「コンクラーベの夜……?」
僕は手に持ったコーヒーをベンチに置き、博士を向く。
彼は低く唸り、言い淀むように話し始める。
「君も覚えているだろう。あの日の事を」
「いえ、あなたほど記憶が鮮明では……」
「そうか……初日の予選が終わった夜に私は、オリビアの部屋を訪れた」
「そして、話したのだ。
彼女の父、ドュアリスのした事、これからしようと企む罪を」
僕は、当時の彼女を思い出す。
まだ幼さが残る、彼女の面影を。
そして、あの翌日から様子がおかしくなった彼女に納得した。
「オリビアは父親を尊敬していました……」
僕がそう言うと、博士は肩を竦ませ、静かに首を横に振った。
彼は、事実を告げる残酷さを分かっていながら、それでも伝える必要があったのだろう。
博士は静かにベンチから立ち上がると、僕に背を向けて立つ。
小さい身体の隙間から、太陽の光が漏れる。
「あの時、私が君達をコンクラーベに招待したのには、訳があった」
彼はそう言うと、ゆっくりと振り返る。
「奴の計画を遅らせる為に、オリビアの魔女達の力が必要だったのだ……」
彼は僕にそう、告げた。
コンクラーベ本戦は、オリビアの“二体の魔女“とドュアリスの“オズ“が他を圧倒していた。
結果、その三体の人工知能は、国の元首としての地位を得る事になるが、つまりは“そう言う事“だったのだろう。
「あなたが裏で糸を引いた。
そう言う、事ですね……」
僕が核心を突くと、博士は哀しそうに旧式の口角を少し上げる。
彼のガウンの裾が、風になびく。
「オリビアは元首に魔女達を仕込むため、父の下で研究員となる道を選んだ」
その言葉に胸の辺りが強く、痛む。
「だから彼女はあの時、僕にペンダントを渡して、
大学を去ったのですね……」
「君達の青春を傷つけた事は心から謝るよ……私の、人工的な心で恐縮だがね」
そう言って、博士が申し訳なさそうに左手を胸に当てると、旧式の関節がブリキの人形のように、軋む音を立てる……
「博士……あなた程の人が良かれと思ってした事を、僕が咎める権利はありません……しかし……」
「……何故今、僕にこの話を……?」
率直な疑問を、投げかける。
「もう、時間が無いからだ」
博士は、強い口調で言う。
「マスターオズの元首としての任期は、八年。
間も無くそれが、
────終わる」