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第59話 竜帝と一之瀬サツキ

《ノクスジーナ視点》

レモウラが召喚した暴食竜が世界を震わすような咆哮をあげる。


「レモウラめ…暴食竜を呼び寄せるとは」


暴食竜。最上級の竜種の中でも言葉を話す知能すら持たず、ただ己の食欲を満たそうとする異端の竜。

あまりにも全生物からの敵意を買いすぎて、もはや滅ぼされていたかと思っていたが、生き残っていたのか。


「竜帝様!我々も援護します!」


竜に乗り戦う竜騎士達が援護を申し出る。


「不要だ!貴様らはゼノデウスに近付く者を相手せよ!」


「…ハッ!」


再び我は黒き翼を広げ、暴食竜へ突進した。奴の大きな口が開き、蒼黒い液体を吐き出す。

我は黒炎の息吹を放ち、液体を燃やし尽くす。そのまま暴食竜の頸へと爪を突き立てるが、皮膚が異様に分厚く、大した傷にならない。

すると、奴の腹部が脈動し、背中から複数の口が開いた。


(ちっ、ここだと周辺にいる者たちに被害が及ぶな)


奴が液体を吐き出す前に、翼を羽ばたかせて高速で接近し、蹴りを放つ。暴食竜の巨体が吹っ飛んでいった。


「フン、楽しんでくると良い」


「次は貴様だ。レモウラ」


冷ややかな笑みを浮かべるレモウラを一瞥して、吹っ飛んでいった暴食竜を追う。遠く離れた落下地点では、傷ついた暴食竜が地面を抉りながら起き上がっていた。

我は地に降り立ち、土煙の中に佇む巨体を見据える。暴食竜の瞳は、もはや獣のそれであった。

傷口から滴る血の香りが、奴の飢餓を更に昂らせているのが分かる。


地鳴りのような唸り声と共に、奴の背に開いた口々から蒼黒い液体を吐き出し始めた。蒼黒い液体に触れた周囲の建物が溶け始める。

だが、ここならばもはや周囲の被害を気にする必要もない。

我は黒炎の息吹を吐く。燃え盛る黒炎は暴食竜を包み込み、暴食竜はのたうち回る。

周囲の建物も黒炎に呑まれ、瓦礫と化していく。だが、奴は倒れぬ。

皮膚の奥から這い出すように、新しい肉体と鱗が現れる。


「再生か……竜なだけはある」


暴食竜の口の一つが、燃え残った地を這い、石を、土を、さらには焼け焦げた自らの鱗までも咀嚼し始める。

我は地を蹴り、上空へと舞い上がった。我が爪に黒雷を纏わせる、そして宙から急降下した。

空気が裂ける音と共に突き立てた爪が、今度は奴の肩部に深く食い込む。そして黒雷が暴食竜の体の中で暴れまわる。

我は爪を引き抜き、飛び上がって様子を見る。暴食竜はまだ死ぬ様子がなく、再生し始めている。


「むぅ…これでも死なぬとは、もはやあっぱれよな。不死の呪いをかけられていると言われたほうが納得できる」


暴食竜の目はまだ諦めていないのが分かる。すると、腹部に出現していた口達が、分離して翼を生やして襲いかかってきた。


「分裂か。それも、自立行動可能な個体としてか」


我は空中で旋回しながら、その異様な存在どもを見極める。

奴らは空中で滑空し、軌道を読ませぬ動きで包囲を狙ってくる。


「数で勝負か…ならば見せてやろう、帝たる力をな」


我は胸中で魔力を圧縮し、息を大きく吸い込む。

そして放つは、黒炎と黒雷の融合による広範囲殲滅の吐息。

それはあらゆるモノを燃やし尽くす黒炎と、あらゆるモノを破壊する黒雷を融合させ、絶大なる破壊力を生み出す。


咆哮と共に放たれたそれは、夜空をも裂くほどの閃光となり、周囲を飲み込んだ。

空中を舞っていた口の群れは、一瞬で焼き尽くされる。それに暴食竜も巻き込まれた。

黒雷に破壊されていく鱗と肉、その傷が黒炎で燃やされ灰となる。それが繰り返されることで、暴食竜の肉体が破壊されていく。

しばらくすると、元々脂肪だらけであった暴食竜は、元の姿が分からぬほどの惨状となった。鱗はもはや無くなり、脂肪は削がれ、肉は焼かれて焦げ付いている。

だがそれでも、奴はまだ生きている。


「…哀れなことだ。飢えが満たされることを知らず、ただただ食らい尽くすことだけを目的として生き、そして最後には厄介に思われた何者かに殺される。

生物としても不完全で、竜としての誇りすらもない」


すると、暴食竜はボロボロな肉体で立ち上がり、こちらに顔を向けた。


「ガアアアアアア!!!」


「なに!!」


咆哮と共に、暴食竜は驚異的な跳躍力で跳び上がり、我に噛みつこうとしてきた。


「ぐっ……!」


咄嗟に翼を強くはためかせて後退するも、奴の牙が我の左腕を掠めた。鋭い痛みと共に、鱗の一部が食い千切られる。

腕から滴る血を振り払いながら、我は改めて暴食竜を見据える。すでに肉体の大半は損壊し、再生も追いついていないはず。

それでもなお、我を喰らおうとする執念。その本能にかすかな狂気すら感じる。


「フフフ…だが、竜として最重要である強さは確かにあるな。敬意を表して、我も本気を出そう」


我は両の翼を大きく広げ、魔力を爪に限界まで収束させる。

爪が黒く染まっていき、そこにはただ純粋な破壊力が蓄積されていく。

暴食竜が咆哮と共に口を開き、最後の抵抗とばかりにまた跳び上がり襲いかかってくる。

そして爪が、暴食竜の額、硬き骨の奥深くへと突き刺さった。


「喰らうことしか知らぬ強き竜よ、せめて最後ぐらいは静かに朽ちよ」


魔力が暴食竜の頭部に集中し、一瞬の静寂の後、爆ぜるような破壊音が響き渡る。

その場に残ったのは、もはや原形を留めぬ黒焦げの肉塊と、蒸気のように立ち昇る魔力の残滓。

暴食竜は光に包まれて、消えていった。

我は静かに地に降り立ち、空を見上げる。


「さて、戻るとするか」






《一之瀬サツキ視点》

佐藤タクミを名乗る男は、黄金の剣を構え、歩いて近付いてくる。

すり足のように無駄のない動きで距離を詰めてくるその姿からは、隙という隙が見えない。


俺も雷光の大剣を構え直し、脚に力を込める。そして地面を蹴り、閃光のような速さで接近した。

風を切りながら迫る俺に対し、タクミは表情一つ変えず剣を振るう。金と白の剣が交差する。重厚な金属音が鳴り響き、衝撃波が地面を抉った。


「速いね。しかも重い」


「そっちもな…見た目よりも鍛えている」


「フフッ、僕はこう見えて勇者なんてやってたんだよ。かなり昔の話だけどね」


「ほう…それは興味深いな」


タクミは世間話をするかのような穏やかな顔をしながら、黄金の剣を振るってくる。それを受け止めて、大剣を振るって牽制しつつ会話を続ける。


「学校からの帰り道を歩いてて、瞬きして目を開いた次の瞬間には見覚えのない平原の街道に突っ立ってた。笑えるだろ?」


「それは、混乱したんじゃないか?」


「ははは!そりゃそうさ。まず夢かどうか疑ったね。というかここ、もしかして日本かい?」


タクミは遠くに見えるビルを見ながら言う。


「ああ。こっちでも、モンスターが現れるようになったり滅茶苦茶でな」


「へぇ。それは災難だね。にしても、久々に帰ってきたな」


そう言うと、タクミは黄金の剣を軽く振り上げた。その刃先に、淡い光が収束していく。

俺は咄嗟に跳躍強化で魔力を脚へ集中させて、その場を離脱した。

直後、タクミが剣を地面に突き立てた。光が地を這う。

黄金の剣から放たれた光は、まるで意思を持った蛇のように地面を這い、跳ね上がりながら俺を追尾してくる。

雷の魔力を帯びた大剣を振るい、迫る光の奔流を叩き斬る。閃光と轟音が辺りを包むが、まだ止まらない。第二波、第三波と連続して追ってくる。


「面白いだろ?この光の聖剣は色々なことができるんだ」


「なるほど、勇者ってのも伊達じゃないな」


再び放たれる光の奔流を、今度は大剣の先で叩き斬りながら後退し、素早く立て直す。

黄金の剣から放たれた光が地面を跳ねながら新たに広がり、周囲を包囲し始める。

足元が沈み、光の波が地面を揺らしながら迫ってくる。


俺は大剣の切っ先に雷の力をさらに集中させ、地面を叩きつける。

大きな音と共に雷が地面を割り、光の波を消し去る。そのまま跳躍して、タクミの懐に飛び込んだ。

タクミは微笑みながら素早く反応し、俺の大剣と再び衝突する。その瞬間、金属音と共に閃光が一瞬だけ辺りを照らす。


「君、本当に動きが良いね。元々何かやっていたのかい?」


「元々は自衛隊にいた。他にも格闘技をいくつかやっていたな」


「なるほど!自衛隊の人だったのか」


「ああ。お前は、勇者ということは魔王の討伐でもしたのか?」


そう質問すると、タクミの表情に少し陰を落とす。剣を打ち合いながらも会話を続ける。


「まぁ…そうだね。その後すぐに殺されちゃったんだけど」


「なに?誰にだ?」


「人間だよ。魔王を倒した僕らが危険だと思ったんだろうね。わざわざ神の鉱物で出来た武器と魔界で採れる毒まで用意して、油断したところをグサッとね。

その後、それが原因でバカみたいに大きい戦争が起きて、僕らを殺した王国は滅んだみたいだけど…」


「ふむ…他にも仲間がいたんだな」


「そりゃそうさ。口うるさい魔女、アホの巨人、戦闘バカの四つ腕族……本当に良い仲間たちだった」


「……そうか」


気の抜けたような語り口の中に、滲む喪失感があった。

だが、タクミの瞳が再び鋭く細められる。黄金の剣を握る手に力がこもり、その刃が俺の首元を狙って跳ね上がった。


俺は瞬時に身を屈め、風を裂く音を聞きながら剣先を避け、大剣をフルスイングして反撃する。

大剣の重さに加速が合わさり、タクミの防御ごとその身を吹き飛ばす…かと思ったが、奴は寸前で地面を蹴って後方へと舞うように回避した。

俺は地面を蹴り、今度は回り込むようにタクミの死角へと迫る。


「僕はね、サツキ」


タクミがふと思い出したかのように呟き、そして黄金の剣を掲げた。黄金の剣から光の衝撃が放たれ、俺は軽く吹っ飛ぶ。


「もう、終わりたいんだ。無駄に長く存在してても辛くてね」


掲げた黄金の剣に光が集まっていき、徐々に巨大な光の剣を象っていく。


(あれは、俺が持つスキルの…なるほど、本家ということか)


それは、まるで天から裁きを下すかのような神々しさを帯びていた。無数の光が絡み合い、熱と圧力を孕んだ巨大な剣へと変わっていく。

風が渦巻き、地面が軋む。巨大な光の剣は圧を放ち、空間を歪ませている。


「…その願いが、俺と仲間達を巻き込むのなら、俺は止めるまでだ」


俺は左手を掲げて魔力を集めていき、スキル"勇者の剣"で光を生み出して集め、巨大な剣を象っていく。

タクミは少し驚いた顔をすると、笑みを浮かべる。


「そうかい。なら、止めてみると良いよ」


そう言うタクミの目はどこか遠くを見ていた。まるで、何かを思い出しているように。

俺の光の剣が完成し、両者の気配が頂点に達したその時、風が止まる。双方ともに、同じタイミングで、同じ光の剣を振るった。


二つの光の剣が直撃する。そして、光が爆ぜた。


地を震わせ、空を焦がすほどの輝きが、互いの剣を中心に炸裂する。

大地が割れ、空間が揺れ、圧倒的な力が激突する瞬間、俺は全身の魔力を光の剣へ注ぎ込んだ。

俺の左腕が、光の力によって焼き焦げていく。


「うおおおおおお!!」


左腕に感じる激痛を無視して、雄叫びをあげる。

だが、その声さえも掻き消すように、爆発的な光が辺りを飲み込んでいった。

世界が白一色に染まり、視界も、音も、全てが消える。

押し合う力、魂が擦れ合うような圧。タクミの剣からは、諦めが伝わってきた。

両足を踏み込み、己の意志を魔力に変えて押し返す。光の波が僅かにタクミ側へと押し戻され始める。


「君、本当に強いな……」


光の中心でタクミの声が揺らぐ。その瞬間だった。俺の光の剣が、ほんのわずかに、タクミの光を貫いた。

爆風が巻き起こり、二人の体が弾かれるように吹き飛ぶ。

俺は地面に叩きつけられ、意識が一瞬遠のきかけたが、歯を食いしばって踏みとどまる。俺の左腕は、消滅していた。


煙と砂塵の中、タクミが膝をつき、立ち上がろうとしていた。だが、その体は既に限界を迎えていた。

所々に深い傷がつき、白いモヤが溢れている。そして黄金の剣を持っていた右腕は無くなっていた。

タクミは膝をつきながら、自分の姿を見て笑みを浮かべた。


「フフ、凄いな。本物が偽物に負けちゃったよ」


「…」


「まっ、実を言うと光の聖剣は力を失いつつあったんだけどね。僕がこんな調子だから」


ハハハと笑いながら喋り続ける。


「悪いね。左腕持っていっちゃって」


「いや、真剣勝負だったんだ。それぐらいは仕方ない」


「…テラみたいなやつだな…まぁいいや。

…僕にしては、悪くない結末かな」


タクミがそう呟くと、光の聖剣が浮かび上がり、ふよふよと俺の元へ移動してきた。それを見たタクミが呆れた顔をする。


「おいおい。僕がいなくなると分かるとすぐに浮気かい?」


「これは、何だ?」


「光の聖剣は持ち主を自分で選ぶんだよ。まったく、長いこと一緒に過ごしてきたってのに…まぁ君が持ってくれるなら安心か」


そう言うと、タクミの体が崩れてきた。


「…ここまでか。一之瀬サツキ、君がその剣と共に、この世界を良い世界へと導いてくれることを願っているよ」


タクミが少年のような笑みを浮かべて言った。俺はタクミの目を真っすぐ見つめ、答える。


「分かった。佐藤タクミ、お前のことは忘れないぞ」


そう言うと、タクミの体は崩れ、光となって空に昇っていった。それを見届けた俺は、新都心へと戻っていった。

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