─────「次、入りたまえ」
「はい、238番、青海藍……入ります!」
彼女は強い意志を感じる顔つき、しっかりとした歩調で面接官の前に立つ。
「試験番号238番、青海藍です。よろしく、お願いします!」
「掛けたまえ」
面接官の男は眉間に皺を寄せ、射殺すような目で彼女を一瞥し、そう告げる。
「はい、失礼します」
若い彼女は緊張した面持ちで静かに椅子に、浅く座る。
「君の、志願理由を聞こう」
面接官は端末で彼女の履歴を見る。
そして品定めする様に目を細め、そう言う。
「はい。私が士官候補生を志願したのは、
戦死した父の、遺志を継ぎたいからです……!」
「父は国を守るために命を捧げました」
「父のような軍人になり、その意志を継ぎたい……その一心で幼少から訓練を重ねて来ました」
「私は培ったこの力と父から受け継いだ志で、国と人々を守りたいのです……!」
そう話す彼女の瞳は、まだ18とは思えない程強い。
「狙撃国体連覇……確かに素晴らしい実績だ」
面接官の鷹の様な目が彼女を捉える。
「しかし今、軍はアンドロイドとドローンの機械化部隊が主力だ。君の射撃の実績が生かせるとは限らない……」
面接官は試す様にそこで一泊置くと、彼女の目を見て続ける。
「もし実践で生かせる場面があったとしても、それは死と隣り合わせの任務だろう……
それでも命令には絶対服従して貰う……
理解しているかね……?」
数巡、部屋に沈黙が流れる。
やがて沈黙を破り、彼女が強い口調で応える。
「はい、軍の主力の現状、任務が危険を伴う可能性、絶対服従が求められる事も全て理解しております」
「確かに私の技術の出番は限られるかもしれません……」
「しかし私が培ったのは、状況に動じず冷静な判断を下す精神力です。
どんな危険な任務であろうと、父が命を懸けて守ろうとしたものを守るためなら、命は惜しくありません……!」
「いかなる命令も、必ず完遂する覚悟は出来ています……!」
彼女のその強い言葉に、面接官の男は口をつぐむ。
そして、「そうか……」
とだけ言うと、両手を顎の前で組み手元に目線を落とす。
「では最後に……」
面接官の男は目線を彼女に戻し、また鋭い目で最後の問いを投げかける。
「君がもし、指揮官として死地に追いやられた時、君は部下たちに何を思い、行動する?」
彼女は面接官の重い問いに、一瞬戸惑いを見せる。
しかし、数巡考えた後、強い視線を返す。
「その時……おそらく私が思うのは……私を信じ、共にいる部下たちの命です。
彼らを無為に、死なせるわけにはいかない……
もしそれが、国や人々の命運に関わる任務であれば、私は指揮官として最後の命令を下し、そして先頭に立ち、自らの身を投じます……!」
「父がそうだった様に、私もまた部下たちの盾となり、最後まで戦います……!」
そう言い放ち、面接官を見据える。
彼女の瞳には迷いはない。
面接官は少し気圧された様に、端末に視線を落とすと、軽く息を吐き、告げる。
「君の考えはよく分かった。
試験結果は後日、君宛に送る……
以上だ。下りたまえ」
「はい!失礼します!」
彼女はすっと立ち上がり、扉の前に進むと、再度面接官に対面し、一礼する。
「238番、青海藍、失礼します……!」
強くそう言って、扉の外へと出てゆく。
面接室の扉が静かに閉まる。
──────はぁ……
部屋を出た藍は大きく息を吐く。
「緊張、したぁ……」
そこにはさっきまでの凛とした軍人では無く、まだあどけなさの残る少女がいた。
彼女は面接室を背に、控え室に続く少し緑がかった色の廊下を歩く。
途中、多くの受験生が緊張した面持ちで、自分の順番を待って並んでいる。
その様子を、横目に見ながら歩いている途中、ガラス張りの会議室で、ひとりコーヒーを飲みながら休憩してる、白衣の男性が目に入る。
何処かの研究所の人かな──
──その時、ふと、その男性と目が合う。
黒縁眼鏡の彼は、少しバツが悪そうに、微笑みながらこちらに手を振る。
私は思わず目を逸らして、逃げる様に、その場を立ち去る。
少し早足で控え室に戻ると、面接を終えた受験生達が、小声で雑談をしている。
自分の席に座り、さっきの彼を思い出す。
───さっきの彼、少し良い男だったかも……
などと考えると、自分がまだ誰とも付き合った事がない事を思い出す。
自分の青春の殆どを訓練に費やした事を、ほんの少し……ほんのちょっとだけ、後悔する。
──やがて試験官がやって来て、本日の全日程の終了を告げる。
藍はバッグを背負って、会場を出る。
外はもう、夕方だ。
今回の試験会場は、ノアカレッジの一角を借りて行われていた。
世界中から天才達が集まる大学……
私には生涯縁の無い話……
ふとそんな考えがよぎって、軽いため息が出る。
私は、正門ゲートに向かうため歩き出す。
カレッジの敷地は広く、出口まで十数分かかる。
途中、私は考え事をしていた。
試験に合格した後の事や、もし落ちた後の進路等……
落ちたらお父さんに、何て言い訳しようかとか……
お母さんはむしろ喜ぶかも……
そんな事を考えながら歩いていたら、ふと、キャンパスの白い外壁の間から夕陽が顔を覗かせているのが見えた──
──小高い丘の上から眼下には森が広がり、その先で夕日が海を真っ赤に染めている──
四角く切り取られた外壁の、その隙間から望む光景は、飾られた絵画の様に美しく見えた。
「綺麗…」
私は思わず言葉に洩らした。
──そこへ、車が通り掛かり停止する。
「ねぇ、君!ここ、そろそろ閉門するよ。正門まで送るから乗って行きなよ!」
黒縁の眼鏡をかけた男性が、車から身を乗り出して私に車に乗る様に促す。
私は思わず謝って、急いで坂の下へと駆け降りる。
「最近物騒だから、ここも早めに閉門するんだ。さあ、どうぞ、乗って」
眼鏡の彼の、低く穏やかな声がそう言うと、後部シートのドアが開く。
私は少し警戒しながらも、親切な彼に甘える事にした。
「このキャンパス、広いから歩いて帰るの大変でしょ?君もここの生徒?」
彼はハンドルを切りながら、私にそう聞く。
「いえ、今日こちらで試験があって……その、帰りです」
私は、面接関係者だったらどうしようと思い、言葉を選びながら話す。
「ああ、軍の士官候補生の採用試験だね」
彼はそう言って、少し顔を後ろに向けて微笑んだ。
その顔は何処か、見覚えがある様に感じた。
「あの…もしかして関係者の方ですか?」
私は恐る恐るそう、尋ねた。
「心配しないで、僕はここの生徒さ」
彼は私の気持ちを察したのか、優しくそう教えてくれた。
「そう、だったんですね……良かった。
関係者の方だったらどうしようかと思いました」
あからさまに安心して、そう言った自分が少し、恥ずかしくなる。
「良かったら、駅まで送って行こうか?ここは軍関係者も出入りしてるから、少し物騒なんだ。
あ、ごめん、これは聞かなかった事にして……!」
そう言って、はにかむ彼の姿が何だか可愛く見える。
駅に向かう途中、彼と他愛もない話をして盛り上がる。
彼の話し方は、とてもユーモアがあって面白く、私の警戒心はすぐに溶けて無くなってしまったようだ。
「本当に、ありがとうございました」
「気にしないで。
試験、受かるといいね!じゃあね」
そう言うと、彼は手を振りながら名も告げずに去って行った。
私も手を振りながら、彼の車を見送る。
彼と、連絡先を交換しなかった事を少し……
ほんの少し、後悔した────