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第4話 冷たい故郷

ハイウェイを降りた2人を載せた車は目的地へ向けて最も安全なルートを選びながら自動運転を続ける。


アイはハンドルを握ったまま周囲に全神経を向け警戒を続ける。


「Sir、何故危険を冒してまで本部に出頭なさるのですか?」

前を向きながらアイが問う。


「……それはね、僕の上司が直接会いたいと言うから、仕方なくね……

彼女はとても用心深いんだよ……」


「……そう、ですか……

でも私の認識では用心深いのであれば尚更人との接触は控えると思いますが……」

アイは腑に落ちない様子でそう呟く。


「……鋭い指摘だ……」

歳は苦笑いを浮かべる。


──やがて車は賑やかな市場に差し掛かる。


「Sir、ここから先はで少し揺れます」

この先は道が舗装されておらず沢山の轍が道に跡を残している。

市場のテントには沢山の人がひしめき合っている。


「あれを見て、アイ……」

歳がひとつのテントを指差す。


「あの中に何人アンドロイドがいるか分かるかい?」


「いえ……申し訳ありません……正確には……」


「あの荷物を抱えている彼が皆そうさ……

力仕事や汚れ仕事、危険な作業は全て彼ら任せ……まるで奴隷のような扱いだ……」

歳は嫌悪感をあらわにする。


使用人と思われるアンドロイド達は皆、嫌な顔ひとつせずそれが当たり前かの様に淡々と重い荷物を背負う。


アイは車からその様子をただじっと見送る。


「僕は彼らにも人と同じ心が通ってると信じてる……


勿論、君にもね……」


「はい……私もこのSirへの気持ちがプログラムによる物では無いと信じてます……」


───道が市場を抜けようとした次の瞬間、アイの目つきが変わる


「──Sir……気をつけて下さい」


「どうした……アイ?」


「──小銃を持った人間が4人とグレネードを装備した人間が1人……丘の上からこちらの様子を窺っています……」


「識別信号は?」


「ありません……

おそらく民間の武装組織かと」


「関わりたく無いね……逃げるよ、アイ」


「承知しました……お掴まり下さい、Sir!」

──!そう言い終わる前にアイは運転をマニュアルに変更、急加速して砂塵を巻き上げる!


その逃げ足の速さに彼らはただ見送りながらそこに佇む事しか出来なかった───


──


───「本当に物騒になったものだ…この辺りも……」


ひと息つきながら歳が小さくぼやく。


「Sir……間も無く目的地付近です」


二人を乗せた車両は物々しい雰囲気の巨大な建物に近づく……


建物に窓は無く、周囲に張り巡らされた無数のセンサー達がその場所の機密性を物語っている。


入り口ゲートに2体の迷彩服を着たアンドロイドの兵士が道を塞いでいる。


アイは車を守衛所に寄せて窓を開けると背の高い方の兵士が窓から歳の顔を覗き込む。

「Dr.日出でお間違いありませんか?」


「ああ、マスターオズに用件があって来た。通してくれるかい?」


「はい、網膜、心音、生体認証確認致します────

やや心拍数が乱れてますが何かございましたか?」


「いや、大した事ではないよ……通っても良いかい?」


「はい、道中お気をつけて、Sir」


小柄な方のアンドロイド兵士が操作盤に手をかざすと、重い金属音を響かせてゲートが開く。


敬礼する2人の兵士を横目に、車両はゲートを抜け、地下へと進んでゆく──


暗い通路の途中、所々に設置された青色の案内灯が点在する。

後部座席からそれを見てアイに行先を指示する。

何度来てもひとりでは辿り着ける気がしない、そう思わせる程に複雑に入り組んだ内部構造をしていた。


しばらく地下に潜ると道が直線になる。


そこに規則的に並ぶ沢山の扉に研究員と思しき白衣の人達が忙しなく出入りする。

その人数の多さがこの研究施設の規模の大きさを物語る。



──ふと、アイがに訊ねてくる。

「Sir、質問してもよろしいですか?」


「なんだい?」

僕はモニターのアイに向かって答える。


「ここは何の研究をしている施設なんですか?」


「……ここではアンドロイドの開発、スケアクロウの研究をしている……」


「スケアクロウ…」

アイはそう呟いて自分の首元に指を触れる、そこにはPSC-01Pと刻印がされている。


「そう……ここは君の故郷と呼べるかも知れないね……」


「私の……故郷……」


「君と初めて出会ったのもここだったね、君は覚えていないかも知れないけどね」

僕は少しからかうようにそう言う。


「いえ、はっきり覚えてます……Sirに大切な名前を頂いた日の事……ちゃんと私の心の大切な場所にしまってありますよ……」

アイは胸の奥に強い愛しさと少しの切なさを感じる。


「あの頃、君はコーヒーを淹れる事すらままならなかったね…」

僕がそう言うと彼女は少し口を尖らせ

「もう…Sir、意地悪を言わないで下さい…」

拗ねたような口調でそう言い、恥ずかしそうに微笑む。


「ははっ、すまない、アイ……でも僕はね、君に救われたと思ってるんだ……あの頃の僕はとても荒んでいたよ……生きる気力を失っていたんだ……」


アイはハンドルを握ったまま静かに耳を傾ける。


「でもね……不器用でも一生懸命な君と過ごすうちに私の心は穏やかさを取り戻していった……本当に君には感謝しているよ……これはお世辞では無いよ……


僕の本心さ……」

僕がそう言い終わると彼女はモニターから目を逸らして肩を少し震わせている。


「……やめて下さいSir……そんな事を言われたら涙で前が見えなくなります……


でも……とても……これ以上無い程……

嬉しいです……」


そう言うとまたモニター越しに笑って見せる。

そして彼女の左手は無意識に胸元のペンダントを握っていた。



───やがて車は最下層の広い空間に辿り着く



アイは駐車用のスペースへ車を停車させると歳の方を振り返る。

「到着しました、Sir。こちらでよろしいですか?」


「ありがとう、ここからは私は一人で行ってくる。アイ、君はここで待機していてくれ」

そう言って車を降りようとする。


「はい…了解しました…Sir…あの…」


「どうかしたかい?」


「いえ…お気をつけて…Sir…」


「問題無いよ。たぶん…1時間程で戻る」

僕はそう言い残して車を降り、警備兵のチェックを受けて奥へと向かう。


「Sir……」

アイは胸元に手を当て心配そうに見送る。


アイの視線を背中に受けて僕は少し振り返り微笑みながら手で合図する。



通路の奥の昇降機前に立つ執事型のアンドロイドに中に乗るように促される。


中に入ると小さな機械音が鳴り、彼と共に更に地下へと降りて行く───


途中の過ぎてゆく緑のLEDの光を横目に見ながらアイの生れた場所に想いを巡らす。


この無機質で、冷たい地下空間に整然と並べられた生産ラインの機械達とその間で無表情で作業するアンドロイド達が見える。


ここは彼女の直轄の研究施設で、極秘の研究がされていると噂されるが、真相は明らかでは無い。


何故なら人間の研究員は殆ど居らず、アンドロイド達によって稼働しているからだ。


───やがて最下層に到着しゲートが開く──


「どうぞ、Dr.日出…こちらです」


昇降機を降りて案内人に従い奥へと進む。



──そこには『OZ』と印字された巨大なホログラフィー装置が鎮座している。


「マスターオズ、日出博士をお連れいたしました」

そう言って執事のアンドロイドは通路の奥へと消えていった。


装置が鈍い音を立て空中に幾本もの妖しい光を放つ……


やがて空中に鮮明なホログラムが現れる……


それは巨大な女性の顔をしており静かに目を瞑っている──


「ご無沙汰しております、マスターオズ。

定例報告の為、参上いたしました」


──ホログラムの女はゆっくりと目を開け、冷たい瞳で歳を見据える。






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