メディカルルームで、エミリアはコーヒーを飲みながらコンピュータに向かっている。
「こんな、複雑な人工知能は見た事ないわ……」
複数の記憶と絡み合うプログラムに、そう独り言を呟きながら更に下へスクロールしてゆく。
あら?これは何かしら?──
アイの基幹プログラムの根本に、謎のシステムが紐付けされている。
これは、日出主任が設定したシステム?
──私のアクセス権では開けないわね……
エミリアは小さく息を吐くと、傍らに目を落とす。
そこには、ベッドでキスを待つように横たわる眠り姫。
アイが眠ってから、ひと月が経とうとしていた。
「……あんなに心配されて……あなた、幸せ者ね……」
小さくそう呟く。
「……私の王子様は、何処に居るのかしら」
そんな、自分に対する皮肉にため息が出る……
そしてまた画面に目を移すと、先ほど歳が抽出した記憶映像データのフォルダが目につく。
これ、こっそり見ても分からないわよね……
エミリアは、好奇心からその映像データを再生する。
──それは視点が定まらない動画だったが、音声からそれが“ある物“から見た映像だと分かる。
これはおそらく、このペンダントが記録したデータね……
そう思い、眠るアイの胸元を見る。
そこでは、青いペンダントが存在を主張するように光を反射する。
エミリアは、またモニターに目を戻し、続きを再生する──
愛らしい女の子と……これは……
ズー所長……?
ずいぶん若いわね……
所長と居るその女の子が娘のオリビアだと言う事は、すぐに理解した。
しばらくは、オリビアの少女時代の記録のようだ……。
エミリアは、その記録を少し眺めた後に動画を先へと進める。
オリビアのハイスクールの時代だろうか……。
いずれも印象に残るのは、彼女には周りに“人“がいないと言う事だ。
彼女は殆ど家から出る事なく、コンピュータに向かっているか、机に向かっている。
周りにいるのは、執事のアンドロイドばかり。
更に、動画を進める────
だいぶ、オリビアも女性らしくなってきた。
友人と思われる、アンドロイド達とのやり取りが微笑ましい。
エミリアの表情が綻ぶ。
「オリビアさん、この頃はとても可愛らしくていい顔してるわ……」
エミリアはそう呟く。
その時────
────コンコン
ノックが響く。
エミリアは慌てて画面を閉じて平静を装う。
ぬうっと、縮毛の頭が見える。
「え、エミリア主任……?」
リチャードが顔を出す。
「もう!……何か用?」
驚かされて不機嫌になるエミリア。
「い、いえ、ちょっと様子を見にきただけです…」
そう言って、リチャードはすごすごと部屋を出てゆく。
「あいつ……!」
大きく溜息を吐いて、彼の出て行ったドアを睨む。
気を取り直してまた画面を開く。
慌てて閉じたので、再生位置がかなり先まで送られてしまっていた。
しかし、そこに映ったものにエミリアは興味を惹かれる。
「これは……」
そこには少し若い歳と、青海藍が映し出されている。
「日出主任と藍さん……何で……」
エミリアは再生ボタンを押す。
当時の様子が、ドラマのように映し出される。
もう、二度とない光景。
こんなの……日出主任がみたら泣きそうね……
そう思いながらエミリアは画面を見つめる。
彼女の切れ長の眼鏡に、映像の光が反射する。
最初の二人の出会い……
空港で、迷子の歳を出迎える藍。
ぎこちない二人のやりとりに、初々しさを感じる。
やがて始まる、奇妙な共同生活。
危機感の薄い歳を、苦笑いしながら護衛する藍。
しかし、時折みせる彼女の顔は、何処か幼さを感じさせ、歳の事を何処か、父親の様に慕っている様子は心に迫るものがある。
夕焼けの、海辺でのデート。
青い水面に溶ける夕陽。それは藍の頬を照らし、紅く染める。美しいと呟く歳に、不思議そうな顔で彼女は、はにかむ。
やがて、二人の距離は、体温が感じられる程近づく。
海辺のレストランでの食事。
暗い夜の海に、灯台の光が灯る。目の前の藍の瞳は、熱を帯びている様に見える。他愛のない話で笑い合う二人……誰もいない様な静かなレストランで、二人の顔が近づく……ペンダントがテーブルのグラスにコツンと当たる。
やがて二人は、ラボのソファで愛を語り合う。
「やだ……ここはさすがに……」
そう呟いて、エミリアは急いで画面を飛ばす。
そこから先、歳の日常の仕事風景や二人のやり取りを飛ばしながら見ていく。
時折、画面にオリビアの姿が映る。
あら、私も……
そんな何気ない日常風景が続いた後、雰囲気が変わる。
藍に、軍から命令が下達されたのだ。
狼狽える歳に、強い瞳で任務だからと答える藍。
二人の、最後の夜……
任務前夜、歳から藍へ、お守りだとペンダントが手渡される。
重なり合う身体……
受け取った時は気丈に振る舞っていた藍も、部屋に戻り、ひとりになると、静かに泣いていた……
任務出立……ペンダントはおそらく、胸元の服の中なのだろう……画面は真っ暗で何も見えないが、音声だけが記録されている。
車の、エンジン音……
叫ぶ様な、声……
轟く、爆音……
藍の、鬼気迫る声……
激しい、銃撃音……
──やがて訪れる、静寂……
画像が映る──空は、曇天……
藍の、掌──
それは、血に染まっている──
声を振り絞り──
最期の想いを、このペンダントに込める──
Sir、愛していると……
やがて、雨が降りだす──
映像は、静止画のように静かに、ただ血濡れた手と、雲に覆われた空を映す──
……映像を見るエミリアの頬に、涙が伝う……
────その時……!
「え?……これは……!」
エミリアは、その映像を見て言葉を失う──
───────
────メディカルルームの扉が、音もなく開く……
エミリアの後ろに、静かに、影が佇む────