂の、聖女でございます」
先ほどまで双子たちに乱暴な言葉を浴びせ暴力を振るっていた男は、舞台にシャノンを引きずり出すと人の良い笑みを作った。
男も客席の貴族たちもアイマスクをしているので素顔が完全に晒されることはなく、皆思い思いの反応をしてシャノンに視線を向けている。
「過剰有毒者の皆さまは常日頃、人の何倍もの毒素の影響に怯え苦しんでいたことでしょう。しかしご安心ください、この聖女は闇使いの吸収とはわけが違う。癒しの力をもってして浄化を使えば、毒素の影響そのものを受けにくくする特別な効力を持っているのです」
男の言い草は、シャノンが毒素を浄化できると断言している。
まだ実際に見せてもいないのにここまで豪語するということは、シャノンがいた見世物小屋に出入りしていた人間の生き残りか、そうでなくても元から事情を詳しく聞いていた人物だろうか。
そもそもあの見世物小屋の襲撃は、ヴァレンティーノ当主であるダリアンが直々に出向くほどのものだった。ルロウを含めてあの場にいたのは幹部に属する者たちであり、そこから情報が漏れるというのは考えにくい。
それに情報というのも、シャノンが聖女で、クロバナの毒素を浄化していたことを把握していたのは、ダリアンとルロウだけ。後にハオとヨキにも知らされたことだが、そのほかのヴァレンティーノ家の人々にはシャノンが聖女だと知らせず、ルロウの婚約者とだけ話していた。
見世物小屋を管理していた人間たちはもう全員この世におらず、客として来ていた人々についてはヴァレンティーノの名のもとに始末、または口外禁止の措置を取るなどして対処を終えている。
もし、それでもどこかで「毒素を浄化できる聖女がいる」という噂が流れたとしても、それがシャノンだと突き止めるのには、判断材料が少ない。
(……そうだ。カーターが、まるでその場にいたようなことを言っていたけど)
見世物小屋では必ず顔を隠していた。だが、足首の傷までしっかり隠されていたかといえば、そうではなかった気がする。
もしカーターが何らかの形であの見世物小屋で浄化するシャノンを目にしていたのならば、傷の位置からヴァレンティーノ家に身を寄せ始めたシャノンが同一人物だと気づくきっかけになったのかもしれない。
「おい、わかっているな」
男がぼそっとシャノンに耳打ちする。
いつの間にか目の前には、貴族の男が佇んでいた。
「はやく、毒素を浄化してくれ……!」
「……」
不浄の気配が伝わってくる。本当にここにいる人たちは皆、過剰有毒者なのだろう。
貴族なので平民よりも優先的に毒素の吸収を行えている。しかし、そういう問題ではないのだ。いくら致死量ではなくても体を脅かすものが燻っているのだからどうにかしたいと考えるのは当然のことである。
(どれくらい、力を使えるかな……)
シャノンは体内の魔力を確認してみるが、この人数をすべて片付けられるほどの魔力はまだなかった。
シャノンの体内にある魔力の器はとても脆い。
見世物小屋での酷使で破壊され、ヴァレンティーノ家で生活するようになってから少しずつ補強されていたが、ルロウの件で再びひび割れに近い状態になってしまった。
それを今は、ようやくひびを繋ぎ直し固め、頑丈にしつつ魔力を蓄積している段階なのである。
(だけど、ハオとヨキが……)
抵抗できないようにとあれだけ傷つけられ、暗い地下牢にいる双子を思うと胸が痛む。
シャノンが言うことを聞かなければ二人はどうなるのか分からない。ヴァレンティーノに手を出すくらいの男である。何を仕出かしても不思議ではなかった。
(二十人……調節しないと力が引っ張られて意識を保てなくなる。慎重に、やらないと)
「――失礼」
「……うっ!?」
突然、男は隠し持っていたナイフの柄を使って、シャノンの鳩尾を抉るように刺激した。いつまでも行動に移さないシャノンにしびれを切らしたのだ。
「お、おい。何をしている。浄化するという話だろう! 早くしろ!」
「ああ、大変申し訳ありません。少々お待ちください」
「……いっ、あ」
袋の上から髪を強引に掴まれ、シャノンは一度舞台袖へと連れていかれた。
客に見えないよう仕切りのほうまで移動し、男はシャノンの体を乱暴に床に叩きつける。
「おい。まだ状況が分かってないようだな」
「……っ!」
男は身を丸めたシャノンの体を、双子と同じように蹴りあげた。
気が遠くなるような痛みに声すら出せず、何とか耐えるために手のひらをぎゅっと握りしめる。
「時間を稼いで助けが来るのを待ってるのか? お前、あのルロウ・ヴァレンティーノの婚約者として匿われていたんだろ。良いご身分だよなぁ。闇使いだなんだと偉そうにして、自分たちは隠れて毒素を浄化してもらってたんだろ?」
「……! ち、違っ」
「言っておくが、俺はヴァレンティーノなんて恐ろしくも何ともない。闇夜の一族だかなんだか知らねぇが、所詮は毒素の吸収しか脳がないくせにふんぞり返ってる連中だ。いずれ黒明会に潰され、」
『――そうか。それならまずは、おまえの心臓から潰してやる』
声が聞こえた。
聞こえたけれど、異国の言葉ゆえに意味を理解することはできない。
それでもシャノンは、男の背後に立っている人物が誰なのかすぐに分かった。