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4章 第3話 戻れない日々

メディカルルームで、エミリアはコーヒーを飲みながらコンピュータに向かっている。


「こんな、複雑な人工知能は見た事ないわ……」


複数の記憶と絡み合うプログラムに、そう独り言を呟きながら更に下へスクロールしてゆく。


あら?これは何かしら?──



アイの基幹プログラムの根本に、謎のシステムが紐付けされている。



これは、日出主任が設定したシステム?


──私のアクセス権では開けないわね……



エミリアは小さく息を吐くと、傍らに目を落とす。


そこには、ベッドでキスを待つように横たわる眠り姫。


アイが眠ってから、ひと月が経とうとしていた。



「……あんなに心配されて……あなた、幸せ者ね……」


小さくそう呟く。




「……私の王子様は、何処に居るのかしら」


そんな、自分に対する皮肉にため息が出る……



そしてまた画面に目を移すと、先ほど歳が抽出した記憶映像データのフォルダが目につく。



これ、こっそり見ても分からないわよね……



エミリアは、好奇心からその映像データを再生する。



──それは視点が定まらない動画だったが、音声からそれが“ある物“から見た映像だと分かる。



これはおそらく、このペンダントが記録したデータね……


そう思い、眠るアイの胸元を見る。


そこでは、青いペンダントが存在を主張するように光を反射する。



エミリアは、またモニターに目を戻し、続きを再生する──



愛らしい女の子と……これは……


ズー所長……?


ずいぶん若いわね……



所長と居るその女の子が娘のオリビアだと言う事は、すぐに理解した。


しばらくは、オリビアの少女時代の記録のようだ……。


エミリアは、その記録を少し眺めた後に動画を先へと進める。


オリビアのハイスクールの時代だろうか……。


いずれも印象に残るのは、彼女には周りに“人“がいないと言う事だ。



彼女は殆ど家から出る事なく、コンピュータに向かっているか、机に向かっている。


周りにいるのは、執事のアンドロイドばかり。



更に、動画を進める────



だいぶ、オリビアも女性らしくなってきた。



友人と思われる、アンドロイド達とのやり取りが微笑ましい。


エミリアの表情が綻ぶ。


「オリビアさん、この頃はとても可愛らしくていい顔してるわ……」


エミリアはそう呟く。



その時────



────コンコン



ノックが響く。



エミリアは慌てて画面を閉じて平静を装う。



ぬうっと、縮毛の頭が見える。



「え、エミリア主任……?」



リチャードが顔を出す。



「もう!……何か用?」


驚かされて不機嫌になるエミリア。



「い、いえ、ちょっと様子を見にきただけです…」


そう言って、リチャードはすごすごと部屋を出てゆく。


「あいつ……!」

大きく溜息を吐いて、彼の出て行ったドアを睨む。



気を取り直してまた画面を開く。


慌てて閉じたので、再生位置がかなり先まで送られてしまっていた。


しかし、そこに映ったものにエミリアは興味を惹かれる。


「これは……」


そこには少し若い歳と、青海藍が映し出されている。


「日出主任と藍さん……何で……」



エミリアは再生ボタンを押す。



当時の様子が、ドラマのように映し出される。



もう、二度とない光景。



こんなの……日出主任がみたら泣きそうね……



そう思いながらエミリアは画面を見つめる。



彼女の切れ長の眼鏡に、映像の光が反射する。



最初の二人の出会い……


空港で、迷子の歳を出迎える藍。

ぎこちない二人のやりとりに、初々しさを感じる。


やがて始まる、奇妙な共同生活。


危機感の薄い歳を、苦笑いしながら護衛する藍。

しかし、時折みせる彼女の顔は、何処か幼さを感じさせ、歳の事を何処か、父親の様に慕っている様子は心に迫るものがある。


夕焼けの、海辺でのデート。


青い水面に溶ける夕陽。それは藍の頬を照らし、紅く染める。美しいと呟く歳に、不思議そうな顔で彼女は、はにかむ。

やがて、二人の距離は、体温が感じられる程近づく。


海辺のレストランでの食事。


暗い夜の海に、灯台の光が灯る。目の前の藍の瞳は、熱を帯びている様に見える。他愛のない話で笑い合う二人……誰もいない様な静かなレストランで、二人の顔が近づく……ペンダントがテーブルのグラスにコツンと当たる。


やがて二人は、ラボのソファで愛を語り合う。


「やだ……ここはさすがに……」


そう呟いて、エミリアは急いで画面を飛ばす。



そこから先、歳の日常の仕事風景や二人のやり取りを飛ばしながら見ていく。


時折、画面にオリビアの姿が映る。


あら、私も……


そんな何気ない日常風景が続いた後、雰囲気が変わる。


藍に、軍から命令が下達されたのだ。


狼狽える歳に、強い瞳で任務だからと答える藍。


二人の、最後の夜……



任務前夜、歳から藍へ、お守りだとペンダントが手渡される。


重なり合う身体……



受け取った時は気丈に振る舞っていた藍も、部屋に戻り、ひとりになると、静かに泣いていた……



任務出立……ペンダントはおそらく、胸元の服の中なのだろう……画面は真っ暗で何も見えないが、音声だけが記録されている。



車の、エンジン音……


叫ぶ様な、声……


轟く、爆音……


藍の、鬼気迫る声……


激しい、銃撃音……



──やがて訪れる、静寂……




画像が映る──空は、曇天……




藍の、掌──




それは、血に染まっている──



声を振り絞り──



最期の想いを、このペンダントに込める──



Sir、愛していると……



やがて、雨が降りだす──



映像は、静止画のように静かに、ただ血濡れた手と、雲に覆われた空を映す──



……映像を見るエミリアの頬に、涙が伝う……






────その時……!



「え?……これは……!」


エミリアは、その映像を見て言葉を失う──




───────



────メディカルルームの扉が、音もなく開く……



エミリアの後ろに、静かに、影が佇む────


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