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3章 第8話 オリーブの葉(後編)

───離れた場所から式典の案内放送が聞こえる。


『ドローン撮影は指定されたエリア内でお願いします──繰り返します────』


もう屋台の香りは遠くなり、微かに潮の香りがする。


少し薄暗い道をひとり歩く。


結構歩いた気がする。


体力には自信がなく、軽く汗をかいて息が上がる。


人混みを避けてと言ったけど、こんなに歩かされるとは思って無かった、と愚痴をこぼし、ペンダントのアイを指で小突く。


もう太陽はかなり高い位置に昇っており、気持ち早足になる。



やっとの思いで裏道を抜けると、眩しい太陽の光に思わず手で顔を覆う。



そこは騒がしい大きな広場。



木々に覆われた広場は、様々な国から来たであろう多様な人種の人達で溢れかえっている。



……これが皆、私の同期だと思うとストレスで胃が痛くなる。


私はその中から自分の学部の集まりを探す。



先端機械知能学部は……



アイは小突かれてへそを曲げたのか何も言ってくれない。

ただ胸元でゆらゆら揺れている。



私は少し泣きそうになりながら目を凝らしていると──

「Aの1番よ」

アイが小さくそう呟く。



「…ありがと……アイ」

もっと早く教えてよ、と思ったがとりあえず場所がわかったので感謝を伝える。



何とか学部のブースに辿り着くと、安堵のため息を吐く。



周りは、友人と話したり、新しく知り合った物同士意気投合していたり、ただじっと前を見ている人もいるが……とにかく人が苦手な私としては、早く式典が終わって欲しかった。


誰にも話しかけられない事を祈りつつ、斜め下を向いて式典の開始を待つ。



程なくして、司会のアンドロイドが、開始五分前を告げる。


同時にたくさんのドローンが舞い上がり、各国のマスコミなのだろうか……カメラのを持つ人達が目の端に映る。




やがて大きな音を立てて花火が上がる──!


開会を告げる声が響く──


「これより、ノア・テクノロジカル・インスティテュート、新入学生歓迎式典を、開催いたします──!」


周囲から多くのシャッター音が聞こえる。


「それでは開会の挨拶を、当カレッジ代表理事、


アルバート・シュタイン博士」


そう紹介を受け、壇上に上がったものに会場はどよめく。


それは何の細工もしていない初老のアンドロイド、むしろロボットに近い。


そのロボットはマイクの前で静かにこう始める。

「ようこそ、未来輝ける諸君……私を見て驚いた人も多いと思う。私は普段人前に出ないのでね」


そう語る声は低く、威厳を感じさせる。


「諸君、ここからは目を閉じて聞いてくれ」

静かにそう告げ、話しを続ける。


「私は見ての通りアンドロイド、いわゆる人工知能だ」


「皆、私がこんな身なりをしてる事を不思議に思うだろう。何故ならこのカレッジには世界最高峰の設備と知識と技術が揃っている。その気になれば人間と変わらない見た目を持つ事は容易い」



「しかし敢えてこの身体のままでいる事には意味がある。知っての通り、今世界のあらゆる所に人工知能が溢れている。企業、教育、司法、そして国の元首」



「君達は私を見て動揺したが、彼らが同じならどうだろう、君達は物事の本質を目に頼ってはいないだろうか」



「我々AIはプログラムで動いている。どんな哲学的解釈を挟もうともこれは変える事の出来ない真実」



「しかし心、魂はどうだろう……



私が誰かを思う気持ち……

困った生徒を助けたいと願う思い……



それは果たしてプログラムという無機質な言語で証明出来るものだろうか」



「私は君達の学ぼうとしている事を否定している訳では無い。そこは勘違いしないで欲しい」



「ただ我々は未来を見ている。それは人間と人工知能が今とは違う意味で共に歩む道だ。


私の今の言葉に何も感じ取れなかった者は今すぐここを離れてもらって構わない。


勿論、帰りのチケット代も出そう」




「しかし、今の私の言葉に何かを感じた者は我が同志だ」



「ようこそ……ノアカレッジへ」



そういうと、初老のアンドロイドは笑ったように見えた。



オリビアは胸の奥に熱い何かを感じる──


「すごい……」

そして何故かそんな言葉が溢れる。


彼の言葉にただのデータ学習とは違う次元の何かを感じた。


私の技術なんて全然なんだ……


オリビアは素直にそう思った。




────次は新入生の挨拶


司会がそう言うと、スーツの男性が壇上に上がる。


どこかで見覚えのあるスーツ。


「あ、カフェの人」

小さく言葉が漏れる。


────新入生代表、日出歳

そう紹介される。


やっぱり……

心でそう呟く。


────彼に先程とは印象が違い、堂々とした覇気に満ちている。


彼は背筋を正し、強い目でマイクと向き合う。


そしてゆっくりとよく通る声で話し出す。


彼の語る未来は理事とは違った凄みがあり、知識に裏付けられたその言葉には周りを引き込む引力があった。



「──素敵……」


思わず漏れた自分の声に恥ずかしくて赤くなる。

ペンダントのアイが笑った気がした。


少し悔しくて下唇を噛みながらまた彼を見上げる。



壇上で理想を話す彼の言葉は、自分の中の弱い部分に静かに優しく染み込むように心を溶かす。



やがて彼の演説が終わり、彼が自分の席へ戻るのを私は目で追う。


胸の奥で何かが泡立つのを感じる。


脳内には今まで見た事の無いコードが羅列する。



──続きまして、アーカーシャ記憶工学研究所より……


──その先の内容は覚えていない。


気づいたら式典は終わり、オリエンテーションのために私達はそれぞれの学部の部屋へ移動する事になった。



それぞれの学部の上級生が新入生を誘導する。


私はただあの人の事が気になっていた。


人混みに紛れてしまい、諦めかけた──


その時──


「ねぇ!」


と、後ろから声をかけられる。


恐る恐る振り返ると、そこにはさっきの黒淵眼鏡の彼が爽やかに微笑んでいる。


「やっぱり君だったね、一番前の席だったからずっと気になってたんだ」


演説とは違う穏やかな声だった。


「えっ、あの……」


突然の出会いに言葉に詰まる──


「覚えてないかな……?

さっきカフェでぶつかりそうになった……」


「はい……覚えてます!

あの……さっき、演説していた方ですよね……?」


「ああ、あれね……僕は人前で話すのは得意じゃ無いんだ……変な事言ってなかった?」


「いえ、とても、素晴らしかった……です」


「はは、ありがとう」

彼はそう言って照れたようにはにかむ。


「あ、君、先端機械知能学部だよね?

僕は隣の学部だから良かったら一緒に行かない?知り合いが居なくて心細かったんだよ」


そう言って微笑みながら私を見る目には、今までの他人に感じた嫌な下心や、珍しい機械を見る様な好奇心は感じられなかった。


彼の誘いは、固く縛られた縄から解き放たれた様に、私の心臓を高鳴らせる。


私の指先は何かに縋るように胸元のペンダントを握る。


「はい……」

こう言うのが精一杯だった。



「僕は、記憶工学部の日出歳。

よろしくね」


「わ、私は……オリビア……オリビア・ズーです」


「オリビア・ズーさんだね……えーと、君の事はなんて呼んだら良いかな?」


「父は私をオリビアと呼びます……

でも他の人にはよく、『オズ』と呼ばれます……」


私はついそう言ってしまった事を後悔する。



「じゃあ、僕も……」




私はまた、“そう“、呼ばれる事を心で受け入れる。




「……オリビアと呼んで良いかな?」




───そう呼んだ、彼の言葉は私の中に静かな波紋を生む



「あ、はい……大丈夫……です」

私は小さくそう、呟いた。



ただ名前を呼ばれただけ、ただそれだけだった。



彼は安堵した様に微笑んで私の少し前をエスコートする様に歩き出す。



こちらを振り向き何かを私に語りかける。



その言葉に相槌を打つが、内容は頭に入っては来ない。



私の頭の中には今まで感じた事の無い心地よいプログラムコードが延々と流れている──



それは他人に感じた事の無い

心の安らぎのような──




そんな優しいCodeだった──────





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