「統合、失調症──?」
エミリアは少し高めの声で歳に聞き返す。
「そう、所長には統合失調症の所見が見られた」
歳はメディカルルームの椅子に深く腰掛け、モニターと向き合いながらエミリアにそう説明する。
傍では定期的に刻まれる電子音と共に、分析用ポッドの中でアイが静かに眠っている。
「僕は“AIME“のカウンセリングを担当してた事もあるからね……」
「前に彼の診断をした事がある」
そう話しながら歳の指はコンピュータのキーボードを叩く。
「ふーん、知らなかった」
コーヒーを片手にエミリアがそう呟く。
「あっ、しまった……これはプライベートな情報だった……他人には絶対言わないでくれよ」
慌ててエミリアに釘を刺す。
「勿論よ……でも所長、そんなふうには見えなかったけど……」
「統合失調症は脳の病気だからね、見た目には分かりづらい……原因も様々だしね」
「所長の場合、奥さんの事や、オリビアの事もあったから……症状が悪化してなければいいけど……」
キーを叩く手を止めて、そう呟く。
「その病気は具体的に、どんな症状があるの?」
エミリアがそう尋ねると、歳は少し難しそうな表情をして唸る。
「症状は人によって様々なんだ……
幻覚が見える人もいれば、頭の中に幻聴が聞こえる人もいる」
そう言ってまたキーボードを打ち出す。
「そう、なのね……」
エミリアは軽やかにキーを打つ歳の指先を何気なく見つめながら静かに呟く。
「ねぇ、そう言えば、オリビア博士の行方はまだ分からないの?」
オリビアという言葉にキーを打つ手が止まる。
そして、何かを思い出した様に哀しそうな目をして下を向き、小さくため息を吐く。
「彼女は……藍君の訃報が届いた後、行方をくらまして……そのままさ……
もしかしたら当時の僕に、何か問題があったのかも知れない……」
そう呟くと、また静かにキーを打つ音が響く──
「それは考えすぎよ……
彼女はいつもひとりで何かを抱え込んで悩んでいた……彼女、無事だといいけど……」
そう言ってエミリアは黙る。
歳の指は、過去の何かを悔いるような
悲しい響きを奏でる────
「出来た……!」
沈黙を破り、歳が小さく叫ぶ。
「何?」
エミリアが不思議そうに尋ねると、歳は何やら嬉しそうに笑みを浮かべる。
「アイが今、アクセスしてる記憶を映像化したんだ」
「やるわね、日出主任……!ねぇ、私にも見せて」
「勿論……」
────被せるように電子音が響き、歳の携帯端末にメッセージが着信した事を告げる。
歳は端末の画面を見て目を丸くする。
「これは珍しい人から……」
「誰から……?」
「アルバート・シュタイン博士からだ……」
「アルバート・シュタイン博士って……ノアカレッジ元理事のアルバート・シュタイン?AIの?」
「そうだよ、もう何年も連絡無かったのに……」
「あの人、相当有名人よね……?何でそんなのと知り合いなの?」
「まぁ、色々あってね……
何か、僕とすぐに会いたいらしい」
「いいわよ、アイは私が見ていてあげる」
「すまない、エミリア……
アイを、よろしく頼むよ」
「場所は……ノアカレッジ……」
歳はメッセージですぐ会いに行く旨を伝える────