《宮本ヤヨイ視点》
私は巨人のリキさんに向かって殴りかかった。私の拳が空気を裂いて、一直線にリキの腹部へと突き進む。
今の私は半鬼神に進化したことで、常人では耐えられないほどの力が拳に宿っている。
だけど…
「うわっ、いったぁい!」
ドガァンッ!!という腹筋を殴ったとは思えない音が音鳴り響く。まるで鋼鉄の壁に殴りかかったような衝撃に、こっちの拳の方が痛む。
「かっっっったいですねぇ!!」
「ん~〜お前、すっげー力あるなぁ~!でもオデも、ちょっとやそっとじゃ効かないんだぁ~!」
そう言ってリキは大きく息を吸い込み、棍棒を片手で振り上げる。その動きは、巨体からは想像できないほど速くて鋭い。まるで山が動いたようだった。
「やばっ…!」
普段なら攻撃を受け止めている私でも、それを受け止めるのは危険だと感じた。
私はすかさず後ろに跳んで距離を取る。地面に棍棒が叩きつけられ、地割れが走った。土煙が舞い、視界が一瞬奪われる。
だがその土煙の中に、リキの影が浮かんでいた。
「お前、動き早いんだなぁ〜!」
土煙をものともせず、巨体が突っ込んでくる。私は思わず笑みを浮かべた。
「ふふっ、凄く楽しいですね!」
全身の血が沸き立つ感覚。
私は魔力を全身に巡らせ、種族スキル"鬼神化"を発動。
筋肉が膨れ、皮膚の下で力が渦巻くのが分かる。拳を握るだけで、空気が震えた。
土煙を蹴散らしながら、私はリキに向かって再び突進する。
拳を振り上げ、思いっきりリキの顔面めがけて打ち上げた。
確かな手応え、リキが軽く仰け反り、顎を触る。
「いたた!お前やるなぁ!そんじゃあ俺もぉ…本気だすぞぉ!!」
リキの筋肉が膨れ上がり、まるで体全体が一回り巨大化したように感じた。その瞬間、空気が震える。魔力が渦巻き、まるで重力そのものが増したように体が沈む。
私が目を見開いた次の瞬間、リキの棍棒が空間ごと巻き込むように振り下ろされた。
あれをまともに喰らったら、流石の私でもタダじゃ済まない。
私は咄嗟に横へ跳ぶと、直撃した地面が轟音と共にどでかいクレーターが出来上がる。
その隙を見逃さずに、回し蹴りをリキの脇腹に叩き込む。鈍い衝撃と共に、リキの巨体がわずかに傾いた…が、その足を掴まれる。
そして私を持ち上げて、思い切り地面に振り落とされた。
背中に衝撃が走り、世界がぐらりと揺れた。地面に叩きつけられた瞬間、肺の空気が一気に押し出され、一瞬だけ視界が白くなる。
「ぐぎっ……ははっ、やってくれますねぇ!」
私は笑いながら、地面を蹴って跳ね起きる。身体は痛む。でも、それがたまらなく心地いい。
「さっすがに効いたなぁ~、お前タフだなぁ!昔の仲間を思い出すぞぉ」
リキはどこか楽しげに言いながら、棍棒を肩に担ぎ直す。
その目は緩いようで、ちゃんとこちらの動きを見ている。油断はない。強者の目だ。
私は攻撃強化で魔力を拳に集中させていく。
一気に間合いを詰め、地面を抉るほどの勢いで拳を突き出す。狙いはただ真っすぐ、リキの胸元。
リキも、そのタイミングに合わせるように木の棍棒を振るった。拳と棍棒が衝突する。
拳と棍棒がぶつかり合った瞬間、爆音と共に衝撃波が周囲を吹き飛ばした。地面は割れ、風がうねり、空気が悲鳴を上げる。
「ぬぉっ!?」
リキの目が見開かれる。棍棒がぐらりと揺れ、その巨体が一歩、後ろに後退した。
どんな硬いものでも砕くと信じて放った一撃。そして、その威力は確かに伝わっていた。
「いてて…」
骨にヒビでも入ったのか、痛みが走る手をぶらぶらと揺らす。
「すっげぇなぁ。オデの棍棒が震えてるど。こんなの、ほんっとに久しぶりだぁ」
リキがぽつりと呟いた。その顔には、まるで少年のような笑みが浮かんでいた。嬉しそうで、でも同時に、戦士としての闘志が燃え上がるような、そんな表情。
「その棍棒、硬すぎません?拳痛いんですけど」
「そりゃそうだ、世界樹の枝で出来た棍棒だからなぁ…
…お前と戦えて、オデ、幸せだわぁ。でもなぁ…」
リキが深く息を吸い込む。大気が震える。彼の体から放たれる魔力が、さらに膨れ上がる。
「そろそろ、本当に終わりにするどぉ!!!」
棍棒を大きく振りかぶり、足を踏みしめた。地面が悲鳴を上げる。その一撃、山をも砕くかのような威圧感。
けれど私は、ほんのわずかに笑った。
私の魔力が脈打つように膨れ上がる。心臓の鼓動に合わせて、赤黒い光が閃く。
もう一つの種族スキル"鬼焔解放"、消費が激しいため、普段は封じていた全身強化スキル。その魔力が一気に炸裂する。
私の背中から炎のような気が吹き上がり、魔力が急激に消費されているのが分かる。
リキの棍棒が空間を歪めるほどの勢いで振り下ろされる。その瞬間、私は地を蹴り、渾身の拳を真上へと突き上げた。衝撃が辺り一帯を呑み込む。
力と力のぶつかり合い。数秒にも満たないその交錯の中で、私の意識が一瞬だけ浮遊する。
だが、拳は確かにリキの棍棒を弾いた。巨人の腕が震え、棍棒が大きく軌道を逸れ、私のすぐ横を地面ごと抉って通り過ぎた。
「ぐぉぉっ!!」
リキが叫び、大きく仰け反る。私はその隙を逃さず跳躍しながら、その胸元に全身全霊の拳を叩き込んだ。
破壊力の増したその拳は、リキの胸元を大きく抉った。そこからは血が流れることはなく、ただ白いモヤだけが見えた。
私はすぐに鬼焔解放を切り、呼吸を落ち着かせる。
胸元を見たリキは、軽く笑う。
「スゲェな、お前。ヤ…ヤイ…なんだっけ?」
「ヤヨイですよ。ヤヨイ」
「そうだったそうだった、ごめんなぁ、昔から名前覚えるの苦手でよぅ。
でも一応言っておくけどよぉ、生きてたときのオデはもーっと強かったんだで?
だからよぉ」
リキはニカッと笑みを浮かべた。
「また、戦おうな!」
「…はい!楽しみにしてますね!」
その返事を聞くと、リキは目を閉じ、白い光となって空へと昇っていった。
約束が守られるかは分からないけど、何となくあの巨人なら、またやってくるような気がした。
「…さてと!新都心に戻らなきゃ!」
《黒木マリン視点》
ローサという名の魔女が創り出した、空に浮かぶ数多の魔法は、まるで虹のような色彩を帯びていた。
だが、それは美しいものではない。一つ一つが私を殺すために創り出した魔法。
私はすぐに理解した。彼女は私以上に“魔法”という力を極めている。並大抵の戦い方では、間違いなく押し負ける。
空中にある魔法が一斉に動き出した。私は素早く目の前に巨大な氷の障壁を創る。
次の瞬間、雷、火、氷、岩、風……数多の魔法が押し寄せた。
雷は氷を裂き、火はその裂け目を溶かして広げ、岩がその上から叩き潰しにかかる。
氷の障壁は瞬く間に砕け散り、私はその中に身を沈めながら、周囲に光の結界を創る。
衝突の瞬間、光の結界が魔法の奔流をわずかに逸らした。
私は牙を食いしばり、種族スキル"闇の力"で、周囲の"魔素"を強引に引き寄せて集め、闇を創り出す。
「あなた…それは魔王が使っていた…」
「そうなのですか?まぁ、使える力の一つですので」
ローサの目がかすかに揺れた。警戒、驚愕、そしてほんの僅かな恐れ。
その液体のような闇は、魔法を制限なく吸収していく。そしてその闇の濁流をローサへと放つ。
ローサはフワッと浮き上がり、空を滑るように後退する。その動きは風そのもののように滑らかで、重力すら拒むかのような優雅さがあった。
「…普通じゃないわね、あなた。でもね…」
吐き出されたその言葉とともに、ローサは両手を広げて、左右に光と炎を創り出した。
そして、それら二つを前に移動させ、混ぜ合わせ始めた。
「私ほどじゃないわ」
自信満々な顔でそう言うと、合わさった魔法が、レーザーのような光となり、闇へと放たれた。
それは闇を軽々と貫通し、私は慌てて横に避け離れる。地面に直撃した光は大地を抉り、閃光とともに爆音を上げた。
空気が一瞬で焼き尽くされ、周囲の草木はただの灰に変わる。私は驚きと共にその痕跡を見つめながら、体勢を立て直す。
そんな破壊の中でも、ローサの表情はどこか優雅で、まるで舞踏会で踊る貴婦人のようだった。
「避けられたのね?ふふ、いいわぁ……久しぶりに楽しいわね」
彼女の笑みが深まる。ただ純粋に、魔法という芸術に身を委ねる者が楽しんでいる顔。
私は、冷たい汗をぬぐいながら魔力を再び練り上げる。
巨大な尖った氷柱をいくつも創り出し、ローサへと放つ。
「それは、退屈ね」
ローサは私と同じように氷柱を創り出して、向かってくる氷柱へとぶつけて相殺した。
私はその間に水魔法で創った漆黒に変化させた水を大量に操る。闇に見せかけたブラフだ。
その水はローサに覆いかぶさるように広がり、ローサの視界が塞がる。私はすぐさまそこへ、特大の雷を放った。
雷撃は轟音とともに漆黒の水に突き刺さる。
瞬間、爆ぜるような閃光が辺りを照らした。耳をつんざくような音と熱風が押し寄せ、私は腕で顔を庇いながら距離を取った。
「フフフ…なるほど、闇に偽装した黒い水ね。よく考えたものだわ」
背後からローサの声が聞こえ、バッと振り返る。そこには何とも無さそうなローサがフワフワと浮かんでいた。
どうやって回避したのかと思考していると、私は一つの答えを思い付く。
「転移、ですか」
「正解。私以外の魔法使いだったら今ので終わっていたかもしれないわね」
ローサは頬にかかる髪を指先で優雅に払いつつ、ゆっくりと距離を詰めてくる。彼女の周囲に漂う空気は澄んでいるはずなのに、どこか息苦しい。
「…そろそろ終わらせましょうか。あなたがこの一撃を凌ぎきったら…まぁ凄いんじゃない?」
ローサが軽く笑みを浮かべると、上空に六つの魔法陣が正方形の箱を創るように展開された。
その中には、徐々に眩い光が集まっていっている。私は尖った氷柱を放つと、当たり前だがローサに阻まれる。
「フフ、魔法陣の良いところは、展開させたら勝手にその効果を発動してくれるところなのよ。内容によっては攻撃までやってくれるわ。
あなたはまだ出来ないみたいね」
ローサは微笑みながら説明を続ける。まるで、教師が生徒に教えるかのように。
「この魔法陣は星のエネルギーを模擬的に創り出しているのよ」
「星のエネルギーを…?」
「ええ。そして完成したらそのエネルギーを一方向、つまりあなたに向けて放出する。あなたは、その攻撃をいかに防ぐかを考えなさい」
説明が終わると、ローサは三角帽子を深く被った。
私は思考を加速させる、逃げることはもちろん叶わないだろう。あれは確実に先ほどのレーザーよりも強力な技だ。闇だけじゃ敵わない。
闇で無理なら氷の障壁でも光の結界でも無理だ。
炎で相殺?無理。雷で相殺?無理。水で相殺?絶対無理。
徐々に光が強くなってくるのを見て焦りを感じる。そこで、私はふと思い付いた。先程のレーザーは炎と光の魔法を融合させて出来た魔法だ。
もし、闇の力と他の魔法を組み合わせたら…?
思考が閃光のように脳内を駆け抜ける。
「……闇の力と、炎を……」
私は魔力を全身に巡らせ、心の中にイメージを浮かべながら、魔素を集めていく。
燃え盛る火炎が、闇の底なしの吸収力と結びつく光景を。
攻撃的な炎が、吸収の闇の力と合わさり、あらゆるモノを消失させる光景を!!
黒い炎が、私の掌の中に形を成し始めた。それは熱を持ち、しかし光を持たない。"黒炎"
黒炎は次第に大きくなっていく。
そして解き放たれた黒炎は、周囲の空気すら飲み込みながら、上空の魔法陣に向けて駆け上がる。
六つの魔法陣から星の光が放たれる刹那、その光線に向けて黒炎が激突する。その瞬間は意外なほどに静かであったが、世界が白黒に染まり、空間が悲鳴を上げた。
凄まじい爆風が巻き起こり、地面がえぐれ、木々が吹き飛ぶ。空の半分が焼け、もう半分が沈むような衝突。
私は光の結界を創り、守る。視界の端で、ローサが黒炎に直撃したのが見えた。
土煙が収まると、下半身が無くなったローサの元へと歩いた。無事な私の姿を見て、ローサは安心したように笑みを浮かべる。
「やるじゃない、マリン。答えは見つけられたようね」
「あれだけヒントをあげておいて、よく言いますよ。最初の闇だって、わざわざ融合させた魔法を使うんじゃなくて転移で避ければ良かっただけの話だ」
「うふふ、そこまで気付いていたなら上出来ね」
「それにしても、支配されていたと言っていましたが、何故そこまで効率的じゃない戦い方が出来るんですか?」
そう言うと、ローサは自慢気な顔をする。
「私ぐらいになると、ちょっとした抵抗ぐらいは出来るものよ。それよりも、こっちに近寄りなさい。マリン」
「…?」
私はローサに近付くと、ローサは自分の額に指を当てた。すると、指先に白い球体が出てきた。
「なんですか、それ」
「これは、私の家で代々受け継がれてきた知識の塊よ。本当は私の代で途絶えるはずだったんだけど、あなたに会っちゃったからにはね」
ローサはそう言ってウィンクをし、白い球体を私の額に押し付けてきた。その瞬間、膨大な知識が頭に叩き込まれた。
若干の頭痛が走る。
「いたた…」
「あはは!私もお母様から受け取ったときは頭が痛くなったものだわ!
…それじゃあ、お別れね。これからも魔法の研究を頑張るのよ!」
いたずらっ子のようにローサが笑い、私の首に腕を回して額にキスをしてくる。まるで、親が子供にするように。
そしてローサは光となって空へと昇っていき、首に感じていた重量がなくなった。
今日初めて会い、殺し合った仲だと言うのに、胸には寂しさが残っていた。
「…新都心に戻りますか」