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5章 第2話 青海藍①

私はあの日、死んだ。



何も残さず、誰に看取られる事もなく。



でも後悔はない。



私は私の正義に従って生きて死ぬんだから。



ひとつだけ、後悔があるとしたら、あの人に最期の言葉を伝えられなかった事……







───ねぇ!お父さん!


「今週の日曜日、釣りに連れてくって約束したよね!」


「ああ?そうだったか?すまん、忘れてた」



「もう!楽しみにしてたのに!」



「ははっ!また来週連れてくさ、約束する!」



「本当に?また忘れるんじゃないの?」



「約束するさ、必ずだ。じゃあ行って来る。

帰りは一週間後だ」



「演習大変ね、身体に気をつけてね」



「ああ、いつもの事だ。お前にも心配かけるな」



「こちらこそ何時もの事よ」



「藍をよろしく頼む」



「ええ……」



「藍もお母さんに心配かけるなよ」



「お父さんに言われたくないわ」



「ははっ!違いない!」



──

─────


「青海君、ちょっといいかな?」



「はい、何でしょうか、長谷川大隊長」



「こんな時に言うのも何なんだが、来月からK国の国境警備に君の中隊に付いて貰いたいんだ」



「来月ですか?勿論、責任を持って任務に当たらせて貰いますが、随分急ですね」


「ああ、どうも変な任務なんだ。また例のAIのせいかな」



「ああ、最近導入した師団統括AIですか……」



「うむ、私はどうも人工知能に頼るのは好かない」



「私もです、大隊長……しかし、任務の件は承知致しました。正式に隊員達には下達いたします」



「頼むよ、青海中隊長」



────


──


「来月からK国に出向く事になった」



「何でまた!急に……」



「すまない……三ヶ月程の警備任務だ。何もなければすぐに戻る」



「でもK国はこの間もテロがあった辺りじゃない?」



「そうだな……安全では無いかも知れない」



「そう……私もある程度は覚悟してたわ……辞めるわけには行かないのよね?」



「そうだな……自分が逃げても他の誰かが代わりになるだけだ」



「藍には何て?」



「適当に言いくるめてくれ、頼む」



「明日の釣り、あの子楽しみにしてたわ」



「ああ、そうだな、朝も早い、もう寝るか」



────



「お父さん、何か釣れた?」



「いいや、何も」



「ねぇ……来月から何処行くの?」



「何だ聞いてたのか」




「危ない所なの?」



「まぁな」




「ねぇ、お父さん……帰ったら私に射撃教えてよ」




「はぁ?何で?」




「私も軍隊入る」




「馬鹿か?遊びじゃ無いんだぞ?」



「分かってるよ。でもお父さんみたいになりたいのよ、私は」



「ふっ、変な奴だな……ほれ、お前の竿、引いてるぞ?」




────


──



「青海少佐は、K国での任務中に……亡くなりました……」




「嘘……」



「お母さんどうしたの?」



「お父さん……死んだって……」



「え……?嘘……うそよね?だって……帰ったら射撃教えてくれるって……」



「青海少佐は部下を逃す為に最後まで盾となって勇敢に戦いました……

それはとても偉大な……最期でした……」



「そんな……いやよ……お父さん……」



「つきましては、奥様、ご遺族の方のお心を支援する目的で少佐の記憶を使用したAIをご用意する事が出来ますが、いかがいたしますか?」



「記憶を使ったAI?」



「はい、殉職された方に用意されたプログラムです」


「もし不要でしたらそのままご遺体をお渡しする事も可能ですが……」



「……主人にもう一度会えるなら……是非」




─────


───




「やあ、藍、こんな形でも家に帰れて俺は嬉しいよ。また釣りに行く事は出来なくなっちまった、すまんな」




「……馬鹿……


お帰りなさい……お父さん……」



「ただいま……藍」


───────


──


「藍?何処に行くんだ?」



「射撃の練習よ」



「本当に軍隊に入るつもりか?お前が思ってる程良いもんじゃ無いぞ?」



「いいのよ。私が決めたんだから」




「そうか……まぁ、頑張るんだな……」




「ねぇ、お父さん……お父さんは……AI……何だよね?」




「ああ、そうだ。記憶のデータを使ってそれらしく話してるだけだ」




「そっか……何か本物みたいで、調子狂うな」




「本物さ。俺の中に残ってるお前らの笑顔がその証拠だ」



「そっか……よく分からないけど、こうしてあなたと……お父さんといれたおかげで、私は寂しくないよ」



「そうか……なら……良かった」



「じゃあ行って来るね!」



「ああ、気をつけて」



──────


───



「藍……本当に受けるのか……?」



「うん!軍士官学校は私の夢だったから」



「ならもう、俺は何も言わない。やれるだけやれ!……藍」



「勿論……!そのつもりよ、お父さん……」














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