HUDには複雑に入り組んだ等深線が映る。
まだおぼつかない手つきで握られる操縦桿。
芽衣は潜水艇の機器の煩雑さに悪戦苦闘していた。
「進路から逸脱した。良かったな、シミュレータじゃ無ければ今頃魚の餌だ」
ウィッチが意地悪そうに言う。
「そんな事言わないで手伝ってよ」
「それじゃあ訓練の意味がないだろう?」
芽衣は厳しい母親のようなウィッチの態度に少し苛立ちながらも、航行ラインへの復帰を試みる。
操作を思い出すようにバラスト調整ノブに手を伸ばす。
「えーと、前方バラスト排水……」
「排水量に気をつけろ!」
ウィッチが強い言葉で釘を刺す。
操作ミスは死に直結する。
シミュレータだろうと甘えは許されない。
芽衣は少し泣きそうになりながら指示に従う。
「フロントトリム排水……自動姿勢制御オン、航行ラインに復帰」
「よし、そのまま速度5ノット維持。ヨー軸右5°」
「了解、です……」
「いいぞ、芽衣。上出来だ」
シミュレータの船体位置が目標地点に重なる。
「目標地点に到達、芽衣、アクティブソナー発射!」
「了解、アクティブソナーPING発射!」
エコーロケーションの結果がモニター上に映像として表示され、シミュレータ画面にMission Overの文字が出る。
「よし、まあまあ及第点だ。
シミュレータ訓練はここまでにしよう」
そう言ってウィッチは芽衣の肩を叩く。
芽衣は頭からHUDを外し、恨めしげにウィッチをにらむ。
「こんなの、ひとりで無理だよ」
「無理でもやるしかない。この艇はひとり乗りだからな」
「ウィッチは一緒に載ってくれないの?」
縋るように上目遣いで見つめる芽衣にウィッチは薄く笑いながら言う。
「安心しろ、実際の艇はAIアシスタントがお前を補助をする。今はあくまで、全ての操作を覚えるための訓練だ」
「分かってるよ……でもあんなにきつく言わなくてもいいでしょ」
芽衣の言葉に、ウィッチは少し考えるように俯いてから、部屋の壁際へ進む。
そして壁に掛けられた銀色のドッグタグを手に取ると芽衣の目の前にそれをかざす。
「お前が来る前に乗艇していた者だ」
その言葉に芽衣の瞳が微かに揺れる。
「訓練中、軍の仕掛けたEMP機雷にかかり、海底に独り取り残された。お前より少し年上の男子だったか」
ウィッチの言葉は重く室内に響いた。
「潜水艇乗りの最期は、いつも孤独だ」
「わたしも……」
「そう、ならないための訓練だ」
ウィッチはそう言うと、タグを静かに壁に掛ける。
芽衣が彼女の指先を追うと、そこには他にも幾つかのタグが掛けられていた。
芽衣はふと、その先の空いた掛け金を見つめた。
「ついてこい」
ウィッチはそう言って扉を開けると、静かに外へ出てゆく。
「ウィッチ、待って!」
手に持ったHUDをフックに掛け、慌ててウィッチの後を追う。
「ねぇ、どこに行くの?」
「行けば分かる。芽衣、何故お前にドロシーゲイルというコードネームを与えたか分かるか?」
「え?全然分からないけど、ドロシーと同じ女の子だから?」
「外れだ。お前のその特殊な聴力がこの物語を終わらせる鍵になりそうな気がしたからだ」
「私の耳が?どういう事?」
「ほら、見えてきたぞ」
長い通路の奥からは潮の香りが漂ってくる。
長い廊下を抜けると開けた空間に出る。
そこはメンテナンスドックで、多くの艦船が威容を示していた。
その中で一際目を引くのが鮫のように海面から突き出した鈍く光る真紅。
シャーク顔の塗装がこちらを威嚇するように睨む。
「見ろ、あれがお前の乗る艇、
小型潜水艇──『グリンダ』だ」