僕は博士と別れ、カレッジを後にした。
ノアステーションからスーパーエクスプレスに乗り、東へと続く長い海中トンネルを走る。
駅でエミリア君に「帰りが遅くなる」と連絡を入れると、帰ったら怒られるだろうな、と少し気が重くなる。
それでも、どうしても行かなければならない場所があった。
自分の心を整理するために。
トンネルを抜けると、アナウンスが「新長崎」と告げる。
長崎空港近くに作られたその駅で乗り換え、僕は故郷の街──「諫早市」へ向かった。
以前、藍君の実家に挨拶に行った時もこの路線を使ったことを思い出す。
藍君は広島の呉市出身で、お互い被爆地の生まれだった。
「三度目の被爆地で一緒になるなんて皮肉だな」と冗談めかして言ったあの日を、まだ覚えている。
彼女と添い遂げることは叶わなかったが、その記憶だけは、今も確かに僕の中で生きている。
電車に揺られ、流れる風景をぼんやりと眺める。
胸の奥がひりつくように疼く。
藍君と過ごした日々――あれは、僕にとって安らぎであり、救いだった。
⸻
それが甘く苦い記憶を呼び起こす。
───Sir、本当に良かったんですか?
あの時の彼女の声が、脳裏で響く。
爽やかな香りを纏った黒髪が揺れる。
「何がだい?」
「え、だって……私の為に一緒に帰省なんて……」
不安と期待が混じる彼女の表情が、今も鮮明だ。
「僕らはもう付き合ってるんだから当然だろう?」
「そう、ですよね……」
頬を赤くして俯く彼女を見て、僕はどこか誇らしく、少し申し訳なくも思った。
⸻
あの日、僕は間違いなく彼女を必要としていた。
……いや、救われたかったんだ。
オリビアを、置いていかれたあの空白を、埋めたかったのかもしれない。
自分を誤魔化すように藍君に寄りかかっていた。
そう気づいたのは、ずっと後のことだ。
そして、記憶はさらに深く沈む。
オリビア。
アーカーシャ研究所で、再会した彼女。
数年ぶりに見た彼女は、僕の知らない顔をしていた。
かつては儚げで、人を信じられない少女だった。
でも今は、多くの人を導く指導者になっていた。
あの時、返そうとした青いペンダントを、彼女は突き返した。
「もう、私は要らない」と言わんばかりに。
───あれが、どれほど痛かったか。
だから、余計に藍君に心の拠り所を求めたのかもしれない。
それが彼女を縛ってしまったことに気づかずに。
────
いま、故郷に帰るこの道すがら。
僕はようやく、自分の弱さを認めようとしている。
そして、あの二人の記憶と正面から向き合おうとしている。