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5章 第3話 あの夜の決断(前編)

丘に冷たい風が吹く。



秋の夕暮れは早い。




世界の記憶を塗り替える。




博士の言葉が脳の奥に響き、



様々な記憶を呼び起こす。




プロジェクトスケアクロウ──




──僕の担いできた片棒。




何処かで分かっていた。




アイとのおかしな共同生活。




彼女の持つ記憶。




きっと偶然では無いそれも、




全てはプロジェクトの一部で、




僕はその歯車。




思わず口元に笑いが漏れる。




横目で博士が心配そうな顔をしているのが分かる。




僕は今、どんな顔でこの景色を見ているのだろう。




ふと、脳裏の片隅にそっと置かれた彼女の横顔に気づく。



記憶から離れつつあった彼女に申し訳なく思う。




「大丈夫かね、日出君?」




博士が心配そうに尋ねる。




「ショックだろう。その心中察するよ」




僕は少し鼻で笑い、ベンチに背を預ける。




「いえ、ドクター。最初から分かってました」




「このプロジェクトの事かい?それとも……」




「いえ……


でも、人の記憶を弄る研究の罪深さは理解していたつもりです」




「何故君は人の記憶にこだわる?」




「何故でしょうね。こんな事を言うのも何ですが、僕は人が好きじゃありません」



「それは意外だな」



僕はまた鼻で笑う。



「僕も彼と同じなんです。


僕も幼少期、AIに育てられました」



「君も……?」



「ええ、僕の親は放任主義でしたから……


でも、ドクターの話を聞いて納得です。


僕も望まれて生まれた訳ではなかった……」




僕は自分に言い聞かせるようにそう言い放つ。




「……生まれた理由は人、それぞれだ……」




彼もまた、何かに言い聞かせるようにそう呟いた。




「ええ、分かってます。僕は自分のして来た事を後悔はしていない」



「ただ……変えられた過去もあったのかと思う時はあります」





「……それは、オリビア君の事かね?」




「……ええ……」




日が暮れかけた二人だけの丘のベンチに、静かな沈黙が流れる──



僕の瞳に映る夕陽が、過去の夕焼け空と、そこに描かれた彼女達の記憶を呼び起こす。



僕はゆっくりと、冷めたコーヒーを口にする。




「日出君……」




博士が静かに僕を呼ぶ。




「何でしょう、ドクター……」





「コンクラーベ初日の夜の事……君にも話そうと思う」







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