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5章 第6話 新しい友達(中編)

グリンダの操縦席に並んだ機器はシミュレータルームのより綺麗で、昔お父さんが使っていた機械油の匂いがした。


私の頭の上に居る小さな犬型ロボットはトトと名乗った。


ドロシーとトトなんて、物語のような偶然に、わたしは心が躍る思いだ。


目の前のディスプレイの端っこで、尻尾を振るトトが可愛らしい。



「ああ、その前に、君の自己紹介がまだだったな」


アバタートトはくるりと回ると、お座りの姿勢でそう吠えた。



「自己紹介……?」


急にそんな事言われても困ると、わたしの唇が文句を言う。


「えーと、わたしの名前は李芽衣。コードネームは、ドロシーゲイルよ。……好きな食べ物の話とかも、した方がいい?」


何とか名前とコードネームを伝えた。


学校に行ったことも無いわたしは、自己紹介する機会がなかったんだと、今更気づいた。



「いや、大丈夫!それは、また今度聞くよ」


そう言いながら、トトのアバターは笑顔になる。


「じゃ、オイラはこれから君の事、ドロシーって呼ぶけど、OK?」


「うん!いいよ、ここではそう呼んで」


「BAW!了解した、ドロシー!」


ドロシーと呼ばれると、胸の奥が高鳴った。



アバターのトトは二足歩行になり、ディスプレイのグリンダを横からみた図面を、指差した。


「大体はシミュレータで把握してると思うから、違う部分だけ説明するBAW」


断面図の一部が、赤く光る。


「ここが、セイル。艇の安定性を保つ役割と、潜望カメラなんかが格納されている。ドロシーが通って来た艇の上のハッチに繋がる、唯一の連絡通路だ」


わたしが居る場所の上だと思う、長四角い部分が点滅しながら光っている。


「ここが塞がったら、どうなるの?」


わたしはトトの、“唯一“という言葉が気になった。



「簡単な事だよ。出られなくなってここが君の、棺桶になる」



「棺桶?死ぬって事?」



「そうだね」



アバターのトトは当たり前のように、笑顔でそう応えた。



「そうなんだ」



わたしも何となくそう呟く。



「BAW?意外だね。この話をすると、大体の奴は尻尾巻いて逃げ出そうとするのに」


トトは自分の尻尾を巻いて見せる。


その格好がおかしくて、わたしは思わず笑ってしまう。


「何でだろう……わたし、死ぬのが怖いとか、よく分からないの……」



「それってだめ、かな?」



「なるほどね。ウィッチが君をよこした訳が分かったよ」


今度は真剣な顔で、そう唸る。



「どういう事?」


わたしはディスプレイのトトを指でつついた。


「つまりだな、君は今、恐怖という死を感じるセンサーが作動してない」


「ということは?」


「早く死ぬって事。ドロシー、君ウィッチによく怒られたろ?」


「何で知ってるの?」


トトはにやにやしながら、わたしにお尻を向けた。



「BAW!さあ、続きを説明するよ」


トトはそう言うと、わたしの理解を置いてけぼりのまま、立ち上がって説明を続けていく。



トトの説明は、分かりやすいような言葉に工夫してくれてるのが感じられたけど、何処か、“自分で考えろ“みたいなニュアンスが多かった。



「最後に、ここは魚雷発射管だ。左右に一発づつのEMP魚雷が装填されてる。以上だ、何か質問ある?」


トトは自分の説明に、満足げに尻尾を振っている。


わたしはもう、頭の中がパンパンで、大きくため息を吐いた。


それでも気になった言葉を、口から捻り出した。


「……EMPって、何?」


するとトトはにやりとした。


「EMPは“ElectroMagnetic Pulse“の略で、強力な電磁波の事さ。電子機器に甚大なダメージを与える為の兵器。間違っても近くで爆破させないでくれよ?オイラも、グリンダのシステムも、BAW!っと消し飛んじゃう!」


冗談まじりに怖い事を言うのがトトの癖なんだな、とわたしは思った。


「よし、じゃあ早速艇を動かしてみよう。まずハッチを閉めることを忘れずに」


「了解、えーと……」


「ディスプレイに表示されてる右上の“hatch“と書かれたパネルを押せば開閉出来る」


アバターのトトが指で教える。


「でもその前に潜望カメラで周囲の確認を忘れるな。たまに手を挟む奴や艇の上に取り残されてる作業員がいるかも知れないからな」



「うん、分かったよ」


言われた通り潜望カメラで周囲の安全を確認する。


「ハッチ閉めます」


上で油圧式のハッチが閉じる音がする。

艇の中の気圧が少し、上がった気がした。


カメラから、ドックの二階のガラス窓にこちらを見るウィッチの姿が見えた。


手を振るが、向こうからは見えないとトトに言われ、少ししょんぼりする。



「さぁて、早速潜ってみるよ」



トトがそう吠える。



わたしの心臓は今までにない程早くなる。



シミュレータとは違う、絡みつく緊張感。



「落ち着いて、オイラが指示するから大丈夫」



そう言ってくれる相棒が、とても心強い。



わたしは、意を決したように、操縦桿を強く握る。













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