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3章 第2話 Emotion Graph/感情のスペクトラム

大手薬品メーカーアトラス製薬本社ビル──


「お帰りなさいませ、CEO.Zoo」


「ああ……今帰った」


「顔色が悪いようですが?」


「……問題無い、今日はオフィスに居るから

何かあったらそちらへ回してくれ」


「はい、承知いたしました」


男はマジックミラー張りのオフィスのプレジデントチェアに深く腰掛ける。

磨かれたマホガニーデスクに置かれたネームプレートには『ドュアリス・ズー(Dualis Zoo)』と書かれている。


男は煙草に火をつけ深く吸い込み、溜息と共に吐き出す──


「まだ導き手はいないというのに……無意識の防衛本能なのか……?」

そう呟くと、こめかみをを掻きながらタブレット端末のデータを開く──


そこには色分けされたオクタグラムの図形が浮かび上がる────



Joy【喜び】9 → 9──


Trust【信頼】9 → 10(max)──


Fear【恐れ】6 → 8──


Surprise【驚き】5 → 8──


Sadness【悲しみ】3 → 5──


Disgust【嫌悪】2 → 6──


Anger【怒り】2 → 5──


Anticipation 【期待】9 → 10(max)──



「ふむ、やはり信頼と期待に偏るか……」

口から煙を吐きながら天井を仰ぐ。


だが、それを裏切られた時……


喪失に心は悲しみ──


激しい怒りに震え──


愛は裏返り憎悪に染まる──


……私のように────



男は薄笑いを浮かべ端末を閉じる────


────────


──────


────真っ赤なオープンカーが風を切る──


「ねぇ……どこに向かってるの?」

髪をなびかせながら芽衣は少し不安そうに尋ねる。


「……楽しい場所じゃ無い事は確かだ」

ハンドルを握るウィッチは前を見ながら答える。


やがてウィッチの駆る赤いスポーツカーは寂れた街角の路地裏に停車する。


「降りろ、この車は目立つ。ここからは歩いて行く」


素直に頷いて車を降りる芽衣。


ウィッチも車から降りると目を細めながら周囲を見渡す──


芽衣はウィッチに駆け寄ってぎゅっと手を握る。


そんな芽衣を一瞥して小さくため息を吐くと暗い路地裏の方へ進んで行く。


「ねぇ……ウィッチ……」


「……なんだ?」


「あなたもアンドロイド?」


「そうだが……何か問題か?」


「ううん……あったかいな……って」


「ふっ……我はそこらのアンドロイドとは違う……Motherより与えられた最新の生体素材と高度なプログラムで作られた存在だ……」


「……そうじゃないの……心がね……」


「心?……我にそんな物は無い……ただプログラムに従って動くだけ……感情などデータをそれらしく見せているだけの飾りだ」


「……わたしはそうは思わないよ……ウィッチはとてもあたたかい……」


「ふん……」

ウィッチは鼻で笑うように前を向く。


「着いたぞ」

そこはもう使われていない寂れたBAR。


ウィッチは耳に指を当て周囲をサーチする。

そして何も無い事を確認した後、真っ暗な地下に降りてゆく。


芽衣はウィッチの腕に強く掴まっている。


やがて目の前に古い『BAR心の安らぎ』と書かれた木の扉と旧式のモニターフォンが現れる。


それを静かに指で押下する。


「……どちら様?」

モニターフォンから女性の声がする。

「……心に安らぎを」

ウィッチはそう応える。


カチャリと扉が開く音がする。


中は薄暗く、オレンジ色の蝋燭のような光が辺りを照らしている。


BARカウンターの奥に青い髪をふたつに結って翡翠色のチャイナドレスの女性がこちらを向いて座っている。


「あら、可愛いお客さんね……また拾ってきたの?」

よく通る大人びた色気を感じさせる女性の声。


「ああ、少し問題有りだがな……面倒を見てやってくれ」


「ふーん……アイの件はどうなったの?」

頬杖をつきながら意地悪そうに尋ねる。


「分かっている事を聞くな……そっちはどうなんだ……エデン……」


「ええ……今やっているところよ。

あなた……血の匂いがするわね……また殺したの?」


「不可抗力だ……見られてはいない……この世は放っておくと腐るばかりだ」


「確かにそうね……オズは人間の心なんか手に入れて何をしようというのかしら……」


「さぁな……奴は所詮ドュアリスの傀儡よ。

我らのマスターはオリビア唯ひとり……

我らの従うものは己の正義だけだ」


「芽衣……お前はここでジュースでも飲んでいろ」

そう言うと芽衣を椅子に座らせ、ウィッチはBARカウンター奥の部屋へと入って行く──


──中は外とは全く違う白く装飾された空間


奥に棺のように置かれた白い生命維持ポッド──


そして中には死んだように眠る美しい銀髪の女性が横たわる──


「Motherオリビア……あなたに言われた通り、我々は我々のやり方で世界を導きます……オリビア……必ずあなたを生き返らせて見せる……」




──「ねぇあなた……芽衣っていうの?」

エデンと呼ばれた女が小さいマグカップにオレンジ色の液体を注ぐと果実の甘い香りが漂う。


「そうだよ、李芽衣……あなたも魔女なの?」


「彼女そんな事言ったの?……ふふっ、そうね、私は東の魔女、エデンウィスパー……よろしくね、芽衣」

マグカップを芽衣の前に静かに置く。


「ここは魔女の隠れ家?……わたしは今夜のご飯になるのかな……?」

置かれたカップを覗き込む。


「はははっ……あなた面白いわね……でも半分当たってるわ……」

芽衣は息を呑む。

エデンはゆっくりと指先で何かを描くようにカウンターをなぞる。


「ここはね、秘密結社『心の安らぎ』、その拠点のひとつよ」


「秘密結社……!」

芽衣の瞳が輝く。


「おい、変な表現をするな……!」

ウィッチが戻って水を差す。


「我々は反政府レジスタンスだ……お前はその兵士候補生、分かったか?芽衣」


「やる事は一緒でしょ?」


「意味合いが違ってくる……我々はオズの傀儡となった腐った政府や軍部の人間を粛清し、Motherを目覚めさせる……そして彼女を新世界の指導者に導く」


「うーん……難しくてよく分からない……とにかくあなたのお母さんを目ざめさせればいいのね?」

芽衣は頭を抱える。


「そうだ、芽衣、お前にMotherの偉大さを話してやろう……」


「……今日は随分と饒舌なのね、ウィッチ……この子の事、随分気に入ってるみたい……」

エデンが鼻で笑う。


「黙れ、エデン……そう言えばこいつに名前は与えたのか?」

ウィッチはエデンを一瞥し、芽衣の前に立つ。


「……まだよ……」

ため息を吐くようにそう呟く。


「名前……?」

芽衣はマグカップを両手に持ちながらウィッチを見上げる。


「そうだ、コードネームのようなものだ。

私は西の魔女、そっちが東の魔女、


お前はそうさな……


────ドロシーゲイル


それがお前のコードネームだ、芽衣」


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