《ゼノデウス視点》
「はぁ…はぁ…クソッ、思っていたよりも消耗が激しいな」
冥界の魔素に対抗するために、浄化の光を生み出す神剣クラルスに魔力を注ぎ続けているが、想像していたよりも魔力の消費量が激しく、膝をつく。
「あと30分はいけるか…?」
そう言葉にしながらも、厳しいことは頭で理解していた。すると、この屋上に魔法陣が1つ現れた。
警戒していると、そこから1人のハイエルフが現れた。
「…何者だ?」
「突然失礼しました、ゼノデウス様。私はアルカヌム王国の者にございます」
「ほう、引きこもり体質の貴様らが珍しいな」
「ハハハ、申し訳ありません。おっと、そんなことよりもゼノデウス様、こちらをお飲みください」
「…! それは…」
そのハイエルフの男が、光る透明な液体が入った小瓶を取り出した。
「はい。世界樹の樹液にございます」
「よくぞまぁ……精霊王からか?」
「はい。現在もこちらの戦況を気にかけていらっしゃいます。ささ、お飲みください」
ハイエルフの男から世界樹の樹液が入る小瓶を受け取る。
蓋を親指で弾いて開け、そして世界樹の樹液を飲み込んだ。
ほんの一口分、喉を通っただけで、体中にまるで春の陽光が満ちていくような感覚が走った。
疲労で重くなっていた四肢が軽くなり、視界が一気に澄んでいく。
内側から満たされるこの感覚は、確かに精霊王の力が込められたものだと分かる。魔力も回復どころか、それ以上に増えたように感じる。
「ふぅ…これで、もうしばらくは持ちそうだ」
ゼノデウスは静かに立ち上がると、再び神剣クラルスを握り直す。
剣身に注がれる魔力が一層輝きを増し、冥界の魔素を焼き払うように周囲の空気が清められていく。
「回復なさったみたいですね。それでは、私はこれで」
「なんだ、アルカヌム王国の者達は手助けに来てくれないのか?」
なんて返事するかも分かっていながら、意地悪く質問する。
「申し訳ありません。精霊王様は王国の者達の被害が出ることは願っていませんので」
「ククッ、本当にあいつは徹底しているな。まぁ助かったぞ、ありがとう。精霊王にも伝えておいてくれ」
「分かりました。それでは」
軽く頭を下げながら返事をすると、再び魔法陣を展開して男は消えていった。
「さて、魔素の対処は問題なさそうだな。問題は、アンデッド達と英傑の亡霊…そしてあの馬鹿か」
そう呟き、ビルの屋上からレモウラを見据えた。
奴の表情には憎悪が滲み出ている。
「逆恨みか…性格とは変わらないものだな」
《遠藤ハルカ視点》
私達はアンデッド系のモンスター達と戦っていた。大通りからやってくるアンデッド達は途方もない数がいる。
私は"土の戦士"を使用して、次々と大きなゴーレムを創り出して特攻させ、前線で戦っている近接組とケルサス竜帝国の騎士達の援護をする。
私の魔力から生まれたゴーレム達が咆哮を上げながら突進し、骨の剣を振り上げてくるスケルトンや、腐りかけた肉塊のようなゾンビ達を蹴散らしていく。そのたびに土と骨の破片が空に舞い、地鳴りのような振動が周囲を揺らす。
「前衛!!巨人ゾンビがくるよ!!」
私は魔法で作り出した岩板を指揮台のようにして、戦の咆哮を使いつつ指示を飛ばす。
カレンさんが私の忠告に即座に反応して、巨人ゾンビの頭上まで飛び上がってメイスを振り下ろし、一撃で倒した。
虫人の姿のカイは短剣から風の刃を次々と放って斬り刻んでいっている。
ライトも爪の斬撃を放ち斬り刻み、時々咆哮の衝撃を与えて吹っ飛ばしていた。
遠くの巨人ゾンビが熊のゾンビをこちらに投げたのが見えた。だがそれは、光の結界によって阻まれる、ハルナの光魔法だ。
ハルナはすぐに巨大な光の剣を創り出して操り回転させ、その周囲のアンデッド達を斬り刻む。
サクラは大きな岩を次々と放っていき、アンデッド達をすり潰していっている。
隣では火炎魔法を使い、巨大な炎の球体を上空に創り出しているレンがいた。熱気がここまで伝わってくる。
出来上がると、レンは巨大な炎の球体を、アンデッド達の群れの後方へと放った。
着弾すると、広範囲に炎が燃え広がってアンデッド達の侵攻の勢いが落ちる。
するとケルサス竜帝国の騎士達が動き出した。
彼らは炎の中を恐れもせず駆け抜け、槍と剣を振るいながらアンデッドの群れに突撃する。
銀の鎧に刻まれた竜の紋章が煌めき、その動きには一糸乱れぬ連携があった。先頭を走る金髪の騎士隊長が叫ぶ。
「我ら竜帝国の力で汚れた死体共を浄化するぞ!!」
そう叫び剣を掲げると、全員の武器に淡い金色の光が灯る。その武器が振るわれるたびにアンデッドの身体が焼かれ、灰となって地に崩れ落ち光に包まれる。
他の近接組もその後ろに続いていった。すると副総長のワタルが叫ぶ。
「どうやらサツキ,ソウスケ,マリン,ヤヨイの4人は平原に転移されたようです!!
そこで英傑の亡霊かと思われる者と戦闘しています!!」
それを聞いた近接組のイサムさんは、空歩を使って真っ先に平原へと向かっていった。
私は彼らの無事を祈りながら、ゴーレムを次々と生成していった。
《亜門ソウスケ視点》
テラウィースと名乗る四本腕の男が、組んでいた腕をほどき、腰を下ろして低く構える。
俺も呼吸を一つ整えて、重心を落とす。相手の動きが見えた瞬間に動けるように、心の中から余計な雑念を削ぎ落とす。
テラウィースの体が一瞬揺れた。次の瞬間、まるで消えるような動きで俺との距離を詰めてくる。
「っ…速ぇな!」
咄嗟に身を捻り、迫る拳を紙一重で避ける。だがそれは一本目。
二本目、三本目、四本目…矢継ぎ早に繰り出される拳の嵐を、身体を滑らせるようにして避け、受け流していく。
「避けるだけか? つまらんなッ!」
低く唸るような声とともに、テラウィースの足が地を打ち鳴らし、四本の拳が同時に俺を狙ってくる。
もはや避けきれないと判断し、俺は一歩前に踏み込んだ。
「じゃあ見せてやるよ!!」
拳と拳がぶつかる。正面の一発を衝撃吸収で魔力を集中させた片手で受け止め、横からの一発をもう片方の手で受け流す。
残る二本は体を半身にして避け、同時にカウンターで掌打を鳩尾に与えた。
テラウィースは後退しながらも、あまり効いていなさそうに口角を吊り上げる。すると奴の筋肉がさらに盛り上がった。
俺の掌打を受けた鳩尾を、テラウィースは軽くさすりながら鼻で笑う。
「ふぅん…やるな。やはり二本腕の者と戦うのも面白い」
奴はゆっくりと首を鳴らす。全身の筋肉が波打つように震え、四本の腕がそれぞれ違う角度に構えを取る。
その姿はまるで、武術の達人が二人、そこに立っているようだった。
俺は足先に力を込め、わずかに重心を後ろへ引く。完全に近い同時攻撃を読まなきゃ、今度こそ被弾する。
地を蹴る音。突風のような突進。
その瞬間、四本の腕がまるで独立した意志を持っているかのように俺を狙ってきた。
高く、低く、横から、斜めから…その全てが殺意を感じる角度。
だが、見切れる。
俺は紙一重で体を捻り、ひとつふたつと拳をかわす。三つ目は手首を打ち上げて軌道を逸らし、四つ目は肘で弾いた。
テラウィースの目が一瞬揺れた。
その隙を逃さず、俺は踏み込む。
狙うは脇腹、筋肉の隆起の奥にある急所。
攻撃強化で拳を鋭く突き出す、手ごたえを感じる。だが同時に、俺の脇腹にも重い衝撃が走った。奴の反撃だ。
「ぐっ…」
後退しながら息を吐く。その重い拳は中々に効いた。
テラウィースも同じように数歩引き、口角を吊り上げたまま、肩で息をしている。
「お前、いいな…!おぉ感じるぞ!もう感じることはないと思っていた体の熱が!!」
「くはは!そうかよ」
「ああ。ずっと、この時が続けば良いのだが…」
俺たちは同時に、地を蹴った。
空気が割れるような音と共に、俺の拳とテラウィースの拳が交錯する。
その衝撃で風が巻き起こり、足元の草が押し潰された。視界の端で土煙が舞い上がるのが見えた。
奴の上段の拳を払いのけると同時に、俺は腰をひねり、回し蹴りを放つ。
だが、テラウィースも同じように身を捻り、下段の腕で俺の足を受け止めた。
硬い。まるで鋼鉄を蹴ったかのような感触。だが、止まらない。
俺はその足をそのまま地面に踏み込み、さらに肘打ちを叩き込む。
奴は一瞬目を見開いたが、上段の腕で受け止め、逆にもう一方の拳を俺の顎を狙って振り上げてきた。
ギリギリで後方へ跳ね、距離を取る。
また、お互い同時に地を蹴る。
今度は互いに真正面から衝突しない。わずかに角度をずらし、すれ違いざまに打ち合う。
俺の拳が奴の肩に入り、同時に奴の膝が俺の脇腹に食い込んだ。
重たい音。肉のぶつかる衝撃。
どちらも怯まない。すぐさま振り返り、もう一度ぶつかる。拳と膝、肘と肘、足と足――何度も何度も、打撃が交差する。速度も、精度も、限界に近い。
目の前の男が笑うのが見える。俺も笑っていた。
互いの肉体と技術をぶつけ合い、その一手ごとに答えを見つけていく。
ただの暴力じゃない、これはお互いの強さを自慢している、いわば“語り合い”だ。
テラウィースの肩が微かに落ちた。その瞬間、奴の重心がわずかに右に偏った。俺は踏み込み、わき腹を狙った拳を囮に、肘を顎にぶち当てる。
打ちどころが甘いが、奴の体がのけ反った。
「ッ……!」
テラウィースの目が見開かれたまま、後方に飛び退く。少しグラついているのが見えるが、まず呼吸を整えて少しでも疲労を回復させる。
「クク…楽しいな、ソウスケ。だが…そろそろ、決着をつけるとしよう」
「ああ…そうだな」
お互いに、地を蹴る。
俺の拳と奴の拳が交錯すると、反対の拳が同時に顎を狙ってくる。
避けられないと判断し、俺は顎を引き、拳を食らいながらも奴の腹へ膝を突き刺す。
拳の威力に吹っ飛び、身体中が悲鳴をあげているのが分かる。だが、よろめいている奴の隙を見逃すわけにもいかない。
俺は強く踏み込んで、跳び上がり接近する。テラウィースは空中から接近してきた俺に、全身全霊のストレートを放ってきた。
だが、俺はまだ見せたことがなかった空歩を使い、空中で避けて奴の後頭部に渾身の膝蹴りを放った。
テラウィースは膝をつき、そのまま倒れる。俺も、力尽きて倒れた。
視界が揺れて、空と地面の境界が曖昧になる。耳鳴りが残り、心臓の鼓動が頭にまで響いていた。
だが、俺は何とか立ち上がり、足を引きずりながらテラウィースに近付く。
「…ククッ…見事だ……ソウスケ…」
倒れたままのテラウィースが、かすれた声で笑う。もう立ち上がる気配はない。だがその眼は、まだ死んでいなかった。
「……お前も、な」
俺は息を整えながら、そっと拳を握る。だが、手が震えていて、力がまるで入っていない。
数秒の静寂が流れた後、テラウィースがゆっくりと天を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
「俺の…負けだな……満足だ……本当に…満足だ…」
そのまま、テラウィースは静かに目を閉じた。テラウィースの体が、白い光となって崩れていき、空へと消えていった。
俺は全身の力を抜き、空を見上げる。
「おっ…」
意識が朦朧としてきて、バランスを崩す。意識を失う前、誰かに受け止められた気がした。
「ソウスケよ…強くなったな…」