───帰りの車中、終始無言で何かを考えている歳を心配してアイがそっと話しかける。
「Sir……今日はお疲れ様でした……顔色が優れませんが何かありましたか?」
「うん……いや、心配無いよ……少し疲れただけさ」
僕はそう言うと深くシートに背中を預ける。
「アイ、すまないが少し休ませて貰うよ」
「はい、到着まではまだしばらく掛かりますので、ゆっくりお休みになって下さい。
到着しましたらお声を掛けますね」
アイの温かい言葉が、心に沁みる……。
太陽は、水平線に近づき掛けている。
歳は目を瞑って考えを巡らせる……。
オズの言葉
アイの感情──
藍君の記憶────
そしてオリビアの事──────
やがて歳はゆっくりと眠りに落ちて行く──
瞼の裏に映る
いつか見た景色
徐々に鮮明になる──
水面が煌めく夕暮れの海……
白亜の壁のキャンパス……
ここは僕らのいたカレッジ
あそこに居るのは────
銀色の美しい髪に青い瞳……
白い肌に白いワンピースを着た華奢な少女……
胸には青いペンダントが輝いている……
「オリビア…!」
僕は咄嗟に声を掛ける……
彼女は驚いた顔で振り返る
(…歳さん…こんなところでどうしたの?)
彼女は僕を見て、消え去りそうな声で優しく微笑み掛けてくれる
「ずっと君を探していたんだよ!今まで何処に居たんだい?」
(私を?ふふっ変な歳さん…)
彼女は笑いながら僕を下から覗き込むと、
ふわりと舞う様に僕から離れて行く──
(私はずうっとここに居るわ。歳さんと一緒に)
「え?オリビアそれはどういう事だい?」
僕は彼女を追いかけながら聞き返す
(ねぇ…歳さん…私のお願い聞いてくれる?)
彼女は立ち止まり、後ろを向いて淋しげに俯く
「何だい?僕に出来ることなら何でも言って」
そう言って僕は彼女の前に回り込んで顔を覗き込む
────歳さん
───たす……けて
顔を上げた彼女の顔は、暗闇で覆われていた───
「オリビアっ…!」
勢いよく飛び起きる。
ガクン!とシートベルトが歳の動きを抑制する。
「はぁはぁ…夢…?」
──そう小さく呟き、ゆっくりと背もたれに背を預け、ため息を吐く……。
「Sir?何かありましたか?」
アイが心配そうにモニターからこちらの様子を窺う。
「いや…心配ないよ…」
そう言ってプラスチックボトルの水を飲み干す。
「大丈夫……」
背中には冷たい汗がシャツを濡らしている。
「はあっ……」
深い溜め息と共に窓の外に目を移す──
──太陽が徐々に海に溶けてゆくのが見える……。
「Sir……大丈夫ですか?
心拍数が乱れている様ですが……」
アイの心配そうな声に、僕は心を見透かされた様な気持ちになる。
しかし同時に温かい安心感を覚え、笑みが溢れる。
「心配してくれてありがとう……アイ」
そう呟き、ふと外に目を移す。
「今ね……大切な友人の夢を見ていたよ……」
「Sirの大切な友人……とても興味があります。
宜しければその方の事、教えて頂けませんか?」
そう言ってアイは目を輝かせる。
「ああ、構わないよ…」
僕は昔を思い出す様にゆっくりと語る。
「彼女は、僕の大学の同期でね。
名前はオリビア……。
僕より年下だけど、すごく頭が良くて……。
とても、人見知りだったのを覚えてる……。
彼女よく、人付き合いは苦手だって言ってたな……」
当時の事を思い出して表情が綻ぶ。
「でも僕とはとても馬が合ってね」
そう言って僕は何故か笑顔が溢れて来る。
アイは黙ってその話を聞いている。
「彼女とは色々あってね……
少し仲違いしてた時期もあった……」
その言葉を聞いた瞬間、アイは何故か胸の奥に強い切なさを感じ、胸元のペンダントを握りしめる。
「そう……君が今握っているそのペンダント。
それは僕が彼女から預かった物なんだ」
「そう…だったんですね……」
藍の記憶からペンダントに関する藍の様々な想いが甦り、胸が痛くなる。
「でもね、そのペンダントは彼女にとって特別な物だった。僕は受け取るまでそれがどんな物か知らなかったんだ……」
モニター越しにアイの胸元に光るペンダントを見て少し寂しげに微笑む。
「彼女に返そうと思ったけど……突き返されてしまったよ……当時僕は彼女の気持ちを良く理解出来ていなかったんだね」
「……申し訳ありません……Sir、
辛い過去を思い出させてしまいました……」
「君は悪く無いよ、アイ」
そう呟いて流れ落ちる夕日に目を移す……。
「悪かったのは全部僕だ……藍君の事も、オリビアの事も……僕は何とか出来た筈なんだ……」
「……Sirは優しい人です……そうやって本気で向き合って心を痛めるSirだからこそ、藍さんもオリビアさんもSirの事を愛したんだと思います……勿論……私も……です……」
そう言って俯くアイがとても愛らしく……歳は自分の胸の高鳴りに少しの戸惑いを覚える……。
「アイ、僕も君の事を愛しているよ……それがどんな形か僕にもはっきり分からないけれど……ただ、君を愛おしいと思えるこの気持ちは、紛れも無い事実だよ」
「…Sirっ……何で……私に涙の機能が付いているのでしょうか……霞んで……前が……見えませんっ……」
アイ──君のその素直さが、僕の心を強く揺さぶる
歳は自分の目頭が熱くなるのを感じる。
「アイ……そろそろハイウェイの出口だね….帰ったらまた……コーヒーをお願い出来るかい?」
「はい!喜んで……Sir」
二人を乗せた車は沈む太陽に見守られながらハイウェイを降りてゆく────。