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2章 第5話 シミュレーション前編

───アーカーシャ研究所

   シミュレーションルーム──


──ポンと電子音が鳴り、エレベーターの扉が開く


──アイを伴って歳が降りてくる──


「ここがモニタールームだ」

室内前面は強化ガラス張りで複数のコンピュータとモニター、計測器類が並ぶ──


椅子に座って作業する白衣の女性がこちらに気づき歩み寄って来る。


「おはようございます、日出主任」

小柄なプラチナブロンド髪の女性は切れ長の眼鏡を中指で押し上げながら歳の目の前に立つ。


「やぁ、おはよう、久しぶりだね、エミリア。

紹介するよ、アイ、彼女はエミリア・ハース主任。

僕の後輩で、ここの管理責任者だ」


「……よろしく、アイ」

エミリアはブロンド髪をかきあげ手を差し出す。

小柄なそばかす顔だが、ターコイズブルーの瞳に強い目力がある。

「は、はい……よろしくお願いします……」

アイも恐る恐る握手に応じる。


手を離した後、不機嫌そうに腕を組む。

「あなたたち……ここでは私の指示に従って貰います、規約を無視したり設備を破壊した場合、即、始末書を書いて貰うからそのつもりで……」

厳しい視線でアイを一瞥した後、歳を睨む。


「それと日出主任……今度から事前にアポイントを取って貰えるかしら……こんな朝から駆り出されていい迷惑だわ」


「いやぁ……はは……申し訳ない……」

歳は頭を掻きながら苦笑いする。


「……アイ、彼女は冗談が通じないから気をつけて」

そしてアイに小さく耳打ちする。


「聞こえてますよ……日出主任」

切れ長の眼鏡が苦笑いする歳を鋭く睨む。


エミリアは大きく咳払いをして襟を正す。

「まぁ、いいわ……これから設備の説明をします。

貴女はまずこれを着けて」


そう言うとエミリアは胸ポケットから取り出したサングラスタイプのHUD〈ヘッドアップディスプレイ〉をアイの耳にかける。


「それと、N型受信機を打って貰います」


そう言い、デスクの引き出しから取り出した手のひらサイズのアタッシュケースの留金を外す──

その中から青い液体の入った銀色のシリンジを取り出してアイに見えるように光に晒す──


「このナノマシンを体内に取り込むと脳内の記憶域に着床してHUDからの仮想記憶を受信可能になるわ」


アイはまじまじとその青い液体の入ったシリンジを観察している──


「心配しないで……24時間で体液に溶けて吸収されるから。余程短時間に大量摂取しなければ無害よ」


「まさか僕も打つのかい?」

歳が冗談混じりに言う。


「構わないけど、これはアンドロイド用よ。あなたは巷で流行ってるナノドラッグでも打ったらどう?」


──彼女の悪態に冗談が通じない相手だった事を思い出す……。


「じゃあ打つわね、気分が悪かったら言ってね」

アイの腕に太めの針が入り、注射されたシリンジの液体がみるみる減ってゆく──


シリンジが空になり、腕から引き抜かれた針の痕がナノマシンによってみるみる塞がってゆく──人間の血小板が傷を塞ぐよりも素早く、傷の跡を全く残さない。


「これで良いわ、アイ、手のひらを上に向けてみて」


「……こう、ですか?」

アイが首を傾げながら胸元で手を開く。


エミリアは端末を開き、ディスプレイに表示されてる人型モデルの右手に別フォルダから何かをドラッグしてドロップする──


すると、アイの右手に金属の冷たさとずっしりとした重みが感じられ、漆黒の銃が握られている──


「これは……」


「RSP-21 “Artemis”〈アルテミス〉──

連邦正規軍仕様の大型ハンドガンよ」


「不思議です……初めて見る銃なのにこの子の特性が分かります」

鈍く光る銃身を光にかざすと内部構造が透けて見える。


「それがこのシミュレータの凄いところ、HUDを通じてナノマシンが受信した記憶そのものを体感出来る……勿論そこに実体は無いけどね」


「……僕にはパントマイムにしか見えないよ」

歳が肩を竦める。


「日出主任は黙ってそこでアイのデータのチェックをして頂戴。

中央のモニターがHUD視点のシミュレーション映像、左モニターがアイのバイタルサイン、右が記憶領域内の活性度グラフよ」


話を受け流され、苦笑いしながら手で了解といったニュアンスのジェスチャーを返す。


「次はシミュレーションルーム内の説明をするからアイは部屋に入って頂戴」


アイは指示されるまま分厚い扉を押し開ける──


──中は涼しい風が流れている。


周囲は真っ白な壁で囲われていて、モニタールームはマジックミラーで中は見えない。


高さ約15メートル、幅と奥行きが100メートル程度の空間────


天井には無数の強い白色光を放つLEDライトが見える────


アイは眩しそうに手でひさしを作る。


「アイ、聞こえる?」

HUDからエミリアの声。


「YES、Ms、聞こえます」


「中央の円に立ってくれる?」


「はい──」

アイが円の中に入ると周囲の景色が一変する──


────辺りは薄暗くなり、目の前には巨大なビル群が建ち並ぶ。


───しかし人の気配はしない。


HUDからまたエミリアの声が頭の中に響く──


「アイ、これからあなたに状況を付与するわ、周囲の赤いラインが見える?それが行動限界線よ、その先は壁だから気をつけて」


「了解しました」


「もし何か異常があったらHUD左耳側のボタンを押して、状況を一時停止出来るから」


「了解しました、準備は出来てます」


──エミリアが歳に目配せする。


歳も手でOKサインを返す──


「了解…それでは状況を開始する」────



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