「ア…ア…コロス…ゼ…ゼノ?…コロス…コロス…」
その声は人間のものではなかった。言葉を模しただけの、意味の通じぬ呻き。
それでも、そこに込められた悪意だけは、全身で感じ取れる。
理性が崩れ、言葉すらまともに形作れぬまま、それでも殺意だけが残った化け物。
(……もう、レモウラではないな。モンスターに近い)
黒い巨人の口が裂け、甲高い悲鳴のような咆哮を上げる。
その声に空気が震え、周囲のビルの壁面が粉々に砕け散った。
巨人は一歩、また一歩と迫り、そのたびに地面が崩れる
八咫烏の戦闘員達と俺の眷属達、ケルサス竜帝国の騎士達は遠くに撤退していった。
悪魔達はアンデッド達を殺し尽くしたようで、こちらに寄ってきている。
すると黒い巨人の翼が展開し、数百もの影が俺に襲いかかってきた。俺は深く息を吐き、縦、横、斜めと何度も冥王の剣を振り斬撃を放った。影は斬撃によって相殺される。
そして、サツキ,ヤヨイ,マリン,竜帝が俺と合流した。
サツキは左腕が無くなっており、右手には黄金の片手剣が握られている。
「サツキ、左腕が…」
「ああ。止血はしてある」
「…そうか」
「それに、ここからが本番だろ?」
サツキはそう言い、口元に笑みを浮かべる。
ヤヨイは背中の肩を回しながらニコニコと笑っている。
「すんごい大きい敵ですね!」
「ああ…そうだ。ヤヨイ、これを使え」
俺はヤヨイに六角の金棒を渡した。
「わっ!金棒じゃないですか!良いですねぇ」
ヤヨイは金棒をブンブンと振る。筋肉に魔力を纏わせた彼女の身体は、まるで山のような圧力を放っていた。
マリンはフワフワと浮き上がりながら、巨大な氷塊を創りあげていた。
「この敵じゃあ、もう周囲の建物なんて気にしてらんないですね」
「ああ。さっさとこの馬鹿を片付けてしまおうか」
黒竜状態の竜帝が口から黒炎を漏らしながら不敵に笑う。
「それじゃあ、始めようか」
俺がそう言うと、各々が即座に反応し、行動を開始する。
ヤヨイが巨人へ向かって駆け出し、地を割るような踏み込みで金棒を振りかぶる。
「よいしょおっ!!」
ドォン!という轟音とともに、巨人の膝が僅かに沈む。マリンがその隙を逃さずに巨大な氷塊を放った。
竜帝は上空から黒炎を吐き、巨人の翼を炙り焼く。
「キアアアアアアアアアア!!!」
巨大が悲鳴のような咆哮をあげると、黒い身体の表面から数多の黒いモンスター達が現れた。
ゴブリン、オーク、巨大蜘蛛、サイクロプス…様々なモンスターが黒い巨人の皮膚から剥がれるようにして地上へ降り立っていく。
「うわ、いっぱい出てきましたね!」
ヤヨイが金棒を片手に驚いた声をあげたが、その顔にはまだ余裕がある。
俺は影に魔力を注いで影の鬼を数十体生み出した。
「モンスター共を殺せ」
俺が命令すると、黒い巨人から生まれたモンスターたちへ向けて、屈強な影の鬼の群れが突撃する。
鋭い爪がオークの首筋を裂き、巨大蜘蛛の関節を食い破る。
どうやら巨人から生み出されるモンスター共は並のようだな。それなら脅威でもない。
サツキは黄金の剣を横に振るい、空気を裂いて光の刃が放たれる。それはモンスター達を消滅させ、地面に巨大な裂け目を生んだ。
「悪くないな」
そう言って、サツキは血の滴る腕を気にすることなく前へ進んだ。
その後ろで、マリンがさらに魔力を集中させる。
「それじゃあ、早速試しますか」
マリンが両手で何かを包み込むようにすると、両手の間に眩い光が創られていく。そして、それをモンスター達に放出した。
轟音と共に数多のモンスター達を葬った。
すると、黒い巨人がまるで笑うかのように肩を震わせた。
次の瞬間、巨人の顔に巨大な眼球が出来上がった。赤黒く濁ったそれは、明確な意思をもってこちらを睨みつける。
すると、仙人のソウスケが遅れてやってきた。負傷しているように見える。
「すまねぇ!待たせたな!」
「お、ソウスケさんだ。遅刻ですよー?」
「わりぃわりぃ!ちょっと寝てたぜ」
ヤヨイがニヤニヤと笑いながら言い、ソウスケは軽く謝る。
続いてアンデッドの相手をしていた悪魔達もこちらと合流した。
「ギャハハハハ!なんだよこのバケモン!!」
「こりゃあ楽しくなりそうじゃのぅ」
「ラスボスだー!!」
悪魔達は顔に満面の笑みを浮かべながら魔法を創り上げていく。
すると、巨人の瞳が赤黒く閃いた。瞬間、空間が引き裂かれ、黒く淀んだ槍のようなものが雨のように降り注いだ。
俺は剣を振り斬撃を放って相殺していく。
そして悪魔達も魔法を放って、全て相殺された。
巨人の身体全体が脈動し、黒い靄が渦を巻いて空へと昇っていく。
そして、それに連動するかのように大地が震えた。次の瞬間、地面から黒い触手が幾重にも伸び、こちらへと襲い掛かってきた。
「下から来ますよ!!」
ヤヨイが叫んで金棒をフルスイングすると、触手の束が一気に吹き飛ばされた。
マリンが即座に巨大な尖った氷柱をいくつも創り出して、触手を突き刺す。
その隙にサツキが突っ込み、黄金の斬撃を地面へ叩き込んだ。閃光が走り、触手の根元ごと切り裂かれる。
ソウスケが大樹の根で巻き付かせ、巨人を拘束した。
だが巨人はすぐに腕を広げて、拘束を無理やり解き、焼かれた翼を再生させて羽ばたかせた。
そして身体を浮かせる…ことは叶わなかった。巨人の身体が光の結界により囲まれる。
「おぉーい!ヒロキ!!冥界の入口の修復が終わったから半分連れてきたぞ!!こっち手伝うぜ!」
遥か上空には神々を引き連れた武神グラディウスがいた。
「キアアアアアア!!」
結界に囲まれた巨人は身体中から黒いモヤを噴出させる。だがそれは膨大な光の粒子によってかき消された。ゼノデウスだ。
冥界の入口が修復されたことで、冥界の魔素が漏れ出ることも無くなったようだな。
ゼノデウスはどこか残念そうな表情で呟く。
「随分と、変わり果ててしまったな…さてと、終わらせようか」
神々がいくつもの光の鎖を出現させて巨人を拘束していく。
そして、その場にいる者達が一斉に攻撃をする。
ヤヨイが身体から炎を撒き散らしながら、巨人の頭に金棒を振り下ろす。
ソウスケが腕を大樹に変化させ、鞭のようにしならせぶち当てる。
マリンが膨大な光を巨人に向け放出する。
サツキが巨大な光の剣を振り下ろす。
竜帝が、黒き雷が混じる燃え盛る黒炎を吐き出す。
悪魔達が炎,氷,水,雷…多種多様な魔法を放つ。
神々が数多の光の槍を創り出して操り、突き刺していく。
俺は冥王の剣に攻撃強化で魔力を集中させていき、冥王の剣を振り下ろした。
剣鬼の斬撃によって、巨大な漆黒の斬撃が放たれる。
辺りに轟音が鳴り響き、周辺の建物が巻き込まれ崩壊していく。
もはやレモウラであった黒き巨人の原型は留めておらず、ただの黒い塊となっていた。
そしてそれは、また再生しようと試みている。皆が瓦礫だらけとなった地面に降り立ち、黒い塊の周囲に集まる。
黒い塊には目がいくつも現れ、口も現れた。
「ア…ア……コロ…ス……コロ…ス」
見るも耐えないその姿に、皆が憐れめいた表情をする。
すると、黒い塊が叫んだ。
「オレ…ヲ……ソンナメデミルナアアアアア!!!」
「うるさいぞ」
ゼノデウスが黒い塊に黄金の大剣を突き刺した。そして黒い塊の内側から光の粒子が溢れ出した。
ゼノデウスの大剣が深くめり込み、塊の中心から放たれた光が内側から焼き払っていく。
「フン…まともに反省していれば、また天界に戻れただろうに…愚か者が。
では、さらばだ。レモウラよ」
ゼノデウスの言葉と共に、黄金の大剣が爆ぜるように輝き、内部から塊を崩壊させた。
目が、口が、意志の残滓が、光に呑まれて次々と消えていった。
この場に静寂が満ちる。
誰もがその場に立ち尽くしていた。
「……終わった、か」
サツキが呟き、マリンがゆっくりと息を吐いた。
「ええ…さすがに疲れましたね」
「ああ。次は…片付けか?」
俺は冥王の剣をアイテムボックスに入れ、瓦礫だらけになった周囲を見回す。ソウスケはくつくつと笑う。
「もうここらを使うのは厳しいだろ。何ならこのまま平原に移り住んじまうか?しばらくは野宿になっちまうだろうが」
ソウスケがそんな冗談を言うと、空から光が降りかかる。
「『それはいい考えですね』」
「…! 創造神…」
眩い光を纏う人型、創造神が現れた。光の粒子が空から降り注ぎ、それが傷に触れると治っていく。
神々は膝をつき、他の者達が唖然とした顔で見ている中、俺は問いかける。
「いい考えってのは?」
「『それは…』」