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5章 第7話 日出歳②

諫早駅へ向かう路線は、リニアでは無い昔ながらの線路だ。


リズミカルに揺れる車内の振動が心地よく感じる。


僕の母は、市内の大きな病院で看護師をしている。

父は北九州の病院の脳外科医だ。


今まで、二人の馴れ初めは聞いた事が無かった。


もし僕が月影瑛二の子だとしたら、僕は母の連れ子……つまり子として認知されなかった僕を育てた継父が今の父、日出 歳明ひので としあきという事だ。


父と僕の名前が重なるのは、僕が生まれてすぐに二人が一緒になったからではないかと、推察できる。


その事を踏まえると、僕らが捨てられたと言うより、母が月影を見限ったという方が自然に思える。


ドクターの話を聞く限り、月影はろくな男ではない。


認知されないのは計算の上で僕を生んだ。


父と一緒になるために僕を利用した、とまで言ったら罰当たりだろうか……


でも女性関係の複雑さなら僕も親を否定出来ない。


そう考えたら思わず、自嘲気味に笑みが漏れた。



──駅に到着するアナウンスが流れる。



「まもなく、諫早です。出口は右側です」

『We will soon arrive at Isahaya. The doors will open on the right』



僕は改札を出て、駅ビルで飲み物と花束を買う。


そして駅のロータリーでタクシーに乗り込み、行き先の地図コードを読み込ませる。


すると車のドアが閉まり、目的地へと向かって自動で走り出す。


僕が入れた地図コードは市街地から外れた所で、地図上では何も無い場所。


走り出す街並みを眺めながら、少し開けた窓から潮の香りがする。


この街は昔から変わらない。


若者は殆どおらず、たまに見かけるのは年寄りと清掃用アンドロイドだけだ。


車は森の小道の入り口に停車する。


後部座席のパネルに手のひらをかざし、ここまでの料金を決済すると、ここで待機するようにと追加でデポジット料金を払う。


デポジット分の時間がカウントされ始め、車のドアが静かに開く。


僕はタクシーを降りて森の小道を進み、丘の上の切り立った崖の前に立った。


そこからは湾がよく見える。


雑草に埋もれて、長方形の御影石の台座に小さな墓石が置かれている。


しかしこの小さな墓石に名前は無い。


僕は雑草を取り除き、持ってきたお茶を台座に乗せ、手を合わせる。


「久しぶりだね、藍君……」


しかしここに遺骨が納められている訳では無く、眠るのは僕が預かっていた彼女の持ち物だった。


「藍君、君に預かった物……借りていくよ」


僕はそこに眠るでも無い彼女にそう言い、墓石の裏の凹みに指を当てる。


カチリと手応えを感じて音が鳴り、台座が石を擦る音をたてながら奥にスライドする。



台座の下には、紅い紐で封印され、金色に装飾された長細いチタン合金製の箱と、その上には彼女のドッグタグが置かれている。



それを見て、僕の中に眠っていたあの日の記憶が蘇り、鼻の奥にツンとした痛みを覚える。



僕はその痛みを噛み殺し、そっとタグを手に取って自分の首に掛けた。



そして箱を取り出そうと台座に膝をつく。


チタン合金の箱はずっしりと重く、まるで中に彼女の魂が宿っているように錯覚した。


紅い封印を解くと、僕を受け入れるようにするりと紐が解ける。


ラッチを外し、開けた箱の中には、彼女の形見の“狙撃銃“が眠るように横たわっている。


僕が取り出そうと触れると、その銃身の金属は冷たく、カーボン制の銃尾部は手に吸い付くように馴染む。



持ち上げた瞬間よぎる、あの夜に彼女が告げた言葉────



────Sir、部屋にある私の銃を預かってもらえますか?



「何故だい?君の大切な相棒だろ?」



「このペンダントだっていつもあなたが身につけていた大事な物でしょ?私の銃も父から受け取った大切な形見なんです」



「そんな大事な物……」



「約束です。私は必ず生きて帰ります……だからあの子をそれまで大切に預かって下さい。お願いします」



「藍君……じゃあ僕からは命令だ。必ずそのペンダントを持って帰ってきてくれ。


そして、帰ったら僕と……」



「ええ、その時は……」



────


知らずのうちに頬に涙が流れていた。



藍君……命令なんて、そんなんじゃなかったんだ……ずっと君と一緒に居たかった……それだけだったんだ……


僕は静かにその形見を箱に納めた。



御影石の台座を戻し、その上に花束を添えた。



彼女にそっくりな、マリーゴールドの花束。



ゆっくりと立ち上がると、目を閉じ、彼女の墓前に頭を下げる敬礼をする。


彼女に教えてもらった軍隊式の敬礼だった。


僕は大きく息を吐くと、待たせているタクシーへと戻る。

僕がノブに手をかざすとゆっくりドアが開く。


車に半身乗り込んだ時、墓前に飲み物を置いたままにした事を思い出した。


動物に荒らされても困る。



そう思い、車に背を向けた。


その時……


風を切る音───?


その音にふと振り返る。


瞬間、轟く爆音と衝撃──!!

背中が激しく何かに打ち付けられる。


「ぐうっ!」

霞む目で見る。車は跡形もなく、そこにあるのはただの鉄屑。

「何なんだ……!?」


鼻をつく火薬の匂い。


キーンと鳴る鼓膜が微かに何かを捉える。


「生きてるぞ、ゴモラ」


声がする。


誰だ……!

そう発声しようとしたが声が出ない。



「うるさい、あそこで降りるのは計算違いだ」


二人……?聞き慣れない声。


身体が、動かない……左肩に激しい痛み。


でもそれより藍の形見が気になった。


足元に転がるチタン合金の箱。

少しの凹みはあるが無事なようで胸を撫で下ろす。



煙る、残骸の奥からこちらに近づく人影。



手足の長い長身の男と、ずんぐりした小柄な男……いや、アンドロイドか。



「意識があるのか?悪いが始末させてもらう」


背の高い方がそう口にした。



僕は逃げ出す時間を稼ごうと、掠れた声を絞り出す。


「お前らは誰だ?何のために僕を狙う?」



ずんぐり男が笑いながら言う。


「ははっ!お前はもう用済みだってさ」



用済み……マスターオズの指示か?


アイに何かあったのか……?


そんな事より今はどうこの場を切り抜ける……?


高速で思考を巡らす。



僕は足元の箱を蹴り、転がる銃をゆっくり手に持ち、立ち上がる。


「何だ……やる気なのか?」


長身の男が冷ややかに笑った。



やる気も何も、この銃には弾が入ってない。


だが、銃床部で打撃する事は可能。


僕は悟られないように力無くうずくまるふりをして、彼らの様子を見る。



ずんぐり男の手には撃ち終わったロケットランチャーの握把、のっぽの方は右手に長いナイフ。


僕は左肩に爆破の破片を受けた激痛と、打ち付けられた衝撃の脳震とう、それに強い背中の痛み。



死────。



一瞬、その言葉が浮かんだ。


でも僕はまだ何も成していない……


アイの元に帰らなくては……


そう強く思った。



「ソドム、あいつの銃には弾が入っていると思うか?」


ずんぐりした方が不気味に笑いながらそう言った。



「ゴモラ、俺は入ってない方に賭ける」


ソドムと呼ばれたのっぽのアンドロイドが静かにそう答えた。



ソドムとゴモラ……旧約聖書で聞く名だ。


話し方がアンドロイドのそれと違い人間臭い。


まさかアイ以外のスケアクロウか。



僕は半身になってバレないようにジャケットのポケットの携帯端末を触る。


今警戒アラートを出せば奴らが退くかも知れない。


相手が人間的な思考のスケアクロウなら可能性はある。


そう、考えたからだ。


そして右手で素早く、左右のボタンを同時に五回連打する。


ポケットからけたたましい音が森に鳴り響く──!



音を聞いて二人の空気が変わった。



「……助けを呼んだのか。じゃあ早々に片付ける必要があるな」


ソドムが踵を返し、ナイフを構えた。


「死体の処理もある。素早くな」



しまったな……逆効果か。


僕は弾のない藍の銃を構える。



ソドムの長い手足が一瞬揺れたと思うと、瞬間──目前に迫る!


反射的に銃で首を守る。


鈍い金属音が響いた。


「意外と反応が良い」


奴はそう言った気がした。


首に痛みが走り、構えた銃は力で押し戻される。


首に冷たい感触。


首筋には生暖かい感触。


目の前には冷たく笑う顔。


切れ長の目。


かぶるベレー帽は軍の特殊部隊を連想させた。


首の痛みが増す。


「言い残す事はあるか?

あと1ミリ押し込めば頸動脈に達する」


冷たくそう、言い放った。


「君たちはスケアクロウか?」


僕は思わずそう聞いた。


アンドロイドは口角を上げて言う。


「ああ、そうだ。俺は元、軍の特殊部隊員。その男の記憶を受け取った存在。今はソドムという名をもらった」


冷たい表情で自慢げにそう語る。


そして、僕の手にかかる力が強くなった──。



「Addio.(さよなら)」



そう、聞こえた。



僕は目を瞑る。




藍、君のところに僕も、逝く……。




腕の力が──抜ける



──



────「諦めが早いわ。脳科学者さん」



女性の声がして──強い衝撃音!


身体が軽くなる。



目を開けると、目の前に二つに結った青い髪と、翡翠色のチャイナドレス。


それを纏う女性が片脚を大きく上げて立っている。


遥か遠くに仰向けで倒れるソドム。



「やっと見つけたわ。アラームが鳴らなかったら間に合わなかったかもね。良い判断よ、脳科学者さん」



女性は僕にそう言った。



「君は……?」



「あら?覚えていないの?」


残念そうに微笑む。


その顔に微かに見覚えがある。


記憶の片隅に……。



「オリビアがあなたを待ってるわ」



オリビア……!


そうだ、彼女の──!



「私はオリビアの魔女。エデンウィスパーよ。覚えておいてね」


彼女は自慢げにそう名乗った。


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