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4章 第5話 クロノスコンクラーベ(後編)

あの夏はとても暑かったのを覚えてる──



エンジニアを目指す人なら誰もが憧れる舞台、



『クロノスコンクラーベ』



その舞台に私が作ったAIが選ばれるなんて思ってもみなかった……




でもそれより、あの人……歳さんと一緒に居られる事が何よりも嬉しかった──






「オリビア?大丈夫?」


ペンダントのアイが私を気づかってそう話しかけてくれた。


私は彼女の心に触れるようにそっと握る。



「うん、少し、大丈夫」



私はアイが心配するから、無理してそう答えた。



私は不安になると胸元のペンダントに触れる癖がある。


前に歳さんにそう指摘された。



彼は私が関心するくらい私の事を見ていてくれる……



でも肝心の私の気持ちには鈍感なんだ……



──ラウンジの扉が開き、歳さんが戻って来た。



「顔色が悪いね?大丈夫?」



彼は私の顔を覗き込みながらそう言う。




いつもの、少し低めの穏やかな声……。




彼と出会ってから私の人に対する気持ちは少し前向きになった。



人混みはまだ苦手だけれど、ある程度人と普通に話せるようになった……



それも全て彼のおかげ……



「無理に連れてきたみたいで、すまないね」



私の斜向かいに座り、そう話す初老のアンドロイドはアルバートシュタイン博士。



私達を陰から見守ってくれて、ウィッチとエデンの能力を見出してくれたのも博士だ。



「いえ、博士、あの子達を評価下さってありがとうございます」


自分が過去に作ったふたりが、尊敬するシュタイン博士に評価された事はこの上ない光栄だが、内心は不安で仕方ない。


何故なら、ふたりのセーフティプログラムは、私が作った偽物だから……。


博士が、出立前にプログラムをチェックして大丈夫だと言ってくれたから、今はそれを信じている。



「博士、僕は何をすれば良いのですか?」



歳さんが博士に、そう尋ねる。



「君はただ、隣で見ていてくれれば良い」



博士がそう応えると、彼は少し残念そうな顔をして



「それでは、僕はただのおまけの案山子みたいなものですね」



そう言って自虐的に比喩する。



でも、そんなあなたは私にとっては居なくてはならない存在。



あなたが案山子なら、私はきっと勇気の無いライオン……



人は私を、皮肉を込めて『オズ』と呼ぶけど、



この思いを伝えるための勇気は誰から貰えば良いのだろう……



彼の横顔を見つめながら、ため息しか出ない自分の口を恨む──



やがて飛行機は、目的地の空港へと無事、着陸した。



大きな自動タラップが静かに連結されて、ハッチが開く。


外から熱い空気と、湿った風が機内に流れて込む。



一歩外に出ると、強い日差しが肌を刺す。



自動タラップでゆっくりと降下してゆくと、到着ロビー内にたくさんの人が見える。



「あれは皆、参加者ですか?」


歳が、博士に尋ねる。


博士はそうだと言い、自分の手荷物に気をつけるよう私たちに注意する。


ここは安全なカレッジでは無く、コンクラーベとは、国家の元首を決める為の行事であるともおっしゃっていた。


私はその言葉に不安になり、右手でアイをそっと握る。



すると、私の左手に、温かい感触を感じる。



目線を下に向けると、前に立つ彼が、そっと私の手を握っていた。



彼はいつもさりげなく、私の心に寄り添ってくれる……。




でも、そこに何の下心も無い事が、




私にとって最大の悩みでもある……。





下に着くと、博士の言う通り、ロビーの警備は厳重で、小銃を持って並んだ警備アンドロイドがコンクラーベ参加者を監視していた。



警備を横目に、動く連絡路を進み、手荷物受け取り場に着くと、ウィッチとエデンが何やら揉めている。



「だから、我の銃はどこだと聞いてる」


「そんなの、持ち込める訳ないでしょ……置いてきたわよ」



そのやり取りを見ると、おなかが痛くなる。



手荷物を受け取り、皆で外に出るとそこには長蛇の列が出来ていた。


コンクラーベ参加者が乗るバスの行列のようだ。


私は行列を横目に、父の待つハイヤー乗り場に向かう。



乗り場の先頭で一際目立つ黒塗りのリムジン。



その隣に立つ黒髪の女性──父の側近のアンドロイドの『オズ』だ。



彼女は、こちらが見えているのに近づいて来たりはせずに、こちらを見据えて佇んでいる。


「お迎えありがとう、オズ」


私がそう声を掛けるとようやく軽く会釈をして、

「お待ちしておりました」と口を開く。


リムジンのスライドドアが開き、中から整ったスーツを着た父が降りて来る。


「オリビア、元気だったかい?」


父は私を見つけると微笑んで優しいハグをする。


久しぶりに会った父は昔と変わらず薬品の匂いがした。


「やあ、ドュアリス君、久しぶりだね」


博士がそう言って父に握手を求める。


「お久しぶりです、ドクター。お元気そうで何よりです」


そう言って、手を握る父と博士の間には、何か深い絆のようなものがあるように感じた。


私は父に歳さんを紹介する。



私の……友達だと。



歳さんが軽く頭を下げて、初めましてと挨拶をすると、父は笑顔で彼と握手をして、皆を車内にエスコートする。


乗り込む時エデンが意味ありげに私を見て微笑む。


私はその笑みの理由に少しむっとする。



ウィッチもずけずけと私より先に車に乗り込んでゆく。


最後にひとり、残された私に、歳さんが笑顔で手を差し伸べてくれた。


私は喜んで彼の温もりを受け取る。


皆が乗り込んだ事を確認して、オズが静かに自動ドアを閉めると、長いリムジンはゆっくりと動き出す。


父と博士、それと歳さんの三人は、人工知能のこれからについて議論している。


私もそこに参加するべきだと思いながらも、頭に何も入ってこない。


夏の暑さのせいなのか、私の隣の彼のせいなのか……


傍目に外を見ながら楽しそうにしている魔女達が羨ましい。



窓の外に目を移すと、異国の街はお祭り騒ぎだ。



四年に一度の元首を決めるイベントだ、無理もない。



私は窓に映る彼の横顔を見つめながら、また、ため息を吐く。


「間も無くです」


不意にオズがそう告げた。


フロントガラスの先に、大きなコロシアムのような施設が見えてくる。


施設に近づくと、外から多くのバスが停車しているのが見える。


リムジンは、入り口ゲートの案内ロボットにVIP駐車場に案内される。


私も知らされてなかったけど、オズは前回のコンクラーベで優秀な成績を残したらしい。


それを聞いて、何故か少し悔しい気持ちが湧いてる。


私の作ったこの子達だって負けていないと言う気持ちの表れだろうか?



しかし、そんな些細な思いなど、会場の凄まじい熱気にすぐさまに飲み込まれる。



世界中から集められた選りすぐりの人工知能達。



メディアでよく見るエンジニア達。



ここが世界の頂点なのだと思い知らされる。



私はまた不安に駆られ胸元に手を置く。



「大丈夫よ、オリビア」



胸元のアイがそう慰めてくれる。



父が、奥のブースでセーフティチェックを受けるように促し、皆それに従い列に並ぶ。



私が、ウィッチとエデンを伴って列に並んでいると、後ろに居た男性が私に声を掛けてくる。



「君、オリビア・ズーじゃない?」



私が戸惑っていると



「やっぱりそうだ、こいつ、不正でランキング上位にいるオリビアだよ!」



そう言って私を非難してくる。



周りの視線が私に集まる。



私は何の事か分からずパニックになり、嫌な思い出と共に涙が溢れてくる。



すると……



「おい、貴様……


Motherになんだ、その口の聞き方は……」


ウィッチがその男の胸ぐらを掴む。


「あなた……消すわよ……」


男の耳元でエデンが囁く。



男は青くなり、その場に尻餅をつくと、慌てて会場の奥へと逃げて行った。



「ちっ……なんだ、あのクズは」


「口が悪いわよ、ウィッチ」



そう言って、私の前後を守るように立つふたり。


ふたりの気迫に、周囲も何も無かったかのように前を向く。



私は二人がとても頼もしく、また愛おしく思えた。



「ありがとう、ふたりとも」



素直にそう言って感謝を伝えた。



「YES、My Mother、あなたの安全は我らが護ります」


「そうよ、オリビア、私たちはあなたの味方」



……私は思い出した。



昔、この子達でベンチマークスコアを荒らしていた事を……。


逃げて行ったあの人に、少し申し訳ない気持ちになる。



チェックも無事に通過して、私達は明日からの本戦に備えて、ホテルに泊まる。

お城のように巨大な、タワーホテルだ。



部屋に入ってから、ウィッチとエデンをコンピュータに繋いで調整する。



「明日はよろしくね、ふたりとも……」



そう言うと、ふたりとも嬉しそうな顔をして黙って私の調整を受けている。



その時、



──重い、ノックの音がする。



「私だ、少し話がある。いいかね?」



博士の声だ。



私は彼女らに待つように言って扉を開ける。



扉の外には博士が神妙な面持ちでひとり、立っていた。



私は部屋に入るように促すと、博士はゆっくりと部屋の奥へ進み、私にこう告げた。



「君の父の過去の事だ」




私は扉を閉めて博士の前に立つと彼は続けてこう言った。




重い話になるが君に話さなくてはならない、と──




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