身体が、軽い……
僕は死んだのか……
白い空……とても、明るい。
誰だ……?
君なのかい?
漂うように目の前に浮かぶと、指先で僕の頬をなぞる。
幼い頃よく見た、その顔……
薔薇のように赤い、艶やかな髪。
僕の進む道を示した存在……
あなたはまだ、やる事があるでしょう?
彼女の口がそう、動いたように見えた。
僕は誰も、守れやしなかった。
君と、約束したのに。
彼女は薄く微笑み、手を離すと空へと舞い上がり、消えてゆく。
帰りなさい……
あなたの愛する人の元へ──
そう、言われた気がした。
行かないで────
────ローズ……!
──揺れる、青。
鼻先を掠める髪。
潮の香りと、エンジンのモーター音。
白みかけた空と水平線。
太陽が僅かに顔を覗かせる。
「あら、目が覚めたみたいね」
青い髪が、風ではためく。
ここは……僕は……
「動かない方がいいわ。致死量近い血を失ってるから……着いたらすぐ輸血するから、それまで大人しくしていて」
ぼやける意識の中、そこが海の上で、そして彼女の膝の上だと気づく。
柔らかく、温かい。
髪を解いた彼女に、誰かの面影を思い出しそうになる。
「君は、さっきの……うっ!」
起きあがろうとすると、全身に激痛が走った。
「駄目だって言ったでしょ?身体中に破片が埋まってるのよ。それに首の傷も」
彼女の言葉に、記憶が鮮明になってくる。
そうだ、僕は藍の銃を取りに……
必死で首を巡らせる。
すると、僕の胸元に冷たいチタン合金の箱が置かれた。
「これを抱いて、大人しくしてて……ね?」
彼女は少し微笑みながら、そう言った。
少し、焦げた匂いのするその箱の重みが、僕の心を安らかにする。
僕は諦めたように大きく息を吐くと、彼女に尋ねた。
「何処に向かっているんだい?」
すると彼女は遠くを見つめ、それから僕をまた見下ろす。
「オリビアのところよ。昨日の夜からあなたをここまで運ぶのに苦労したわ」
彼女はそう苦笑いする。
オリビア……
彼女は生きている。
彼女の言葉に、僕はそう確信した。
「でも……」
青い魔女は悲しそうに目を細めた。
「あまり期待しないでね」
その言葉が僕に、得体の知れない不安を投げかけた。
出航する漁船に紛れて、
ボートは暗い、暗渠の下に入って行く……
***
同日別時。
アークノア島西部入江の南端付近──
「どうした?李君、何かいたかい?」
教官が俺に問いかける。
「いえ、赤い潜水艇を見た気がしたので」
「金持ちの民間艇かな、たまにいるんだ」
彼はそう言って何事もなく、ドローンの準備をしている。
俺は水中ドローン実地訓練の為、この入江に教官と二人で訪れた。
「しかし、李君。君も車の免許も取った方がいいんじゃないかい?大型ドローン牽引に免許は必須だよ」
「そうですね。この免許が取れたら考えます」
教官は若いがしっかりした人で、俺に親身にドローン操作の指導をしてくれた。
浅黒く筋肉質なイケメンで、最近結婚したばかりだと言っていた。
よく夜は飲みに誘ってくれる、気さくな人だ。
今いるこの場所は昔、自然豊かな場所だったらしいが、戦争で核兵器が使用された際に全て燃えてしまったと教官が言っていた。
今は護岸がしっかり整備されて、ドローン訓練をするにはもってこいの場所になっていた。
「ここはね、釣りの穴場なんだよ」
教官が笑いながらそう言った。
「李君は釣りとか、するかい?」
彼の問いに、静かに被りを振る。
「いえ、海はあまり好きじゃないので」
そういうと教官は目を丸くして笑った。
「海が嫌いなのに水中ドローンを選ぶなんて。変わってるね、君は」
彼はそう言いながら、ドローンのモーターに電源を入れた。
「そうですよね……」
目の前の舗装された海辺を見渡すと、家族と過ごした記憶が、滲むように現れる。
教官がドローンを海に沈めようと、小型のクレーンで吊るしたその時、軍の車両が俺たちの車の後ろにピッタリと停車した。
そして中から、銃を持ったアンドロイド兵士が二人、降りてくる。
「ここで何をしている」
兵士の一人が威圧的な声で、俺にそう聞いてきた。
「何って……見ての通り、ドローンの訓練ですけど」
水際にいた教官も、作業をやめて上がってくる。
「ここで訓練する許可はとってある筈です」
教官は強い口調でそう告げた。
アンドロイド達は互いに見合わせ、そして首を横に振った。
「駄目だ、ここは使用禁止になった」
急にそう告げられ、教官は眉間に皺を寄せた。
「そんな事、急に言われても困ります。施設に確認をとります」
そう言って携帯端末に手を伸ばすと、彼らは銃を構えた。
「すぐにここを立ち去れ、2度は言わない」
その言葉に我を通す余地はなかった。
やむを得ず俺たちはその場を撤収して、車に乗り込む。
こちらが立ち去るまで、彼らはじっとこちらの様子を伺っていた。
「まったく、何なんだ」
教官が怒り気味に、そう呟いた。
俺は、胸の奥で何か嫌なものを感じながら、黙って教官の愚痴を聞いていた。