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2章 第2話 静寂の片隅で

まだ帷の上がりきっていない闇の中、歳はソファから起き上がる……何時もの事だが、またソファで眠ってしまったらしい。


胸元にタオルケットが掛けられている事に気づく。


……アイ、か。

ぼやけた目で眼鏡を探す。


──傍に目を落とすと、ソファに寄り掛かりながら寝息を立てている彼女。


──あどけない寝顔は彼女が人工物である事を忘れさせる。


僕は起こさないようにそっと彼女の頬に触れる。


柔らかい肌がしっとりと指先に吸い付く。


……そしてほんのり温かい。


人工生体素材部門が開発した人工人皮は人のそれと同等の質感を再現した。


これでケブラーアーマー並の強度とは恐れ入る。


彼女の肩にそっとタオルケット掛ける。


彼女が風邪をひく事が無いのは分かっているが、これは人としての性か……それとも彼女への特別な感情からなのか……


──タブレットを片手に立ち上がり、藍の写真立ての前に腰掛ける。


──彼女は相変わらず僕に爽やかに微笑みかける。


NEWSトピックに指を滑らせると、きな臭い項目ばかりが目につく。


テロ、誘拐、強盗殺人……ナノドラッグ。

……小さくハイウェイでの銃撃戦の記事が載って居る。


見覚えのある車──昨日のあれか……ハイウェイで昼間からドンパチやれば誰かに動画を撮られていてもおかしくは無い。


──これだけナンバーが映っているのに僕の所にお咎めが来る事は無かった。


それが彼女が持つ権能の掌握範囲と言うことか……


──そう考えながら手が無意識にコーヒーカップを探している事に気づく。

「……」


ちらりとアイを見る、彼女はまだ安らかに目を瞑っている。


アンドロイドといっても記憶内のデータ整理に休息が必要だ。


無理をすればパフォーマンスが下がるのは人間と一緒……そう考えるとつくづく人と機械の境界は曖昧だと思える。


やれやれとため息を吐き、僕はキッチンへ赴く。

いつ振りだろう……

自分でコーヒーを淹れるのは……。


お湯を沸かし、収納扉から簡単なドリッパーとお気に入りのマグカップを取り出す。


──細かく挽いた豆をフィルターに乗せゆっくりとお湯を注げばやがてあたりに芳ばしい湯気が漂う。


アイの鼻がぴくぴくとその香りを感知して、ゆっくりと藍色の瞳が彼を捉える。


微かに鳥のさえずりが聞こえ、カーテンの隙間からは朝を告げる木洩れ日が差し込み始めている。


「Sir……?」

膝を抱えた寝ぼけ眼の娘が目を覚ます。


「おはよう、アイ」

ダイニングテーブルを挟んで微笑み合う2人。


「Sir……大好きです」


急な告白に一瞬心臓が高鳴る。


目覚めの第一声がそれとは一体どんな記憶整理をしたのだろう……


と、思いつつも嬉しい気持ちで顔が弛んでいるのが自分でも可笑しい。


「ふふ、さあ、寝ぼけ眼のお嬢さん。君の紅茶も入ったよ」


「……ありがとう……ございます!」


──胸元でペンダントが朝日にきらめいて応える


────また、二人の新しい朝が始まる



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