ウィッチと芽衣は船着場の突端、柵で覆われた金属の床に立つ。
目の前には真紅に塗装された『グリンダ』のセイルが鈍い光を放つ。
突端に置かれたタッチパネルの“go aboard“をタップすると、金属の床が迫り出し、グリンダの上で停止する。
芽衣は、わくわくした様子でグリンダの上に飛び移る。
すると、後からウィッチの叱責が飛んで来た。
芽衣は肩を竦め、苦笑いする。
ふたりが艇上に降り立つと、センサーが感知したように床は、元の位置に戻って行く。
「ここを登れ」
ウィッチが芽衣にセイルに登るように、親指を上に向ける。
言われるまま、芽衣が懸命にタラップを登ると、そこには人ひとりが座れるコックピットが据えられていた。
「今度からそこがお前の居場所だ」
芽衣はウィッチの言葉に胸の高鳴りを覚えながら、恐る恐る冷たいエナメル質の座席に腰を落とした。
背もたれは硬く、少し油と薬品の匂いがする。
ウィッチはセイルの下から、手元の赤いレバーを引くように言った。
芽衣は躊躇いがちにその重いレバーを、手前に引く。
金属が擦れる高い音が一瞬響き、次いで鈍い滑るような音に変わる。
コクピット全体がゆっくりと沈み、頭上の光が切り取られていく。
数秒間、流れる金属の通路を抜けると、視界が開けた。
そこには、先ほどのシミュレータとよく似た機器が並んでいる。
そしてHUDが掛けられていた場所を見て、芽衣は目を見開く。
そこにはホルダーに鎮座する、ロボットの犬。
「ウィッチ、これは……犬?」
「そいつはHUD型AIロボット、お前の新しい相棒、TOTOだ」
目の前の小型犬ロボットが、ウィッチの声で話す。
「TOTO、挨拶しろ」
ウィッチの声がそう言うと、小型ロボット犬の目が青く光り、ホルダーから飛び降りる。
「BAW!初めまして!」
ロボット犬は甲高い声で、人間の言葉を話す。
「オイラは“Tactical Operator and Training Observer “、通称TOTO、トトって呼んでくれ。よろしくな」
尻尾を振りながらそう言う小さな友達に、芽衣の瞳は大きく見開く。
「うん!よろしくね、トト!」
にこにこしながら、そう挨拶する。
「芽衣、そいつがこれから我の代わりにお前の訓練教官だ。グリンダ内ではそいつの指示に従え」
「了解だよ。ウィッチ、ありがとう」
「勘違いするな、そいつはおもちゃじゃ無い。おい、TOTO」
「BAW!」
そう吠えると、TOTOは犬耳のHUDへと、変形した。
「そいつがお前の、聴力を増幅する装置になる。同時に、聴覚保護と地上との通信機にもな」
芽衣はまた、目を輝かせながらゆっくりとTOTOを手に取ると、それを頭に乗せた。
目の前のスクリーンの端に、小さな友達のアバターが尻尾を振っている。
「じゃあ、オイラがグリンダの説明をするけど、準備はいいか?」
アバターがくるりと周りながら、そう吠える。
「それでは我は管制室に戻る。何かあればそこに送れ。我からの通信は以上だ。後は、任せた」
そう言い残して、ウィッチからの通信は切れた。
芽衣は心細さを感じたが、目の前でくるくる回る新しい友達を見て、少し心が明るくなる。
「ねぇ、トト。わたしはこれから何をしたらいいの?」
「君の最初の任務は、パッシブソナーに慣れる事だ。アクティブソナーは相手に見つかるリスクが高いからな、BAW!」
「うん、分かったよ、トト。それじゃあまず、この子の説明、お願いね」
「BAW!」
トトがそう吠えると、スクリーンにグリンダの艦内図が展開される。