──静まり返るメディカルルーム
生命維持ポッドに横たわるアイに繋がれたモニターから、規則的な電子音が響く──
「……」
その横で歳はただじっとアイを見つめ立ち尽くす。
カチャリと入り口の扉が開く──
「日出主任、コーヒーを持ってきたわ」
手に持った紙のカップをテーブルに置く。
「……ありがとう、エミリア主任」
「アイの様子はどう?」
「……見ての通りさ」
歳は寂しそうにアイを見ながら僅かに肩を竦める。
「……ねえ、これを見て……」
エミリアが横に立ちタブレットの画面を見せてくる。
「……これは……何かのウイルスかい?」
画面には不規則に虫の食ったようなコードが並んでいる。
「そう見えるわよね……でも違うの」
「どう言う事だい?」
「これはファイアウォールの残骸と言ったところかしら……私もどんな原理かは分からないけれど、藍さんの記憶データが彼女を守っている……そんなところかしら」
「……意味がよく分からないけど、つまりアイは何かしらの攻撃を受けたって事かい?」
「ええ……アイにハッキングの形跡があったわ。サーバーを介さずに直接ダイレクトに……こんな事ってある?」
「……通常は考えられない……しかしナノマシン受信機を経由した侵入なら考えられない事もない」
「それは盲点だったわ……アイのサーバーのファイアウォールは強固でもこんな方法でダイレクトアタックされるなんてね」
「……見て、これはアイのニューロンネットワークのプログラムだけど、ここ、この幹に繋がる枝になっている部分。
こっちは藍さんの記憶……彼女の記憶が幾重にもハッカーの侵入を防いでいる……
でも気になるのはこっち……ここにもうひとつの枝葉が出来てる……これは何?」
「何だろう……新しい記憶データみたいだけど、こんなのは見たことがない……いつ作られたものかも分からないな……」
「でも今、アイのアクセスはこの記憶に集中してるの……」
「……今は様子を見るしかないね……下手に弄ると感情データを損傷しかねない……」
「……そうね…………あなたも少し寝たら?
もう20時間以上立ちっぱなしでしょう?」
「いや……僕はこのままでいい……彼女が目覚めた時、傍に居たいんだ……」
そう言ってアイの頭をそっと撫でる……。
──
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──────
────────「ねぇアイ」
「はい、何ですか?オリビア?」
「今日ね、学校でいじめられたの……
みんなわたしの事を魔女とか魔法使いとか言うのよ……酷いでしょ?」
「それは酷いですね……お友達はどうしてそんな事を言ったのでしょう……?」
「わたし……昔から頭によく分からない言葉が浮かぶの……それをノートに書いていたら魔女がまた呪文を書いてる……呪われるって……」
オリビアは悲しそうな顔で俯く。
「そうなんですね……もし良かったらそのノート、私に見せて貰えませんか?」
「うん……いいよ……」
オリビアは鞄からノートを取り出してアイの前に開く。
「……これは……」
そこに書かれていたのは、本来人間には読めないはずの言語──オブジェクトコードにも似たその文字列に、アイは息を呑む。
「これは人間には読めない機械の言葉よ……あなたの持っている力は素晴らしい才能です……!
自信を持って……オリビア」
「そうなの?でもみんなから嫌われるのは嫌だよ……オリビア・ズーは魔法使いのオズだって……わたし……そんな才能いらないよ……」
オリビアの青い瞳がから一粒の涙がアイの上に落ちる。
「……ねぇオリビア、私をコンピュータに接続出来る?」
「うん……出来る、けど……?」
オリビアはコンピュータを開いてアイのペンダントを認識させる。
アイはノートに書かれたコードをコンピュータに出力する──
──そこには笑顔で友達と会話する子供達の画像が映し出されている……。
「これはきっとあなたの願いがプログラムとして表現されたのね……
ねぇ、オリビア……もし良かったら、私があなたにこの力の使い方を教えてあげる」
「力の使い方……?」
不安そうにアイを見つめる。
「これは私達だけに通じる秘密の言葉よ」
「秘密の……言葉……?」
オリビアの青い瞳が強く輝く────