「アイ……コーヒーを淹れてくれないかい?
ミルク多めで頼むよ」
「はい、かしこまりました、Sir。私の特製ブレンドをご用意いたしますね」
午前中の明るい日差しが窓から部屋に差し込んで来る。
歳がアンドロイドの少女『アイ』の教育を請け負ってから数ヶ月が経った──
「……また国境付近での小競り合いか……犠牲者も出たみたいだね……」
眉をひそめながらコーヒーを口に運ぶ。
「まったく、この不毛な冷戦はいつまで続くんだろうね……」
そう言いながらNEWSを閉じる。
「Sir、コーヒーをお持ちしました。
今日は特に香り高くできました……気に入って頂けると嬉しいです……」
彼女はそう言いながらマグカップを静かに置く。
「いつもありがとう……アイ」
僕はそう言って彼女の目を見て微笑みかける。
「Sir……顔色が良くありません。どこか体調が悪いのですか?」
彼女は心配そうに僕の顔を覗き込む。
その胸元では青いペンダントがそっと揺れている。
「いや、少し寝不足なだけだよ……心配かけてすまないね」
そうは言ったものの最近疲れが溜まっているのは否めない……。
「……Sirとこうして過ごす時間は私の全てです……無理なさらないで下さいね」
──そういう事を普通に口にする彼女。
そんなアイの純粋な瞳に僕の心は少し熱くなる。
「良い香りだね……君の淹れるコーヒーはいつも最高だよ……ありがとう……アイ」
僕も精一杯の想いを込めてそう告げる。
「そんな……ありがとうございます……Sir」
アイは自分の胸に手を置いて恥ずかしそうに俯く。
そういう感情を表す仕草は日々人に近づいていると……そう感じさせる。
上司から彼女の教育を任されたが正直これと言って特別な事をしている訳じゃない。
ただ普通の日常を普通の会話をして、そのデータを報告書にまとめる。
それが僕の仕事だった──
「……今日はね、本部の方へ出掛けなくてはならないんだ……君も一緒に行って貰うよ、アイ」
報告で使う資料のデータをまとめながら彼女にそう告げる。
「はい、かしこましました。
Sirの事は私が守りますね」
アイは藍の記憶を持っている……
それがどんな意味を持っているのか……
僕はこの時、考えもしなかった……
「……頼りにしているよ、アイ」
そう伝えると彼女は嬉しそうに笑う。
「外に車を回して置いてくれるかい?
僕は所用を済ませてから下に降りる」
「かしこましました、Sir。
そちらのお手荷物もお持ちいたします」
「うん、ありがとう……君は何時も気がきくね」
何気なくそう言うと彼女は恥ずかしそうに目を背けてオフィスを出て行ってしまった。
小さなため息をつき、ダイニングテーブルの上の写真立てに目を落とすと、そこには明るく微笑む藍がこちらを見つめている──
「……藍君……君はそこに居るのかい……?
……僕はどうしたらいいのかな……」
そう、写真に問いかける。
「ねぇ……藍君……君はどうして欲しい……?」
写真の藍はただ優しく僕に微笑みかける──
「僕は、どうしたら良いのかな……」
その問いは静かな部屋に虚しく溶けて消える──