月の巡りも終わりに差し掛かり、シャノンはこの日商業中心地『キーリク』にある施設にお邪魔していた。
今回はルロウ不在で双子が同行してくれている。馬車はいつぞやの夜に出会ったカーターが操縦してくれた。
相変わらず子供たちは皆元気に過ごしており、二度目の再会の時間はあっという間に過ぎていった。
「フェイロウが暗くなる前に帰ってこいって言ってたから、そろそろ帰らないと〜」
「なんかフェイロウ、シャノンのことだと少し面倒くさいね。まあ、それもある意味いいことだけど」
馬車に戻るまでの道を三人仲良く並んで歩く。
左右に立ったハオとヨキが歩きやすいように支えてくれているのでかなり助かっていた。
「ねえ、シャノンは今のフェイロウのことどう思ってるの〜?」
「どう……?」
「ヨキ、はっきり言わないと分からないよ。フェイロウのこと男としてちゃんと見てるのかってコト!」
「ええ……」
婚約者紛いの気まぐれごっこ対応、興味即失速の無関心、そして今現在の執拗な構いっぷり。ルロウに関しては変化が激しくて男だからどうとか深く考えたこともない。
双子もシャノンがルロウの婚約者としているのは、ヴァレンティーノ家に留まるための方便だと知っているはずなのに、最近は変に浮ついている。
「だってねだってね〜フェイロウがオンナの体調を気遣ってるところなんて、見たことなかったよ〜?」
「それに、シャノンを一日見かけない日は機嫌が悪そうだし。表には出さないけど気になって仕方ないって感じ」
「たぶんそういうのって、わたしに言わないほうがいいんじゃ?」
シャノンはシャノンで色恋沙汰に全くの経験も免疫もないので、その事実を聞いたとしてもどう答えればいいのか躊躇う。
「ぼくが思うに、フェイロウは相当――」
「あ、皆さんお疲れ様です!」
ハオの言葉が途中で切れて、着いたばかりの馬車の停留所には、馭者係のカーターが扉を開けて待ってくれていた。
シャノンはお礼を言って中に乗り込む。双子は反対側に腰掛け、ハオが壁をコンコンと叩くと、馬車は屋敷へ向かって走り出した。
異変を感じたのは、ヴァレンティーノ邸まで続いている薄暗い森の舗装道を進んでいるときだった。
馬の嘶きとともに馬車がピタッと動きを止めたのである。
しかし、馭者を務めるカーターからは何の声もかからない。森の木々を揺らす風の音だけが耳に入ってきて、言いようのない不気味さが漂い始めた。
「カーター!」
一度、ハオが大きく名前を呼ぶ。
それでも返答は一切ない。段々と双子の表情に警戒が生まれ、二人が所持していた武器に手をかけた瞬間――目にも留まらぬ素早さで、窓から何かが投げ込まれた。
「ヨキ! シャノンを外……に……」
ハオの指示は一足遅く、馬車内は投げ込まれた物体によって煙が立ち始めていた。
火種のようなものはなく、ただもくもくと視界を白い煙が埋めつくしていく。
同時に、とんでもない眠気に襲われた。
***
カシャン、という鉄を引きずるような音でシャノンは目を開けた。
薄暗くて周りがよく確認できないが、ぼんやりと動く二つの影が見えて声をかける。
「ハオ、ヨキ……?」
「あ、シャノン〜!」
「よかった、起きたんだね! どこか痛くない?」
「うん、大丈夫だけど。ここは……わたしたち、どうなって」
両手は枷が嵌められ後ろで固定され、同じく両足にも枷があった。
ハオとヨキも同じような状態でいるが、シャノンとは違って生地が厚い華衣が脱がされ、薄い上着と下穿きだけになっていた。
地下室の牢に閉じ込められているのか、周りに光はほとんどなく、少し遠くの通路に灯される色褪せた照明だけが頼りだった。
似ている、と反射的に思ってしまう。
シャノンが数年間閉じ込められていた見世物小屋の雰囲気と、限りなく。
「カーターだよ。アイツが裏切ったの。馬車の中でぼくたちを眠らせて攫ってきたんだ」
ハオは言いながら何とか枷を外せないかと試している。同じくヨキも地面に打ち付けて壊そうとしているが全くビクともしていなかった。
「……カーターが、どうして」
「それはお嬢さんがよく知ってるだろ? なんせ、クロバナの毒素を浄化できる偉大な聖女様だもんなぁ。そうだろ、カーター!」
その時、シャノンの声を遮るようにして現れたのは、見覚えのない二十代後半ほどの男だった。その背後には後ろめたそうな表情で立っているカーターの姿がある。
「見世物小屋で、たくさんの貴族連中を浄化しているのを見た。顔も姿もローブを被っていて分からないようにしていたけど、足首に何度も切られた跡が」
「足首、ねぇ」
男は牢の外からシャノンを見下ろして眺めると、扉の施錠を開けて中に入ってきた。
容赦なくシャノンとの距離を詰めようとするが、その前に双子がシャノンと男の間に入って接触を阻止する。
「ねえ、おっさん。それ以上、シャノンに近づかないで」
「あんた、もしかして相当のおバカ? こんなことしてヴァレンティーノが黙ってるわけないのに。あはは、早死にしたいんだ」
「……邪魔くせえガキどもだなぁ」
その途端、男はシャノンの盾になっていたハオとヨキの腹を強く蹴りあげた。
それから間髪入れずに何度も蹴りを繰り返し、鈍い音が牢の中を反響しては消え、また反響する。
「ルロウ・ヴァレンティーノが目にかける側近だろうとなぁ、所詮はまだガキなんだ。身ぐるみ剥いで武器を取っちまえば何もできねぇだろ」
「……二人に何をするの!!」
シャノンは声を張り上げる。体を引き摺って倒れ込んだ二人に覆いかぶさると、男をきつく睨みつけた。
だが、男はお構いなしにシャノンの片足を持ち上げる。
「そうそう、足首の傷だったか。……確かにあるな。まあ、傷なんて確認しなくても、これから実際に浄化させればすぐに分かる」
「……っ!」
むせ返るような生々しい空気に、お腹がずきずきと痛む。
男が浮かべた歪な笑みに、シャノンはまたも見世物小屋の記憶が蘇った。