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5章 第2話 青海藍④

────三日前


「青海少尉、これが今回の任務のデータだ」


「Yes、Sir。脳科学者、日出歳氏の護送ですね」


「そうだ。C国空港で彼をピックアップし、K国の空港までチャーター機で随伴、そこから車でアークノア島にある『アーカーシャ記憶工学研究所』まで彼を移送する事が任務だ」



「C国……あそこは“コードレッド“地域。彼にとって危険な場所ですね」



「私もそう思う。しかし本人が迂回路を嫌がるのでね……安全意識は低い人物のようだ」



「了解しました……銃の携行は……?」



「無しだ。万一の時、相手国に外交の弱みを握らせる訳には行かない」



「そう、ですか……了解です、Sir」



「それと、青海少尉」



「はい、何でしょうか?」



「彼は、かなりの変わり者らしい。くれぐれも、気を許さないように」



「変わり者、ですか……?」



「ああ、これは噂なんだが……彼は人とAIの“愛“について研究しているらしい」



「人とAIの……」



「“人の記憶と人工知能の融合“の論文著者、という情報もある。油断して脳を抜き取られないよう、気をつける事だな」



「Sir、それは冗談ですか……?」



「ふっ、半分な。研究者という人種は何を考えているか分からないと言う事だ」



「はい、肝に銘じます」────






────「はあ……」


青海藍は先日、上官に言われた事を思い出し、大きくため息を吐く。



周りに軍人と悟られないよう、白のスーツを着用して、コンプレックスである大きめの胸はコルセットで、きつく締め上げた。



鍛え上げられたその身体はスーツによくフィットして美しいシルエットを作り出す。



空港ロビーにターゲット搭乗機の到着アナウンスが流れる。


機内から乗客達がぞろぞろとエスカレーターで降りてくる。



ターゲットは自分の事を軍からの護衛としか聞いていない筈。


私が見落とす訳にはいかない……



そう思い、藍は注意深く流れ来る乗客達の顔を観察していた。



どうしよう……見当たらない……



彼女がそう思ったその時、



「ねえ、君」



突然後ろから声をかけられる。



「ひっ!」



思わぬ機先を制され、変な声が出てしまう。



「ごめん、驚かせるつもりは無かったんだ。


もしかして君、軍から僕の護衛を任された人かな?」



そう言う、彼の身なりは確かにデータにあった物と酷似していた。しかし写真とは違い、多めの髭を生やしていたため見逃してしまったらしい……


よく見ると、写真の通り黒縁の眼鏡に、整った優しそうな顔立ちが見て取れる。



私は念の為、身分確認をしようと彼に尋ねる。



「あの……失礼ですが、身分証を拝見しても宜しいですか?」



そう言うと彼は、疑う素振りも見せず、胸ポケットから古びたパスケースを取り出す。


その時、触れた胸元の青いペンダントが、ゆらゆらと揺れて淡く光った。



「確かに、日出歳様で間違いないですね。失礼しました……私は今回、あなたの護衛を任された青海藍少尉です」


そう言って、歳にパスケースを返すと、彼は安心した様に微笑み、胸元にそれを戻す。



「青海少尉だね。うん、依頼主から聞いてる。道中、よろしく頼むよ」



低く落ち着いた声でそう言うと、眼鏡の奥から私の顔をじっと見つめてくる。



「うっ……わ、私の顔に何かついてますか……?」




見透かす様な彼の視線に声がうわずってしまい、無意識に視線を逸らす。



「いいや、前に何処かで会ったような気がしただけさ。気を悪くしないで」



……少しだけ、どきどきしちゃったじゃない……



私は心の中でそう呟きながら、自分の記憶の片隅にも引っ掛かる何かを感じる。


視線を戻すと、彼はまだじっと私の事を見ていた。



「あの……何か?」



「いや、君、凄く目立つ格好だと思ってさ」


そう言われ、周りを見ると、確かに真っ白なスーツは空港でとても目立っていた。



何だか急に、恥ずかしくなる。



「大丈夫……?顔、赤いけど……」



少しデリカシーの無い彼の言葉にイラッとするが、任務だと割り切って、ぎこちない笑顔を作る。



「何でも……ないです!」



そう言って彼に背を向け歩き出す。


「ねぇ、待ってくれよ」


軽く後ろを振り向くと、彼はどこか申し訳無さそうな顔で私の後を追いかけて来る。



ふいっと前に向き直り、少し歩いた所で私は冷静になる。


初対面の相手、しかも任務中にこんなつまらない事で大人げ無い態度をとったりして……


今日の私、どうかしてる……



「あの……さっきは……」



謝ろうとして振り返ると、───彼が、居ない!


「嘘……!?」


慌てて辺りを見渡す──!



辺りは人混み。



心臓が跳ね、冷や汗が流れる。



私は耳目に神経を集中する……。



微かに聞こえる、声──!



急いで道を戻り、狭い路地を見通すと、



奥に今、閉まろうとしている非常扉が見えた。



直感で分かる。


「あそこ!」


──全力で駆ける!


扉を蹴り開け、階下を見渡す。



階下に顔を麻袋で覆われた彼を抱えた男達が走り去るのが見える。



彼は激しくもがいている。



私は階段を段飛ばしで駆け降りると、



そのまま最後尾に飛び蹴りを浴びせる。



男達ふたりと彼が踊り場に雪崩落ちる。



麻袋が外れ、彼が顔を出す。



「クソが!」



立ち上がった男がそう叫び、ナイフを突き出す。


私は身を翻し、左手刀で受け流す。


そしてそのまま背中に全体重を乗せ、



地を蹴る────!!



男は物凄い勢いで階下に吹き飛ぶ。



それを見た、もうひとりの男は階段を転げ落ちるように逃げて行く。


吹き飛ばされた男も、背中を押さえながらその後に続き、逃げ去った。



私は周りを見渡し、安全を確認すると、急いで彼に近寄る。



「怪我はありませんか!?

ごめんなさい!……私が目を離した隙に……」



初任務でいきなりの失態。


自分の不甲斐なさに泣きたくなる。



しかし彼は怒るでもなく……



「……凄いね」



ただぼそっとそう呟いた。



私は何の事か分からず呆然としていた。



「ふふ、君の技、凄いね。ゲームのキャラクターみたいでかっこよかったよ。……ありがとう」


彼は、興奮気味に私を見つめ、微笑む。



遥か遠くで、輩達が逃げる足音が聞こえる。



「君こそ、怪我はない?」



そう言うと彼は、急に心配そうな顔になり、私の肩や腕をぽんぽんと大きな手のひらで優しく叩く。



「うん、凄く鍛えてあるね」



そう言いながら彼は、怪我の有無を確認するように、私の身体を遠慮なくぽんぽん触る。



部隊の同期なら殴り飛ばしているところだけど、何故か、彼に触れられるのは嫌な感じがしない。



彼のその真剣な顔と手つきに、いやらしさが感じられないからだろうか?


何か、昔の父を思い出す……



「ちょっと……触りすぎです……」



さすがに恥ずかしくなって私はそう、呟く。



「はは、そうだね……ごめんね」



そう言って笑う彼の顔は何故か、頼もしく見えた。



何だか、どっちが助けられた方か分からなくなって来た……



私はそう感じ、彼に薄く微笑んだ────








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