暗く静かな廊下に男の乾いた靴音が響く──
男は壁を指先で叩きながらご機嫌な様子で暗がりの奥へと進んでゆく。
やがて巨大な装置が鎮座する間に辿り着く──
装置には[OZ]と印字がされて居る。
装置モニター前に腰掛け、男は煙草に火を付ける。
モニターの光が煙草の煙と彼の色付きグラスに光のグラデーションを映し出す。
男が、口元に笑みを浮かべながら指先で端末をノックするように装置を起動する。
「Hello……マイハニー……」
すると装置は鈍い音をたてて起動する。
幾重もの青い光の筋がホログラムを作り出す。
光の像は煌びやかなドレスを纏った女性を作り出す。
女性は嬉しそうな顔でかしづいている。
「Hello、マイ、グランドマスター」
「やぁ、愛しのオズ……君はいつ見ても美しい……」
無機質な愛の詞と煙草の煙を吐きながら男は眼鏡のつるに指をかける。
「ありがとうございます……その言葉は私の存在意義そのものです……」
彼女は祈るように胸元で両手を組む。
「今日は君にプレゼントを持って来たんだ……」
そう言いながら彼は指先でこめかみを押す。
すると男のレンズに無数のプログラムコードが映し出される。そして同時に装置モニターにも同じコードが高速で流れる。
「ああ……グランドマスター……貴方の思いが私の中に流れて来るのを感じます……」
オズは恍惚の表情を浮かべながら自分の中に注がれる新しい存在を感じ取る。
「悦んで貰えたかね?君の為に今構築した新しいプラグインだよ」
男の顔は隷従させるような笑みをたたえ、またこめかみを指で叩いて見せる。
「ここに埋め込んだ装置とこのレンズで私の思い描いたものを自在に生み出せる……その気になれば核の制御システムをハッキングする事だって可能さ」
「はい、貴方のお力には何時も感服致します」
王に使える騎士の様に彼を讃え、服従の意を伝える。
「それで……」
瞬時空気が冷たくなる──
「プロジェクトスケアクロウの進捗は……?」
オズの表情が恍惚から緊張に変わる。
「はい……グランドマスター……その件についてはもう暫くお時間を頂戴したく……」
「煮え切らんな……何か問題か?」
「はい……完全な心の構築に手間取って……おります……」
顔色を伺う様に恐る恐る現状を述べる。
「そうか……」
そう言って男は静かに立ち上がり、その場から去る素振りを見せる。
「直ぐに!手を打ちます!グランドマスター!だからどうか……私を見捨てないで……」
寵愛を失うことに怯え、捨てられる娼婦のように縋るオズ──その様を一瞥した男は、薄く笑った。
「君を見捨てたりなんかするもんか……オズ、君だけが私の理解者だ……」
オズの仮想の顔は安堵と歓喜が入り混じる。
「後で私のオフィスへ、何時もの身体で来てくれ。
……今夜は君を抱きたい気分だ」
そう言って不敵に笑う。
「はい……喜んで……マイ、グランドマスター……」
そう囁きながらオズは艶やかに微笑み、わずかに瞳を伏せた。
「ふっ……プロジェクトの件は私が何とかしよう……ではまた後で……」
そう言い残し、また指で壁をノックしながら男は去ってゆく───