爽やかに風が吹き抜ける青──
色とりどりの国旗がなびき──
空には多くのドローンが飛び交う──
壁にはカラフルに装飾されたチラシが貼られ──
鼻腔をくすぐる屋台が軒を連ねる──
正門ゲートは大きく開け放たれ──『入学記念式典』と書かれた幕が掲げられている。
ゲート横で大学案内のパンフレットが配られている──
ノア・テクノロジカル・インスティテュート(Noah Technological Institute)
通称:「ノア・カレッジ(Noah College)」
ここは和平の象徴としてアークノア島に建てられたカレッジで、世界中から有能な若い技術者が集まる頭脳の宝庫。
海に近い小高い丘に作られたキャンパスで白く美しい装飾の壁面が印象的。
校章はノアの神話に因んで、鳩とオリーブの葉をモチーフにしている。
──主な学部──
先端機械知能学部(Department of Advanced Machine Intelligence)
AIに「知性」と「直感」を与える研究を行う。意思決定アルゴリズムや道徳律の設計、
直観型モデルの実装などが主軸。感情的判断を含むAIの倫理運用も扱う先進分野。
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記憶工学部(Department of Memory Engineering)
人間やアンドロイドの記憶の保存・編集・転送を研究。生体記憶の再構築や、
記憶情報の軍事利用といった機密性の高い応用も含まれ、国家機関とも関わる。
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量子応用学部(Department of Quantum Applications)
量子コンピューティング、量子暗号、超伝導通信などを中心に、冷戦下の
諜報戦を支える技術を探求。実用化を前提とした量子機器の開発にも注力する。
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生体融合工学部(Department of Bio-Mechanical Integration)
神経義肢・義体・サイボーグ化に関わる技術の融合を扱う。人体と機械を繋ぐ
神経接続技術や、義体用制御プロトコルの開発などが中心テーマとなる。
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創発システムデザイン学部(Department of Emergent Systems Design)
自律的に成長・進化する人工生命体や、予測不可能なシステムの設計を探求。
生命模倣・複雑系シミュレーションを扱い、他分野との学際的連携が特徴。
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情報防衛学部(Department of Information Defense)
ハッキング対策、暗号技術、サイバー諜報の手法を網羅する情報戦の専門学部。
攻防両面の戦術研究を通じて、国家や企業の情報資産を守る精鋭を育成する。
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極微技術学部(Department of Nanotechnological Engineering)
ナノマシンの開発・運用・制御を専門とし、医療・軍事・機械融合を支える。
体内修復・感覚拡張・神経接続補助など、極小機械による生体改良が主軸。
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生体材料理工学部(Department of Bio-Material Science and Engineering)
人工臓器・皮膚・筋繊維などの新素材を創出する「素材科学」の学部。
拒絶反応の少ない構造体や、情動応答型の有機素材の研究が中心領域となる。
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ノアカレッジ女子学生寮前──
寮は、白い外壁に大きな木製の扉、屋根の下にオリーブの葉の校章が描かれ、窓は大きく開放感が感じられる。
一階のコミュニケーションルームでは数人の先輩達がおしゃべりしているのが見える。
オリビアは別れを惜しむように軽いハグをする。
「送ってくれてありがとう、お父様」
「ああ、ひとまずここでお別れだ。
元気で頑張りなさい、オリビア」
そう言って父は車に乗り込むと彼女に手を降り、車は走り去る。
──カレッジの八割が寮生活を送っており、新入生は最低一年間の入寮が義務付けられている。
それは学部間の垣根を越え、互いに刺激し合うための「創発的な居住空間」という考えからである──
寮の木製の扉からウィッチとエデンが出て来る。
「あなた達も荷物運んでくれてありがとう」
「我ひとりで十分だったのに……」
ウィッチが不満そうに呟く。
「あら、重そうにしてたけど……?」
エデンが冷ややかに笑う。
「ふん、そんな訳あるまい」
そう言ってエデンを睨んでから背を向ける。
「やれやれね、とりあえず私は式典に向かうから、あなた達は好きにして、でも問題は起こさないでよ」
今日から新しい生活が始まるのに、問題はやめて欲しいと心から思う。
「承知した」
「私はあそこの腕相撲ブースに興味あるわ」
そう言って二人はそそくさと祭りの雑踏に分け入っていく。
「さ、行きましょ、アイ」
軽いため息を吐くと、胸元のペンダントを手に取りそう告げる。
「はい、オリビア、あっちが近道です」
ペンダントは青い光で方向を示す。
「了解したわ」
そう言って彼女は強い足取りで歩き出す──
祭りの雑踏、道を埋め尽くす人、家から殆ど出る事が無い私にとって、それは好奇心の塊であり、ストレスの塊でもある……。
「うう、アイ……人酔いしそうだよ」
目まぐるしく行き交う人の群れに私は気分が悪くなる。
「オリビア、あそこの日陰で休みましょう」
そう言って緑のテントのカフェテラスを指す。
「うん、そうする」
そう呟き、よたよたとテントに近づく、
──────!!
「危ない!」
咄嗟にワンピースの裾を掴んで身を窄める。
カフェテラスから飛び出た男性とぶつかりそうになったのだ。
「ごめん!
……大丈夫だった?」
男性はそう言うと心配そうに覗き込む。
高めの身長に黒縁眼鏡、穏やかそうなトーンの喋り方のスーツの男性。
眼鏡の奥から優しそうな瞳が私を捉える。
「えあ、は、はい……大丈夫……だと思います」
私はとっさによく分からない返事をする。
「急いでたからごめんね、もし服が汚れてたら後でクリーニング代払うから」
そう言って彼は胸ポケットから名刺を取り出し差し出してくる。
私はそれをよく分からずに受け取る。
「じゃあ急いでるから、ごめん!」
そう言うと彼は走って人混みの中に消えてゆく──
その背中を呆然と見送る私──
行き交う周りの喧騒。
ふと気付いたように名刺に目を落とす。
──記憶工学部一年、日出、歳……?
またゆっくり彼の去った方を見て呟く。
「ひので……とし……」
爽やかな風が吹き抜ける。
胸の奥の心臓が、少しだけ高鳴った──────