────太陽は水平線から全身をあらわにし、開け放たれたブラインドカーテンから爽やかな秋晴れの空が広がる。
キッチンではエプロン姿のアイが鼻歌を歌いながら朝食のパンを焼いている。
「Sir、もうすぐ朝食が出来ます」
「ああ、わかった」
歳は返事をしながら書斎のコンピュータと睨み合っていた。
眉間には深い皺が寄せられ、力無く開いた口からは溜め息ばかりが溢れる。
脳裏に昨日のオズの言葉が蘇る。
記憶の統合……もし実現した場合その存在はアイなのか、藍なのかそれとも全く別のナニか、なのか。
ただ今言えるのは僕は任務としてそれを遂行しなくてはならないという事……
プロジェクトスケアクロウ……
──人の記憶と機械の融合。
────古から人が追い求めた不老不死。
──────魂の継承。
表向きは医者や教師不足対策だとか、記憶の客観的に判断による犯罪解決の効率化等様々言われているが、どれだけの人が本質を理解してるだろう……。
歳は左手で眼鏡の位置を正し、右手の指先でアイのニューロンネットワークを選択──さらにそこにリンクしている藍の記憶領域を上にスワイプし画面に展開する。
────そもそも記憶に魂は宿るのか?
人の記憶をデータ化する試みは、僕の父が発表した人間の不完全な記憶を仮想ニューロンで補完・再構築する理論──『ニューロアーキテクチャ・コアシステム』によって人工ニューロン技術を飛躍的に進化させた。
──しかし補完された記憶は本当の記憶と言えるのか?
────それは果たして藍と呼べるのか?
─────もしそれが実現した時──
──「Sir、朝食の用意が出来ました」
アイの穏やかな呼び出しが僕の思考を中断させる。
「うん、今行くよ……」
そう言って作業中のコンピュータを閉じ、大きく息を吐き、席を立つ。
「お疲れ様です、Sir」
アイの笑顔が眩しい。
焼きたてのトーストと淹れたてのコーヒーの芳ばしい香りが鼻先をくすぐる。
「どうしたんですか、Sir……?」
……記憶を統合すれば僕はまた大切な存在を失うかもしれない、そう思うと次のステップに踏み切れない自分が居る。
「アイ……」
──しかし彼女と藍の可能性に賭けてみたい、そう思う自分も居る。
「朝食の後、僕とシミュレータルームへ行こう」
「……はい!了解しました!Sir」
──オズが何を画策していようと彼女の運命は僕が決めよう──
今はただ、そう心に決めた──
────某時、某所────
────暗闇に猥声が響く。
「っ!!グランドマスター……!私はもう……!」
「ああ……いいよ……オズ……とても良い……!君は実に素晴らしい……!」
陰と影、似て異なる存在が闇の中で激しく交差する……。
「オズ、君は神を信じるかい?」
「グランドマスター……、私の神は言うまでもありません……貴方をおいて他には存在しません……」
妖艶な笑みを浮かべて男の頬を愛しそうに撫でる。
「ふっ……愚問だったな……では質問を変えよう。
……君と、人間の違いが分かるかね?」
「……私は作られた存在です……こうして擬体で貴方と交わる事は出来てもその心はあくまでプログラムされた物です……」
彼女は寂しそうに男の頬に顔を寄せる。
「愛しいオズよ……その考えは誤りだ……
人も所詮、神にプログラムされた存在だ」
指先で優しく彼女の顎をなぞる。
「君は私を神だと言った……ならば君の心もまた真実という事だ……違うかね?」
そう言ってそっと唇を重ね、同時に激しく叩きつける。
「そのような……私のコアを貫くような勿体無い、お言葉……!ああああっ……!!」
そう囁き全身を震わせ達する……。
────やがて静寂が訪れ……
荒い吐息が暗い空間に余韻を残す────
ベッドで煙草に火をつけながら男がさらに訊ねる。
「記憶に魂は宿ると思うかね?」
「記憶はただの記録データだと認識しております」
つややかに汗ばむ擬態が艶かしく男に絡まる。
「その通りだよ……そのままではね」
煙草の煙を吐きながら不敵に笑う。
「記憶自体には意思〈魂〉が無い。記憶に魂を宿すにはそれに認識させる必要がある。」
「認識させるとはどう言う意味ですか?グランドマスター……」
「つまり、魂の導き手が必要だと言う事だ。迷える魂を記憶という肉体に導く者……それがつまり君達AIの役割だ」
「なるほど……理解いたしました……つまりプロジェクトスケアクロウとは魂の導き手を育てる為の計画……と言う認識でよろしいですか?」
「流石、聡きかな我が心の伴侶よ……全ての魂を新世界に導ける存在──『新世界のEVE』を作り出す事こそこのプロジェクトの意義だ……」
男は胸元のピルケースから小さなカプセルを取り出す──
「これがその種……魂を記憶という肉体から解き放ち、EVEの子宮に抱かせるための……」
男の指先に摘まれた青いカプセルが、闇の中で妖しく光を放つ──
───私はアダムとして愚かな人間達を──
……新世界に導く────