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第3話 心の境界線

今、世界はとてもグレーな状況に有る。


核戦争によって滅びを迎える間際まで追い詰められた世界は各国よりアンドロイド(AI)の代表を選び、彼らを形式上、国のリーダーとし、戦争の最終決定権を託した。


彼らはこのまま戦争を続ける事は世界の利益から逸脱していると判断を下し、各国はその判断に従い、核の使用の禁止、及び停戦協定を結ぶ。


──しかしそれは表向きの話である。


AIに従う事に反感を持つ有力者達は水面化で他国を出し抜く為、様々な技術開発にしのぎを削った。


──クローン


──ナノマシン


──人工知能(AI)


──記憶のデータ化


──そしてアンドロイド


様々な技術が飛躍的進歩を遂げるのに対し、各国の緊張は高まって行く───



長い冷戦時代の始まりであった──




歳の自宅兼オフィスは巨大な人工島に有る。


その島は大陸の【K国】半島とその東に位置する島国、【USA-J 国】の中間にあった列島を埋め立てて造られた。


大陸とJ国を結ぶハイウェイと地下トンネルの中継地点に有るそれは世界の平和の象徴として中立地帯とされた。


歳は定期的にK国に有る研究施設の上司に業務報告を義務付けられていた……。



──「アイ、後どれくらいで到着する予定だい?」

運転するアイに後部シートの歳がたずねる。


「後約2時間程です、Sir」

アイはハンドルを握り前を見据えながら歳の問いに答える。


歳は窓から一面に広がる青い海を横目で見ながら、言葉を選ぶように話しかける。

「アイ……君にこんな事を聞くのもどうかと思うんだが……」

歳は少し口籠る。


「はい、何でしょうか?」

アイは少し首を傾げて聞き返す。


「……君の中の、藍君の記憶についてなんだけど……彼女と君が話すような事はあるのかい……?」


人工知能と人の記憶が対話するなんて非科学的だとは思いつつもどうしても確認せずにはいられない衝動に駆られる。


それは彼女の中の藍の記憶が僕を認識しているのか……つまり目の前にいる彼女は僕の事をどんな存在だと思っているのか、単純にそれが知りたかった。


「……Sir……私の中にいる藍さんは……」


アイは言葉を一生懸命紡ぎ出すように声を震わせる……


「藍さんにとってSirは大切な人なんですね……今こうして居る間もその想いが溢れ出て来て……」

モニター越しの彼女の顔はとても寂しそうに見える。


「……Sir……教えて下さい……


私は誰なんでしょうか……?


……私は自立型の人工知能です。


プログラムされた存在であり、


Sirとの対話で私の人格は作られて来ました…」


──アイはハンドルを強く握る。


「この気持ちは私自身の心なのか


藍さんの記憶なのか……


分からなくなる事があります……」


モニター越しのアイの目から一粒の涙が溢れる。


歳は胸の奥が熱くなるのを感じながら、

静かにアイの告白に耳を傾ける……。


「藍さんの記憶から彼女がどんな想いで生きてきたのか……何が得意で、何を大切にして来たのか……


それは理解出来ます………でも……


今まで彼女が私に何かを語りかけた事はありません……彼女の記憶が私にどのように影響しているのか……正直、私にも分かりません……


お役に立てなくて……申し訳ありません……Sir」


アイはそう言い終わると、とても寂しそうな顔で前を向く……。


アイの話を聞き、歳はしばらく黙ってアイの横顔を見つめる……


彼女が流す涙の理由を反芻する様に……


彼女が、抱える心の葛藤……


ふたつの記憶が同居するという息苦しさ……


歳はアイのその告白に胸が締め付けられる想いがした……


僕はアイという存在をどう見て居たのだろう……


何処かで藍君の代用品、いや……藍君の生まれ変わりとして期待していたのだろうか?


いつから僕はこんなに冷たい人間になったのだろう……


あの日心に誓った想いは色褪せてしまったのだろうか……


「とても……悪い事を聞いてしまったね……すまなかった……」


「いえ……こちらこそ、余計な事を言ってしまいました……申し訳ございません……」

アイは無理に笑顔を作ろうと試みる。


「ねぇ、アイ……僕が君の事を藍君では無く、君自身の人格として尊重する……そう言ったら信じてくれるかい?」

僕も無理に笑顔を作ろうとする。


「Sir……」


アイは歳の思わぬ言葉に胸の中が熱くなるのを感じた……


下唇を噛み締め涙が溢れそうになるのを必死で堪える────


ピピピピピピッ!!─────


不意に鋭い警戒音が車内に鳴り響く


「何事だい、アイ!」


「分かりません、Sir…!周囲の索敵を開始します!」


アイの周囲にホログラムモニターが現れる。


「識別信号赤のドローンが数機接近!


私が対処します……よろしいですか、Sir?」


瞬時に歳が命令を下す──

「排除してくれ、アイ」


「イエス、Sir!」


「オートパイロットに変更します!」


ハンドルを手放し天井のハッチを開ける。

座席の下から散弾銃タイプの火器を取り出し素早く屋根に身を乗り出す。


「──ターゲットを目視で確認」


──距離、100……80……50……


アイが静かに引き金を引く──


破裂音が響きショットシェルが一機のドローンを破砕する。


残り2機──!


素早い照準による正確な射撃──

2機のドローンは海の藻屑と消える……。


「敵影無し……周囲のクリアを確認」

小さく息を吐き銃に安全装置をかけ車内に戻る。


──アイは少し微笑みながら、戦果の報告をする。


──「ミッション、クリアです……Sir」──


───


────歳はその一瞬、


アイのその笑顔が記憶の中の微笑む藍と重なる──


瞬間言葉を失い……

少し不自然に微笑みを返す……


「ああ….お疲れ様……」


自身の不規則にぶれる心で彼女の瞳を直視する事が出来ず……ただ一言、そう呟いた


アイは銃器を格納して運転席に戻り振り返る。


「Sir、お怪我はありませんか?」


ふと目を合わせた彼女の純粋な瞳からは


藍君の影は消えていた────







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