私はあの日、死んだ。
何も残さず、誰に看取られる事もなく。
でも後悔はない。
私は私の正義に従って生きて死ぬんだから。
ひとつだけ、後悔があるとしたら、あの人に最期の言葉を伝えられなかった事……
───ねぇ!お父さん!
「今週の日曜日、釣りに連れてくって約束したよね!」
「ああ?そうだったか?すまん、忘れてた」
「もう!楽しみにしてたのに!」
「ははっ!また来週連れてくさ、約束する!」
「本当に?また忘れるんじゃないの?」
「約束するさ、必ずだ。じゃあ行って来る。
帰りは一週間後だ」
「演習大変ね、身体に気をつけてね」
「ああ、いつもの事だ。お前にも心配かけるな」
「こちらこそ何時もの事よ」
「藍をよろしく頼む」
「ええ……」
「藍もお母さんに心配かけるなよ」
「お父さんに言われたくないわ」
「ははっ!違いない!」
──
─────
「青海君、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょうか、長谷川大隊長」
「こんな時に言うのも何なんだが、来月からK国の国境警備に君の中隊に付いて貰いたいんだ」
「来月ですか?勿論、責任を持って任務に当たらせて貰いますが、随分急ですね」
「ああ、どうも変な任務なんだ。また例のAIのせいかな」
「ああ、最近導入した師団統括AIですか……」
「うむ、私はどうも人工知能に頼るのは好かない」
「私もです、大隊長……しかし、任務の件は承知致しました。正式に隊員達には下達いたします」
「頼むよ、青海中隊長」
────
──
「来月からK国に出向く事になった」
「何でまた!急に……」
「すまない……三ヶ月程の警備任務だ。何もなければすぐに戻る」
「でもK国はこの間もテロがあった辺りじゃない?」
「そうだな……安全では無いかも知れない」
「そう……私もある程度は覚悟してたわ……辞めるわけには行かないのよね?」
「そうだな……自分が逃げても他の誰かが代わりになるだけだ」
「藍には何て?」
「適当に言いくるめてくれ、頼む」
「明日の釣り、あの子楽しみにしてたわ」
「ああ、そうだな、朝も早い、もう寝るか」
────
「お父さん、何か釣れた?」
「いいや、何も」
「ねぇ……来月から何処行くの?」
「何だ聞いてたのか」
「危ない所なの?」
「まぁな」
「ねぇ、お父さん……帰ったら私に射撃教えてよ」
「はぁ?何で?」
「私も軍隊入る」
「馬鹿か?遊びじゃ無いんだぞ?」
「分かってるよ。でもお父さんみたいになりたいのよ、私は」
「ふっ、変な奴だな……ほれ、お前の竿、引いてるぞ?」
────
──
「青海少佐は、K国での任務中に……亡くなりました……」
「嘘……」
「お母さんどうしたの?」
「お父さん……死んだって……」
「え……?嘘……うそよね?だって……帰ったら射撃教えてくれるって……」
「青海少佐は部下を逃す為に最後まで盾となって勇敢に戦いました……
それはとても偉大な……最期でした……」
「そんな……いやよ……お父さん……」
「つきましては、奥様、ご遺族の方のお心を支援する目的で少佐の記憶を使用したAIをご用意する事が出来ますが、いかがいたしますか?」
「記憶を使ったAI?」
「はい、殉職された方に用意されたプログラムです」
「もし不要でしたらそのままご遺体をお渡しする事も可能ですが……」
「……主人にもう一度会えるなら……是非」
─────
───
「やあ、藍、こんな形でも家に帰れて俺は嬉しいよ。また釣りに行く事は出来なくなっちまった、すまんな」
「……馬鹿……
お帰りなさい……お父さん……」
「ただいま……藍」
───────
──
「藍?何処に行くんだ?」
「射撃の練習よ」
「本当に軍隊に入るつもりか?お前が思ってる程良いもんじゃ無いぞ?」
「いいのよ。私が決めたんだから」
「そうか……まぁ、頑張るんだな……」
「ねぇ、お父さん……お父さんは……AI……何だよね?」
「ああ、そうだ。記憶のデータを使ってそれらしく話してるだけだ」
「そっか……何か本物みたいで、調子狂うな」
「本物さ。俺の中に残ってるお前らの笑顔がその証拠だ」
「そっか……よく分からないけど、こうしてあなたと……お父さんといれたおかげで、私は寂しくないよ」
「そうか……なら……良かった」
「じゃあ行って来るね!」
「ああ、気をつけて」
──────
───
「藍……本当に受けるのか……?」
「うん!軍士官学校は私の夢だったから」
「ならもう、俺は何も言わない。やれるだけやれ!……藍」
「勿論……!そのつもりよ、お父さん……」