目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

4章 第1話 転換点

「統合、失調症──?」

エミリアは少し高めの声で歳に聞き返す。


「そう、所長には統合失調症の所見が見られた」


歳はメディカルルームの椅子に深く腰掛け、モニターと向き合いながらエミリアにそう説明する。


傍では定期的に刻まれる電子音と共に、分析用ポッドの中でアイが静かに眠っている。



「僕は“AIME“のカウンセリングを担当してた事もあるからね……」


「前に彼の診断をした事がある」

そう話しながら歳の指はコンピュータのキーボードを叩く。


「ふーん、知らなかった」

コーヒーを片手にエミリアがそう呟く。



「あっ、しまった……これはプライベートな情報だった……他人には絶対言わないでくれよ」

慌ててエミリアに釘を刺す。


「勿論よ……でも所長、そんなふうには見えなかったけど……」


「統合失調症は脳の病気だからね、見た目には分かりづらい……原因も様々だしね」



「所長の場合、奥さんの事や、オリビアの事もあったから……症状が悪化してなければいいけど……」

キーを叩く手を止めて、そう呟く。


「その病気は具体的に、どんな症状があるの?」

エミリアがそう尋ねると、歳は少し難しそうな表情をして唸る。


「症状は人によって様々なんだ……

幻覚が見える人もいれば、頭の中に幻聴が聞こえる人もいる」

そう言ってまたキーボードを打ち出す。


「そう、なのね……」

エミリアは軽やかにキーを打つ歳の指先を何気なく見つめながら静かに呟く。


「ねぇ、そう言えば、オリビア博士の行方はまだ分からないの?」


オリビアという言葉にキーを打つ手が止まる。


そして、何かを思い出した様に哀しそうな目をして下を向き、小さくため息を吐く。



「彼女は……藍君の訃報が届いた後、行方をくらまして……そのままさ……



もしかしたら当時の僕に、何か問題があったのかも知れない……」


そう呟くと、また静かにキーを打つ音が響く──



「それは考えすぎよ……

彼女はいつもひとりで何かを抱え込んで悩んでいた……彼女、無事だといいけど……」


そう言ってエミリアは黙る。



歳の指は、過去の何かを悔いるような


悲しい響きを奏でる────




「出来た……!」

沈黙を破り、歳が小さく叫ぶ。


「何?」

エミリアが不思議そうに尋ねると、歳は何やら嬉しそうに笑みを浮かべる。


「アイが今、アクセスしてる記憶を映像化したんだ」



「やるわね、日出主任……!ねぇ、私にも見せて」


「勿論……」


────被せるように電子音が響き、歳の携帯端末にメッセージが着信した事を告げる。


歳は端末の画面を見て目を丸くする。


「これは珍しい人から……」


「誰から……?」



「アルバート・シュタイン博士からだ……」


「アルバート・シュタイン博士って……ノアカレッジ元理事のアルバート・シュタイン?AIの?」


「そうだよ、もう何年も連絡無かったのに……」


「あの人、相当有名人よね……?何でそんなのと知り合いなの?」


「まぁ、色々あってね……

何か、僕とすぐに会いたいらしい」



「いいわよ、アイは私が見ていてあげる」



「すまない、エミリア……

アイを、よろしく頼むよ」



「場所は……ノアカレッジ……」



歳はメッセージですぐ会いに行く旨を伝える────


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?